第五章 5 〝心強い〟仲間たち?

「キンちゃんについて行くんじゃ。わしはすぐに合流する」


 大きな川に突き当たると、リョウマは脱いだ服をおいらに預けていった。


 おいらたちがそこを離れてまもなく、リョウマが水に飛び込んだらしい音が聞こえ、それにつづいて銃の発砲音が起こった。

 もうすこし上流からももっと多数の発砲音がして、おいらは後ろをふり返った。


「あの音は……リョウマが味方だっていってた連中か?」

「だろうな。〝心強い〟かどうかは……まあ、会ってから自分で考えな。いかにもおまえのオヤジにぴったりの仲間さ」


 ワガハイの皮肉っぽいいい方には慣れているが、それだけじゃどんなやつらかわからない。

 それよりも、おいらがまず知りたいのは、リョウマとワガハイが太原坂タバルザカからどうやって脱出したのかだった。


「おまえがテンペストからふり落とされた後、わが輩たちは薩磨サツマ軍がひそむ林の中に不時着したんだ。そこに筿原シノハラ国幹クニモトが駆けつけてきて『おいどんの命の恩人じゃ』と怒鳴るし、薩磨軍にとっては敵の敵は味方ってことだ。わが輩たちはやつらに救出され、テンペストごと薩磨の陣営に担ぎこまれたってわけさ」

「そうだったのか。助かったのは何よりだったが、じゃあ、やっぱり薩磨に味方することになったのか?」

「いや、話はそう単純じゃない。テンペストはだいぶ損傷しちまったし、だいいちおまえがいなけりゃ飛べないし、攻撃参加は不可能だ。それに、龍馬は、筿原やもう一人の司令官格の桐乃キリノ利秋トシアキにむかって『戦争は反対じゃ』とか『薩磨に味方するとはいうちょらん』とか、よせばいいのにズケズケとものをいう。やつらの顔を見るたびに『西豪サイゴウさんに会わせろ』の一点ばりだから、煙たがられて客あしらいもすぐに悪くなった」


 そのありさまが、おいらには眼に見えるようだ。

 リョウマがうまくとり入ろうなんてするはずがない。

 しゃべりまくって説得することしか考えないやつだ。

 耳を貸す気のない者には、うるさくて迷惑なだけの存在だろう。


「じゃあ、〝仲間〟ってだれのことなんじゃ?」

「そう、それさ。すぐにおまえにもわかる。きっと驚く……いや、笑うかもな」

 ワガハイはニヤリとしながらまた謎めかしていった。


 おいらたちは土手の上の見張りの眼に触れないよう、河原の草むらをかき分けて下流に向かった。

 この大きな川は、最初の衝突があったという掬池川キクチガワだ。

 政府の司令部はその手前に置かれていて、対岸に太原坂があり、さらにそのむこうが熊元クマモトの城下だ。

 リョウマやその〝仲間〟が川に飛び込んだのは、そっちへ逃げたと思わせるためだったのだ。


 丈高い枯れアシの間に二艘の小舟が隠すようにつながれていて、その上にポツンとひとつ人影があった。

「おお、無事じゃったんですな! よかった、よかった」

 あわてて立ち上がろうとして、そいつは揺れる舟からあやうく落ちかけた。

 頰かむりしているが、小さなメガネが月光でキラリと光った。


「チョウミンじゃないか!」

 おいらは驚いた。

 西豪軍に味方するという友人を止めるために玖州キュウシュウへの旅に出た、思想家の中柄ナカエ兆民チョウミンだったのだ。

 千波チバ道場からチョウミンを送り出したのは、あれはおいらが飛行訓練に出かける数日前のことだ。


 チョウミンは、その後のいきさつを淡々とした口調で語った。

 徒歩で貧乏旅行をつづけて熊元にようやくたどり着いたものの、友人の決意は固く、仲間を集めて「熊元協同隊」というものを結成し、意気盛んだった。

 説得しようにも、まもなく薩磨が決起し、協同隊はただちにそれに呼応して立ち上がってしまった。


 チョウミンはどうすることもできず、協同隊の後ろにくっついて回るような形で行動を共にするようになった。

 かといって、書物と筆より重いものを持ったことのないチョウミンが戦闘の役に立つはずがなく、せいぜい弾薬や食糧運びの手伝いをするくらいで、なかば呆然としながら戦場を右往左往していたのだという。


「ところが、そこにいきなり龍馬さんが現れたではありませんか!」

 チョウミンは、小さな眼を輝かせ、うす汚れた無精ヒゲだらけの笑顔を見せた。


「その熊元協同隊っていうのが、リョウマの仲間なのか?」

 おいらの問いにチョウミンは大きくうなずいていった。

「ほら、ちょうど彼らがもどってきたところですよ」


 雨で増水した川面を破って、つぎつぎと怪しげな男たちが顔を出した。

 リョウマももちろんその中にいた。

 意外なことに、司令部を襲ったのはたったの五人だったのだ。


 舟に上がってくると、裸のリョウマはおいらから服を受け取ってはおったが、ほかの連中はみんなずぶ濡れのままだ。

 だけど、その顔は例外なく笑っていて、政府軍をタジタジとさせた満足感でいっぱいだった。


「おお、この子が龍馬さんの娘さんかい。助かってよかったなあ!」


 気安く声をかけてきた男を見て驚いた。

 薄い着流しに無造作に束ねた長髪――おいらは一瞬、オキタソウジがまぎれ込んでいたのかと思った。


「おいは、熊元協同隊の貴田タカダアキラですたい。あげな飛翔器とかってものを飛ばし、このケモノに火ば噴かせて政府軍の度肝ば抜いたっちゅうから、どげん恐ろしかおなごかと思うちょったばってん、龍馬さんに似ず、えろう可愛らしか娘さんではなかですか」

 タカダは、豪快に笑いながらズケズケとものをいう。

 よく見れば、その着物の下には真っ赤な女物の肌襦袢を着け、腰にくくりつけているのはそれでよく戦場を駆け回れるものだと思うような高下駄だった。

 ワガハイが「龍馬にぴったりの仲間」とか「笑うかもな」といった意味がよくわかった。


 残りの四人の格好もまったくまちまちだし、戦いに出るとはとても思えない服装の者ばかりだ。

 その中で比較的まともそうな袴姿の学生風の男が、「宮咲ミヤザキ八郎ハチロウだ」と名乗った。

 チョウミンが、ルサウの『民約論』を涙を流しながら読んだといっていた青年だ。


 おいらたちは二艘の小舟に分乗し、しばらくは身体を伏せて上からコモをかぶり、荷を運んでいるように見せかけて川を下った。

 川幅はどんどん広がり、流れがゆったりとしてきたと思ったらいつのまにか海に出ていた。

 テンペストでこの上空を逆コースで飛んだから、位置関係はわかる。

 リョウマたちは海岸沿いに南下して、熊元城下に向かうつもりなのだ。


 コモをはねのけて身体を伸ばせるようになると、協同隊の連中は口々にさきほどの戦闘の手柄話をはじめた。

 水に濡れた速射銃をていねいにふきながら、体格のいい青年がまるで自分の武器を自慢するようにその性能を興奮ぎみに語っている。


 たしかに、たった五人で司令部のほぼ全兵力を威嚇して釘づけにした速射銃と投擲弾の威力はすごかった。

 だけど、カワジはリョウマがそんな陽動作戦に出ることも想定していたにちがいない。

 土蔵の警戒がゆるむことはけっしてなかっただろう。

 あらかじめ抜け出していてほんとによかったと、おいらは心からホッとした。


 隣の舟では、まもなく船頭役以外は交代で寝てしまった。

 こちらの舟に乗っているのは、おいらたちとチョウミンのほかはリーダー格のミヤザキだけだ。

 おいらは捕虜になっていた間のことを聞かれ、見聞きし体験してきたことをそっくり話した。


「なるほど、興味深い場面をたくさん見てきたんですな!」

 チョウミンは、驚きでまた小さな眼をまん丸にみはった。

 リョウマが舟をこぎながらニヤニヤしているのは、父親らしく心配していたことの照れ隠しにちがいない。


潮州チョウシュウ山潟ヤマガタ有朋アリトモ井藤イトウ博文ヒロブミといえば、ともに鎖国の禁を破ってイグランドへ密航したほどの高い志の持ち主だったはずです。権力の座を眼の前にすると、そんなにも堕落するものなのですね」

 ミヤザキが憤懣やるかたないといった表情でいった。


 すると、リョウマがそれに応えるようにいった。

「幕末という大熱狂から醒めて、本性が現れたんじゃ。平和な世になってはじめて、その体制を利用してのし上がろうとするやつと、見えてきた矛盾を解決せねばならんと立ち上がる者がはっきりしてくる」


 そうか、リョウマがミヤザキたちを見込んで仲間にしたのは、政府側をやっかんだり失った利権を取り返そうとする連中も多数いる薩磨軍とはちがい、純粋に日ノ本ヒノモトという国を憂えている若者たちだったからなのだ。


「それより、問題なのは薩磨軍をワナにかけようという山潟の作戦のほうですね。これは重大な情報です。さっそく司令官の筿原か武良田ムラタ新八シンパチに報告しましょう」

「うむ……」

 リョウマは海の彼方を見つめ、何か考えこんでいるようだった。


「いや、まだ黙っちょるほうがいいかもしれん」

「なぜです? 薩磨は山潟の陰謀に乗せられ、今も熊元城にぐずぐずとこだわっています。このうえ城内に誘い込まれたりすれば、政府のやつらの思うツボだ。だから私は武良田とともに、熊元など横眼で見て通り過ぎ、怒涛のように本州を目指すべきだと主張しました。それを、総大将気取りの桐乃が、『故郷の誇りが灰燼に帰すのがそんなに惜しいか』と鼻で笑い、熊元城攻撃を強行したのです」


「それさ。そういってしまった手前、桐乃はあくまでも城攻めにこだわるじゃろう。たとえワナだとわかったとしても、では反対にそれにつけこめばいいのだ、と息巻くばかりにちがいない。火に油を注ぐようなものじゃ」

「なるほど。しかし、それでは……」


「待つんじゃ。わしに少し時間をくれ。水も漏らさぬ悪だくみというものはたいがいそうじゃが、自分にとってすべてが都合よく運ぶことしか考えちょらん。ほんの一点を突かれただけで、信じられんほどあっさり瓦解することはよくあることなんじゃ。どうも山潟の陰謀にはそんな弱点があるような気がする……」


 リョウマはミヤザキと船頭を交代し、舟べりにどっかり座り込んで腕組みした。

 ベルリエンからの夜汽車の中で、日ノ本へ帰るべきかどうか悩んでいたときみたいな憂鬱な顔ではない。

 窮地に追い込まれれば追い込まれるほど楽しくなるという、例の信じがたい心理状態なのだろう。

 その証拠に、昇りはじめた朝陽を受けて、細めた眼がキラキラと輝いている。


「ところで、キンノスケ。おまえ、なんでノコノコついてきたんじゃ?」

 おいらは、ふと思いついて横にいるワガハイに尋ねた。

 ワガハイは半分眠り込んでいたらしく、あわててハッと顔を上げた。

「あ、あたりまえさ。わが輩たちはつねにいっしょにいて呼吸を合わせる必要があるんだって、蟻右衛門ギエモンさんにいわれたじゃないか。おまえがいなきゃ、テンペストは飛ばせないんだ。相棒を助けに行くのは当然だろ!」

「ふーん。おまえがそんな殊勝な根性のあるやつだったとはなあ」


 おいらはどうも納得がいかなかったが、ワガハイの顔が妙に赤くなっているように見えたのは、朝陽に染まっているせいだったのだろうか……。

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