第四章 4 剣士・葛連小五郎
ワガハイがサッとカツラをふり返った。
「まさか、あんたが連れてきたんじゃ……!」
カツラは黙って首を横に振り、黒いステッキにすがってしんどそうに立ち上がると、オキタのほうに向き直った。
「今さら
「さあ、知らんな。あんたの動きに注意してろと、またどっからともなく指示があっただけさ。雇い主がだれかなんて、おれにはどうでもいい」
「いやしくも
さすがにカツラは、一〇年前の暗殺もオキタの仕業だとすぐに見抜いた。
「思わんな。
「そこにいる仲間は?」
リョウマは、ジリジリと左右に展開していく男たちをアゴで示していった。
「おれと同じ、刀を捨てきれずに食いっぱぐれたサムライどもだ。こんな連中、今の世の中、金をチラつかせればいくらでも集まる。だが、腕はいいぞ。こないだは肘方に邪魔されたが、ここは離れ小島だ。隠れる暗闇もない……」
オキタは口の端を吊り上げてゾッとするような笑みを浮かべ、腰の一本刀を抜き放った。
それが合図のように、横あいから別の一人がいきなり斬りかかった。
リョウマはサッと腰をかがめて身がまえたが、それより早く動いた者がいた。
カンッ――
撃ち下ろされた剣がむなしくはね返った。
カツラのステッキが鋭く閃き、その一撃をはね上げたのだ。
「
オキタは剣先をカツラのほうに向けていった。
「なめてもらってはこまるな。これでも、
ステッキに仕込んだ刀をスラリと抜き放つと、カツラはずいっと前に出た。
病気で弱りきっていたさっきまでの姿が嘘のように、声には力がこもり、リョウマと変わらない巨体が雄々しく立ちはだかった。
「あんたの評判は聞いていたさ。
「葛連さん、よせ!」
リョウマが叫んだときには、もう二人の刀が打ち合わさっていた。
キン、ガキン、ギュイン――
刃が噛み合う力と角度で、耳をふさぎたくなるような金属音がつづけざまに起こる。
こうなってはもう、リョウマも手下も手出しはできない。
カツラの細身の直刀は、長くて幅広の
それどころか、巨体と剛腕を利して押し返し、一太刀ごとにオキタを後退させていく。
「ウワッ」
勢いに押されたオキタが足を滑らせ、上体がグラリと傾いた。
「せやっ」
その機を逃さず、カツラがズイッと踏み込んだ。
「うっ……」
うめいたのはカツラのほうだった。
肩が一瞬にして硬直し、足がたたらを踏んだ。
地面に倒れたオキタは、その格好のまま両手で剣を突き出している。
その剣先はカツラの腹に深々と食い込んでいた。
「葛連――!」
リョウマが駆け寄ろうと一歩踏み出したとたん、止まっていた時間が動きだしたように、オキタの手下たちがいっせいにおいらたちを取り囲んだ。
たちまちリョウマにむかって剣が右からも左からも襲いかかってくる。
「ヒエッ」
ワガハイが悲鳴を上げて跳びのくと、背後から斬りかかってきた剣がおいらとの間の地面にズサッとめり込んだ。
ボコイが尻もちをついたおいらに飛びついてきて、腕の中でクルリと丸まった。
おいらは無我夢中でボコイをその手下に向けた。
ボンッ――
小気味いい音が腹に響いたと思うと、ふたたび剣を振りかぶろうとしていた手下は噴射をもろにくらい、たちまち繁みのむこうへすっ飛ばされた。
おいらも反動ではじきとばされ、後ろ向きに一回転した。
「いててて……。キンノスケ、おいらを支えてくれ!」
「わ、わかった――」
おいらの意図を察して、ワガハイはあわてておいらの背後に回り込んだ。
つぎに襲いかかってきたやつは、突風を受けて踊るように腕をバタつかせ、くるくる回転しながら後退すると、悲鳴を残して崖下に転落していった。
リョウマはまだ二人を相手に交互に斬り合いを演じている。
卑怯にも、オキタはリョウマの背後から、血にまみれた剣をひっさげて忍び足で迫っていた。
大上段に振りかぶったその胸元めがけて、おいらはボコイに思いきり噴射させた。
オキタの着流しが一瞬にしてパンパンに膨れ上がり、美形に似合わないぶざまな格好で舞い上がると、繁みを飛び越えてバシャーンと派手な水音をたてた。
残る二人のうち、一方は逃げようとして背中から噴気を浴び、もんどりうって海に飛び込んでいった。
もう一人はリョウマに尻を蹴られ、崖をごろごろと転がり落ちた。
「やつら、態勢を立て直してまた攻撃してくるじゃろう。キンちゃんとコトコはいっしょに周囲を警戒しとれ」
早口にそういうと、リョウマは飛翔器の格納庫から医療用具を取り出し、急いでカツラの手当にとりかかった。
包帯で腹をぐるぐる巻きにしたが、みるみるうちに鮮血で赤く染まっていく。
「わたしを乗せてきた船が、近くの島陰に待機している……この拳銃を二発撃ってくれ……それが合図だ……すぐに駆けつけてくれよう」
苦しげな息の下でカツラはいい、震える指先で内ポケットからピストルを引き出した。
「わかった」
リョウマがうなずくと、ワガハイがそれを受け取り、へっぴり腰で空にむけて発砲した。
ところが、その直後に、なにやらパチパチと弾けるような音が聞こえてきた。
すると、ボコイがピクピクとさかんに鼻をうごめかした。
「なんかきな臭い匂いがする……あっ、あれは火じゃ!」
おいらの眼に、繁みの間にチロチロと赤い舌のようなものがひらめくのが映った。
見回すと、一か所だけでなく、あっちからもこっちからも火の手が上がっている。
「しまった。火攻めにする気じゃ!」
リョウマが舌打ちした。
火は冬枯れした下草を伝って崖をはい昇り、たちまち密集した低い木立に燃え移った。
小止みなく吹きつける海風が、炎を容赦なく燃え広がらせていく。わずか四、五〇メートルほどの幅しかない小島は、すぐに炎熱地獄のようなありさまになった。
「これでは船が来ても近づけん。かといって、グズグズしてたらわしらも蒸し焼きになっちまう……」
「それより、テンペストに火がついたら脱出もできなくなるぞ」
おいらは頭の上に飛んでくる火の粉を見上げていった。
あたりの空気はもう真夏のような熱さだ。
すると、ワガハイがハッと飛翔器をふり返り、いきなりハシゴを駆け上った。
「龍馬、水の袋を降ろしてくれ」
ワガハイは怒鳴り、毛布を抱えて飛び降りた。
「どうする気じゃ?」
「この傷じゃ葛連は動かせない。飛翔器に乗せるのも無理だ。だけど、こうすりゃなんとかなるんじゃないか? コトコ、おまえは上からどんどん土をかけろ」
ワガハイは、いいながらカツラの身体を手早く毛布ですっぽりくるみこんだ。
「そうか!」
リョウマは合点して、すぐに飲み水が入った皮袋を引っぱり降ろした。
おいらたちが土をかけた毛布の上から、ありったけの水を浴びせる。
水を吸った毛布と土は、カツラを炎熱から守ってくれるだろう。
「葛連さん。暗殺者どもは船を見れば逃げ去る。火勢がおさまるまでの辛抱じゃ。この風なら煙に巻かれることもあるまい」
「龍馬さん、すまなかった……」
カツラがいったのは、自分がリョウマの暗殺を黙認したことだった。
「何をいうちょる。そんなことより、あんたは大久穂と
リョウマはニッコリと笑い、剣を手にして立ち上がった。
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