封印魔術
お互いが決して魔術を使うことなく、相手の攻撃を
六錠扉が殴り飛ばした男を掴み取り、二国領土が投げ飛ばす。今まさに突撃しようとしている集団を吹き飛ばした。
「領土、メイド達はまだこないのか」
「向かっているはずだが、おそらく何かしらの足止めでも喰らっているのだろう。まぁこの場は、貴様と俺がいれば足りるだろうがな」
たしかに、ここはこの二人でこと足りる。敵は四〇を超えるが、戦力としては魔術が使えなくても二人の方が上だ。このまま防ぎきれる。
だがそれは、彼らがまだ魔術を使っていないからだった。黒布を脱いだ少女の手から、紫色の鎖が伸びる。それが六錠扉を捕まえて、踏ん張らせた。
「! 扉、気を付けろ! そいつが封印魔術師だ!」
「こいつか……」
少女から鎖へと、魔力が流れる。それと同時、六錠扉は結界を張った。自らに張った魔術殺しの結界が、魔力の流れを断ち切って鎖を切る。そして思い切り殴り飛ばし、少女を一撃で気絶させた。
それと同時、悲鳴が響く。見るとそこには般若の面を被った奴と、
「大人しくしろ、こいつがどうなってもいいのか」
「こいつを殺されたくなければ、我々の要求を呑んでもらおう」
人質。まったくもってここぞとばかりの
そんな状況に置かれた六錠扉は、歯を食いしばる。その歯が砕けてしまうくらいにまで食いしばると、魔力を高ぶらせた。その場の全員、硬直する。
「ふざけた面を被った奴らだ……! そこを動くなよ! 今叩きのめす!」
「く、来るな!」
刃先が古手川姫子の首筋に触れ、血を流させる。下手をすれば死んでしまうこの状況下。古手川姫子は初めてで、今にも泣きそうだった。力強く命を掻こうとしているその手が、おそろしくてしょうがない。
だが六錠扉は迫る。一歩一歩、
「く、来るなと言っているだろう!」
「おい殺すな! 大事な人質だぞ!」
火男が静めようとする。だが般若は完全にビビってしまっていて、冷静ではない。その手は六錠扉が迫る度に大きく震え、呼吸も乱れていた。
それにまた、六錠扉はいらだちを見せる。
「この程度で怯える奴が……人質なんて取るんじゃない!」
割れた窓ガラスがさらに細かく粉砕され、舞い散る。壁には亀裂が入り、一瞬揺らぐ。それはまるで地震のようで、集団はそれぞれ怯えたり、怖気づいたりする。
二国領土もまた、軽はずみな言葉を出さなかった。今の六錠扉は、二国領土が見てもそれほどに危なかったからである。
今まさに六錠扉が二人を倒すため――いや殺すため、突撃の姿勢を取ったそのとき、風が吹く。それは魔力で生み出された風で、結界で覆われている六錠扉以外のものを吹き飛ばし、揺らした。
それは、外からやってきた巨躯の持ち主。その面は白い
集団はまるで救世主が来てくれたくらいの反応。間違いなく、この場にいる敵の中で一番の手練れだろうことは想像がつく。だが怒りに満ち溢れている六錠扉は、敵の力を計ることもせず魔力を放ち続けた。
翁は壊れた窓越しに状況を見る。そして暴風を吹かせると、般若と火男を古手川姫子と共に風で持ち上げ、外へと吹き飛ばしてしまった。
「先輩!」
「古手川! ッ!」
翁を睨むが、奴はまったく応えない。そしてまた風を吹かせると、それに乗じて集団は次々に窓から跳んでいった。次々に逃げ出していく。
だが六錠扉は少女を抱えて逃げようとした奴を殴り飛ばし、少女を床に押さえつけた。殴り飛ばされたのは諦めて、逃げ出していく。そうして全員が出て行くと、翁も風に吹かれて消えていった。
それと同時、長刀や刀を持って武装したメイドや執事達が合流する。二国領土が追うように指示したが、おそらくは逃げられるだろう。そう思ったからこそ、一人捕まえておいたのだ。
そのことは、二国領土も気付いている。
「六錠扉、どうする。あの弟子を助けに行くか? まぁ、当然行くのだろうが」
六錠扉は答えない。少女を壁に寄りかけて、その頭を叩く。
すると彼女は跳ね起きて、目の前の六錠扉にナイフを向けた。すぐさま叩き落とされ、頭を鷲掴みにされる。強い力で、ギリギリと締め付けてきた。
「答えろ。おまえたちのアジトはどこだ。ここからどれくらいで着く」
少女は歯を食いしばって教えない。六錠扉はさらに締め付け、少女に声を上げさせる。
「もう一度訊く。アジトはどこだ、答えろ……!」
少女は頭の拘束を外そうと、必至にもがく。しかしそればかりで、まったく答えようとはしない。ただ呻くばかりだ。
六錠扉は、頭の拘束を解く。だがすぐさま今度は顔を鷲掴み、その頬を握り潰すように持ち上げた。そして、自らに張っていた結界を解く。そして魔力を片目に集中させ、その鋭い眼光を光らせた。その目を見た少女から、徐々に力が抜ける。
「
「使いたくはなかったがな。さぁ、アジトの場所を言え」
「はい……ここから西に数キロ先にある、小さな礼拝堂です」
「他に奴らが行きそうな場所はないな」
「はい……今のところ、
「今すぐ案内しろ」
「はい、扉様」
「行くのか、扉」
「あぁ」
少女を立たせ、ナイフを預かる。そのナイフを胸ポケットに忍ばせると、少女に顎を使って先に行かせた。
「やはり弟子が心配か」
「おまえには、関係のないことだ」
「従者にするつもりもないのだろう。なのに何故助ける。とくに思うところもないのだろう。何故助ける」
――私は助けます! 他の人がみんな先輩を助けなくても、私は助けます! なんなら私が守ります! 命に代えても守るのです! 私は、先輩の一番弟子ですから!
「それこそ、おまえには関係のないことだ」
それだけ言って、六錠扉は跳んでいく。先を行く少女を追いかけていくその後姿を見上げて、二国領土は吐息した。
「領土様、いかがなさいますか」
メイドの一人が訊く。だが実際、彼女達にはわかっていた。自分達の主人が、このときこういう場合に、どういった行動に出るのかは。
「メイド、ここの掃除は任せたぞ。執事の誰かは車を出せ。奴を――六錠扉を追う。残りはそうだな……俺達が返ってくるまでに風呂を掃除して、たっぷり湯を張っておけ」
夜の静けさに満ちるギリシャの街。小さく、でもとても歴史と国独特の形を見せる家の屋根や屋上を走り、蹴り飛ばして、六錠扉と少女は移動していた。その中で、六錠扉は思う。
――何故、助ける。
さぁなんでだろう。そういう誤魔化し方もないわけではなかった。だが本当に、あいつには関係のないことだからあぁ言ったまで。
実際本当に、関係のない話だ。あのとき古手川姫子が言っていたことを信じてしまったことも、守ると言ってしまったことも、そこに沸きあがった感情のすべても、他の奴には、関係のないことだった。
「扉様、あそこです」
そこは、町中にある小さな礼拝堂。夜中である今でも明かりが点き、大きな鉄扉が開いている。そこから中に入るのが普通なのだが、二人はそのまえの背の高い家の屋上で停止した。
正確には六錠扉がそうさせたわけで、少女は暗示に従って止まっただけだ。
「あの正面から入れるのか」
「入れはしますが、おそらく連れ去られた彼女のいるだろう地下に行くには遠回りです。裏口から侵入した方がいいかと」
「そうか……なら」
少女が一人、礼拝堂に入る。するとそれに気付いた女二人が駆け寄って、倒れた彼女を抱き上げた。
「大丈夫?! よく帰って来たわね!」
「はい……なん、とか……目を盗んで……でも、鍵は殺せなくて……」
「いいのよ、帰って来てくれただけで!」
「さぁ、中へ!」
少女の帰還で浮足立っている表玄関とは裏腹に、裏では見張りをしていた男が二人、倒されていた。生えていた木に縛られ、気を失っている。
そこから裏口を使って侵入した六錠扉は、少女の帰還に喜んで迎えに行っている彼らの目を盗んで地下へと侵入する。暗闇で目もまだ慣れない中でグングンと奥へ進んでいき、ついに最深部へと辿り着く。
そこは大きな広場になっていて、奥には祭壇がある。礼拝堂という聖なる場所で何を崇めていたのかは知らないが、何か良くないものを崇めていたのはすぐにわかった。
何せ供えられているのが髑髏に瓶詰のコウモリ。さらに怪しい謎の液体だ。これで神聖だと言われても、まるで説得力がない。そのまえには三人の男達がいて、それぞれ般若と火男、翁の面を被っていた。そしてその足元には、気絶させられている古手川姫子。
「ど、どうする……? 連れて来ちまったけど……」
「また人質にすればいい。こいつは魔術書の鍵と一緒にいた奴だ。こいつの命を盾にすれば、きっとあいつらも……」
「さっき失敗しただろ?! 殺してもあいつらの怒りを買うだけだ……どうすれば……」
般若と火男が喚く中で、翁は何も言わない。だが古手川姫子が起きようとすると、その首筋に指先を当ててまた気絶させてしまった。
ここでようやく、翁が面の下の口を開く。声を聞く限りは、それなりの歳のようだった。
「おそらくこいつを取り戻そうと、何かしらの動きをするはずだ。どう来るかはわからんが、こちらはこちらの対応を取るだけのこと。恐れることは何もない」
そうか。なら見てやる。おまえらの対応とやらを。
手当てを受けている少女の目が見開く。中途半端に包帯が巻かれた状態で立ち上がると、両手から無数の鎖を伸ばし、周囲の集団を全員縛って捕まえた。その動きをしばし封印する。
そして六錠扉もまた、礼拝堂の地下全体を結界で覆う。般若と火男の二人は突然のことに戸惑ったが、翁だけはうんともすんとも言わなかった。
般若の面が、出てきた六錠扉に気付く。
「ひぃ!」
「り、六錠扉!」
「おまえら覚悟はいいんだろうな!」
六錠扉が肉薄する。
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