孤独な魔術師
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「魔力量が乏しいな、おまえの弟子は」
「だからこうして、魔力量を底上げする特訓をしてる。あいつは俺と違って、魔力調節の効くタイプじゃないからな」
「ほぉ。俺と同じパワータイプか。造形魔術師のくせして」
六錠扉は鼻で笑う。だが思うところは、二国領土と変わらなかった。
自らの司る属性を元に様々なものを作りだす。世にも珍しい造形魔術。何故珍しいかと言えば、必要とされるコントロール技術の難易度が高すぎて、うまく扱える人がいないからである。
それを扱えている時点で、古手川姫子の魔術コントロールは常人を超えていると言っていいだろう。だがそれだけのコントロール技術を持ちながら、彼女は魔力を抑えるという基本的なコントロールができないでいる。
その矛盾が解せなかった。
変に癖がついてしまっているのかもしれない。彼女の魔術は未完成なのかもしれない。様々な要因が考えられたが、六錠扉は考えなかった。今はとにかく、その癖を上書きするくらいの癖をつけなければならない。
「まぁ奴は貴様の弟子だ。俺は口を出さん。が、あれは相当なじゃじゃ馬だぞ? 扉」
「そんなことは百も承知だ。それよりも、おまえは今無抵抗のままに殺されてもおかしくない状態だ。あまり外に出るな」
「うん? 六錠扉が弱音か? 俺を厳重に閉じ込めてでもしないと寝られないとでも?」
「バカか。俺は結界魔術師だ。守ると決めたものは確実に守る。だがそうして緊張感なくいられると、自律神経が逆撫でられるだけだ」
「いいではないか。どの結界魔術師よりも、おまえの護衛が一番心休まる。そういうことではないか。なぁ? 魔術殺しよ」
フン、と六錠扉は鼻を鳴らしてその場からいなくなる。二国領土はメイド二人に扇がせたまま、そのまま寝てしまった。
六錠扉は古手川姫子の元へ行く。すでに五周を走り切った彼女はバテバテで、暑さのあまり目を回して倒れていた。そこに、六錠扉が水をかける。
「あわわ! 先輩! 冷たいのですよ!」
「休めとは言ったが、大の字に寝ろなんて誰も言ってない。休息は座ってしろ。それと、五周目最後の的、射抜けてないぞ。おまえは魔力の量が少ないんだ、せめて外すな」
「ふぇぇ、厳しいのです……でも、特訓してる気になるのですよ。なんだか懐かしいのです」
「なんだ。誰かから魔術を習った経験でもあるのか」
「はい、お兄ちゃんからです。お兄ちゃんも私と同じ、水の造形魔術師だったのですよ」
「ならなんで、今も兄から習わない」
「それは無理です……もう、お兄ちゃんはいませんから」
「は?」
「い、いえ! なんでもないのです! さぁ先輩、二回目行きましょう! 再チャレンジなのです!」
何か誤魔化されたようだったが、そこはツッコまなかった。言いたくない様子だったし、何よりそういう顔をしたからである。
ならばツッコまない。誰にだって言いたくないこと、言ってはならないことはある。六錠扉と二国領土を含む、魔術書の鍵のように。
特訓を終えた古手川姫子は、その夜一人で大浴場に浸かる。体中筋肉痛で、動かすたびに痛かった。
「痛いのです辛いのです沁みるのです……あぁぁ……死んで生き返るのですぅ……」
古手川姫子が湯船に沈んでいる頃、六錠扉は今日の彼女の特訓の様子を取ったビデオを見ていた。パッドの画面をタッチでズームしたりして、古手川姫子の様子を何度も見返す。
「ほぉ、今日の様子を撮っていたか。熱心なものだ」
「なんでおまえがここにいる、領土」
六錠扉の座る座席の背もたれに、二国領土は寄り掛かる。一番風呂をもらった彼はバスローブ姿で、手にはワイングラスに入ったぶどうジュースを持っていた。
一口含む。
「ここは俺の屋敷だ。俺がどこにいてもおかしくはなかろう?」
「借りてるとはいえ今は俺の部屋だ。勝手に入るな」
「まぁそう言うな。少し話があって来た」
「話?」
二国領土はベッドに座る。グラスの中のジュースに再び口をつけると、ゆっくりと回し始めた。
「六錠扉、おまえは翌年どうするつもりだ?」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ。翌年は俺達魔術書の鍵が、再封印を施すために集められる。そのときに連れる従者を、おまえはどうするつもりだ」
六錠扉は画面に視線を戻す。だが二国領土は、構わずそのまま続けた。
「おそらく翌年の再封印は、今までのより強固のものとなる。俺達への負担も大きいだろう。その負担を減らすため、全員それぞれ一人ずつ従者を連れることを許された。従者には俺達とは違う封印が施され、俺達の負担を減らすと同時、共に魔術書を守る鍵となる。その従者を、おまえはあの娘にするつもりか?」
六錠扉は答えない。二国領土は続ける。
「やめておけ。今のところなんの才能もない。翌年には間に合わない。おまえが奴の何を見出したかは知らないが、無駄なことだ」
「……あいつと従者とは一切関係ない。俺があいつを鍛えるのは、あいつが勝手に俺の弟子になったからだ。それ以上他の意味もない」
「そうか。なら安心した」
「人の心配をしている暇があったら、自分の心配をしていろ。今自分が置かれてる状況を、わかってるのか」
「生憎と、俺はおまえに守られている。おまえが守ってくれなくても、俺はメイドや執事、そして従者によって守られている。これ以上の安堵が他にあるか?」
「おまえは、従者をもう決めたのか。気が早いな」
「従者の話があったときから、すでに俺は奴に決めていた。俺と共に戦う者。俺と共に使命を全うする者。そうなれば、俺には奴しかいなかった。六錠扉よ、おまえにはいるか? そんな心許せる奴が」
「俺は従者をつけない。俺の魔術書は俺が守る。そのための結界魔術だ」
「結界魔術にも限界はある。俺のように無効化されれば、おまえも落ちる。誰にも頼れず、誰にも預けられず、そんなおまえが一体どうやって守る。いやまず、何を守る」
沈黙が続く。お互い、言葉を発しない。外を吹く風の音が、やけに大きく感じる。次の言葉を発することのできない重圧に耐えきれず、二国領土は吐息した。
「六錠扉、おまえは会う度に寂しくなっていくな。あのとき初めて会ったとき、おまえにあった温もりは、一体どこへ消えてしまったのか」
「話は終わったか」
「あぁ、終わった。まぁ予想通りではあったが、やはりおまえは従者をつけないつもりだったか。本当に、寂しくなったな」
「終わったなら出て行け、邪魔だ」
二国領土はそれ以上何も言わず、出て行く。それと入れ替わりに古手川姫子が入って来て、ブカブカのバスローブ姿を見せた。
「先輩! お風呂次どうぞ! ……どうしたですか?」
「なんでもない」
六錠扉は何も言わない。言っても無駄であることはわかっていたし、何も変わらないからだ。話したところで、何も変わらない。そうわかっていた。
何も言わず、風呂に入ろうと部屋を出る。だが古手川姫子とすれ違ったその瞬間、部屋どころか廊下の明かりまですべて消えた。驚いた古手川姫子が、思わず抱き着く。
「なんだ……?」
「停電、でしょうか」
すぐに部屋に戻り、窓の外を見る。見ると他の家の電気はついていて、消えているのはこの屋敷のだけだった。となれば、思うところは一つである。
「先輩、これってもしかして……」
「おまえにしては察しがいいな。俺は領土を探してくる。おまえは動くなよ」
「待ってください、私も――」
「動くなよ」
「でも……はい……」
古手川姫子を置いて行き、六錠扉は走る。すると廊下の途中で、二国領土が立ち止まっていた。あえてなのか偶然なのか、外の光が差し込んでいる窓のまえに立っている。
「領土」
「扉か……来たぞ」
「わかってる。俺から離れるな」
落ち着いた様子でジュースを飲む二国領土の側で、六錠扉は魔術を発動させる。自分と領土に結界を張ると、窓の外へと目をやった。
「相変わらず見事な手際だな。自らに結界を張り、魔術を無効化して得意の体術で
「まぁ、魔術師は基本近接戦闘などしないからな。そんなことより、周囲を警戒しておけ。今のおまえだって、魔力探知くらいはできるだろう」
「できるが、それは無駄なことだ。奴らは魔力探知を掻い潜る手段を持っている。前回がそうだった」
「何……?」
すると同時、廊下に並ぶ窓を破って数十人もの黒い影が侵入してきた。外の結界も破られたようで、続々と入ってくる。あっという間に囲まれた二人は、背中合わせになって見回した。
数は三〇……いや、四〇くらいか。
前より多いな。確実に殺しに来たか。
彼らはジッと二人を見つめ、スキを
「こいつら、魔術師じゃないのか」
「さぁな。だがこれは……」
六錠扉の魔術殺しの結界は、物理的な攻撃までは殺せない。その弱点を知っているかのように、彼らは魔術を使おうとしなかった。ナイフで刺し殺す気だ。
だがそうなれば、結界を張る必要はない。六錠扉は結界を解除し、首を鳴らした。その隣で、二国領土もまた空になったグラスを割る。そしてブラブラと、手首を回し始めた。
「これなら俺も戦えるな。実のところ、見ているだけではつまらんと思っていたところだ」
「おまえが肉弾戦してるところなんて見たことがないが、死なないんだろうな」
「当然だ。俺を誰だと思ってる。緑の第二魔術書の鍵、二国領土だぞ。魔術戦闘だけでなく、近接戦闘もこなしてみせる」
「そうか」
いずれこの異常事態を察して、メイドや執事達が駆けつけてくる。そうなれば前回の二の舞だ。
それがわかっている彼らはナイフを握り締め、そして、同時に襲い掛かって来た。月夜の下で、血飛沫が舞う。
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