魔術刻印

 六錠扉りくじょうとびら古手川姫子こてがわきこ二国領土にこくりょうどの三人を乗せた馬車が走る。どこへ向かっているのかは、二国領土だけが知っていた。

「それで、どういうことだ領土。厄介だと言うのは」

「これを見ろ」

 二国領土が見せたのは、籠手の下に隠れていた赤いアザ。そのアザは文字列になっていて、見る限り魔術刻印に酷似していた――というよりもはや、魔術刻印そのものだった。

「先日俺を狙った奴らがつけた、魔術刻印だ。一定時間、魔術を無効化する効果がある」

「喰らったのか、それを」

「あぁ」

 六錠扉は今の会話だけで疲れ果てる。何故なら今、想像できてしまったからだ。二国領土がその魔術刻印を喰らった様子が。

「おまえのことだ。どうせ下らない魔術だと軽く見て受けたんだろうが、少しは警戒するということを覚えろ。というか、自分が魔術書の鍵だと自覚しろ」

「この俺に雑魚の魔術を回避しろと? 不要だ。その程度で、この俺が揺らぐか」

「今揺らいでるだろうが。ようは今魔術が使えないから、その期間俺達に守れって言うんだろうが」

「その通りだ。光栄に思えよ、扉。この俺を警護できる名誉を与えられるのだからな」

「不名誉だ。おまえは一度、いや三度死んだ方がいいな。今すぐ死ね!」

「ハ! おもしろい冗談だ、扉。弟子を得たことで冗談を学んだか」

「冗談じゃない、本気だ。なんなら今すぐ俺が殺してやろうか」

「や、やめてください先輩」

 腕を組み、脚を組み、そっぽを向く。完全に不機嫌になってしまった先輩の隣で、古手川姫子は籠手をし直す二国領土の腕を見た。

「どれくらい魔術が使えないんですか?」

「ん? そうだな……この程度の刻印なら、二、三日で解けるだろう。おまえたちにはそれまで、俺の身を守ってほしいということだ」

「二、三日、ですね! わかりました! それなら先輩にお任せなのです! お手の物なのですよ!」

「古手川、勝手に話を進めるな。俺はやるつもりなんて――」

「先輩なら、楽勝ですよね!」

 キラキラと目を輝かせている古手川姫子の期待が、六錠扉に断りの台詞を言わせない。何故そこまでの威力が彼女の眼差しにあったのかわからなかったが、六錠扉は結局またそっぽを向いた。

 そのまま三人が向かったのは、とある屋敷。ギリシャの地に似合わない英国の造りで、大きな噴水のある広い庭があった。数十人のメイドが出迎える。

「お帰りなさいませ、領土様」

「今日からしばらく、この二人が厄介になる。部屋を用意しておけ。あと腹が減った。すぐ食事にしてほしい」

「かしこまりました」

「先輩、領土くんってもしかしてお坊ちゃまですか?」

「どこぞの貴族の生まれだって聞いたことがあるが、知らん」

 その後は流れるような流れでメイド達に迎えられ、すぐさま何人用かわからない長いテーブルのある部屋に連れて行かれて座らされ、食事が並べられる。

 彼女達はそれらを終えて着替えた二国領土を部屋に迎え入れると、部屋の両脇に列を作って並んで待機した。

「さぁ飯だ、飯を食おう。存分に飲み食いするといい。今回の報酬の先払いだ」

「いただきます!」

 遠慮なく、まるで久々の食事であるかのように古手川姫子はがっつく。すでに弟子が手をつけたことで逃げられなくなった六錠扉は、溜め息を吐くだけ吐いてから食事に手を付けた。

「領土、魔術刻印を付けてきた連中はそのときどうした」

「奴らが襲ってきたのは俺の別荘でな。俺に魔術刻印を打ち込んだはいいが、駆けつけてきたメイドや執事の数に圧倒されて退散しおったわ。まぁだからこそ、俺のこれは解けていないわけなのだが」

「連中の正体はわかっているのか」

「さぁな。だがただ者ではあるまいよ。あのとき見たあの身のこなし。先日おまえを襲った学生の集まりとは、天地の差だ」

「ちゃんとした組織、というわけか。そうか」

「なんだ、やる気になったのか?」

「なるか。だがやらないと一向に話が進まない。仕方なくだ」

「そうか、ならばいい」

 その夜、六錠扉は用意された部屋のベッドで寝息を立てていた。しかし眠りは浅い。寝ては起きてを繰り返す。それは寝られないからではなく、寝てはいけないからであった。

――前回もそうだったが、連中は夜遅くにやってきた。次に襲うときも、おそらくそうだろう。警戒が必要だぞ? 扉

 そんなこと、言われなくてもわかってる。

 起きた六錠扉は窓の外に目をやる。外は三日月が月光を輝かせ、ギリシャの街と屋敷の庭を照らしていた。

 その月光に、度々この屋敷を守っている結界が見え隠れしている。月光によって力が弱まる結界なのだろうが、わざわざ弱点を見せるところはまさに二国領土らしい。来るなら来いと言う自信で、満ち溢れていた。

 もっともその自信に、今回やられているわけなのだが。

 しかしこれでは確かに、結界を破れる夜に連中は来るだろう。それがわかるだけでも、六錠扉としてはやりやすかった。

 神経を尖らせ、警戒を続ける。部屋に置かれていた水を口に含んでいると、突然ドアがノックされた。

「先輩、古手川です。起きて……ますか?」

 ドアを開けると、そこには古手川姫子がいた。メイドが用意してくれたパジャマが少し大きくて、全体的にぶかっとしている。

「どうした」

「すいません、なんだか緊張して寝られなくて……」

「べつに今日来るわけじゃないだろ」

「でも今日かもしれないじゃないですか。そう考えると……」

 溜め息をすると、六錠扉は部屋に入れる。そして彼女をベッドに座らせると、自分が今口をつけたばかりのグラスを手渡した。

「飲め」

「え、でも……」

「いいから」

 少しでも落ち着かせようとしての配慮だったが、これが古手川姫子の心拍数を上げる。結局飲んだのだが、それで落ち着くことはなかった。

「落ち着いたか」

「は、はい……」

 ダメです! 余計ドキドキしちゃいますぅ!

「まぁ、その緊張感は大事だがな。連中も来るとしたら、奴の魔術が封じられてるこの期間中だろう」

「はい、頑張ります」

「おまえは頑張らなくていい。俺が全員叩きのめす」

「でも、先輩だけじゃ……」

「おまえはまだ多勢と戦えるまでの魔力は持ってないだろうが。今回は引っ込んでろ」

 結局、そのあとも寝れなかった古手川姫子。彼女がその日寝付いたのは、一つの決心を固めてからのことであった。



 

 

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