六つの錠

 市ノ川真那子いちのかわまなこの襲撃によって、場所が判明してしまった六つ目の白い魔術書。

 その保管場所を変えるため、鍵である六錠扉りくじょうとびらは魔術書を管理する魔術協会の総本山ギリシャへと飛んだ。

 そしてその旅に、ついてきてしまった古手川姫子こてがわきこ。ギリシャの位置さえ知らない彼女は、ギリシャという国に驚愕していた。

 魔術協会の総本山があるとはいえ、国中の人々が魔術を使って生活をしている。魔術師の数は全世界の人口の約二割程度だというのに、すごい比率だ。ギリシャ人の九割は魔術師のようである。

「おぉ! すごいのです! 魔術師がたくさんなのです! 日本だと学園でしか見ないくらいなのに!」

「第一の魔術書が見つかって、一番に魔術師が生まれた国だ。多いのは当然だろう。それより行くぞ、俺達は観光しにきたわけじゃない」

「あぁ! 待ってほしいのです! もっと見て回りたいのですよぉ!」

 古手川姫子のわがままは通らず、二人は魔術協会の本部である大教会へと向かう。そこにいたのは数人の黒ローブで、市ノ川真那子が率いていた男達と変わらない怪しさだった。

 彼らの案内を受けて、教会の奥へと入っていく。二重三重の結界を解除しながら、そこの人間でなければ迷うような入り組んだ道を行って、最深部である部屋についた。

 そこは言うなれば、法廷のような場所。真ん中に誰かが証言でもするのか机があって、マイクもある。そして、それを囲うように椅子が並べられているのだが、誰も座っていない。二階にも傍聴席があるのだが、そこにもまた、人の影はなかった。

 二人を案内したローブ達も、その部屋を出て行く。ここまで無言の案内で、古手川姫子はかなり緊張させられていた。

「なんか、ここまでただ連れて来られましたが……ここで待っていろということなのですか?」

「そうだ。だが待てと言っても、すぐ始まる。気を抜くな」

「は、はい――うぇっ?!」

 突然、自分達を囲う椅子に人が現れて座る。だがそれは投影の魔術で、半分だけその姿が透けていた。計九つの席に、全員が着席する。その中の一人、二人から見て正面に座っている骸骨の仮面を被った人が、第一声を発した。

「六錠扉、よくぞ戻ってきた。我らに魔術を与えし白の魔術書の鍵、六つ目の錠よ」

「マスタージェオルジオ、久し振りだな」

「ウム……で、すでに聞いていると思うが、先日、賊によって白の魔術書の場所が把握されてしまった。故に、場所を移す」

「あの学園以外に、魔術書を保管できる場所はあるのか」

「無論、そう簡単にあの魔術書を保管できる場所など見つかりはしないだろう」

「故にそれまで、ここ魔術協会に一時的に保管することとなる」

「六錠扉、故におまえは場所が決まるまで、この教会とギリシャの地から出ることを禁ずる。決定には、少なくとも一月を要するだろう。それまで待て」

「わかってる。そのつもりで学園長とも話をつけてきた。が、俺がここにいる間は、おまえらに警備を任せるぞ。部屋も結界も、すべておまえ達の責任だ。存分に俺を守れよ」

 リレーで喋ってくる彼らに、六錠扉は平等に上から物を言う。だがその態度に誰も文句を言うことはなく、態度にも一向に現さなかった。もう全員、慣れている様子である。

 もっとも後ろで聞いていた古手川姫子は、見るからに偉い人達にため口で物を言う先輩に対して肝を冷やしていたが。

「安心しろ、六錠扉。我々が守るからには、おまえとその可愛い後輩に、怪我一つさせはしない。思う存分自由に過ごすといい」

、か……それ相応のものを期待しておこう」

 行こうとする六錠扉の足元に、銀のナイフが刺さる。それもまた、投影魔術で座っている一人の魔術で、六錠扉は無言で止められた。

「なんだ。もう用件は済んだと思うが」

「もう一つ、貴様に話しておかなければならないことがある。も少し時間をもらおうか」

「なんだ、早くしろ」

「今、こちらに緑の魔術書と二つ目の鍵が向かっています。これと合流しなさい」

 それを聞いた六錠扉の雲行きが怪しくなる。眉が一瞬ピクついただけだが、徐々にその顔色が悪くなった。そんな先輩を見るのは初めてなので、古手川姫子は首を傾げる。

 六錠扉はおもむろに、眉間をつまんで押さえ込んだ。

「なんで会う必要がある。あいつなら、俺がいなくても平気だろう。むしろ俺が来ることを嫌う」

「奴の魔術書が、どうも比較的大きな組織に狙われている。奴と共に、その撃退、捕縛をしてほしい」

「それこそ俺はいらないだろう。あいつ一人で充分だ」

「それがそうもいかないのだ……まぁ、理由は本人から直接聞くといい」

 結局その後も展開は変わらず、六錠扉はいやいや協力することとなった。その顔はかなり面倒そうで、協力する相手を待つ六錠扉の表情は、まったくもって不機嫌そのものだった。

 場所は、教会のまえである。

「先輩と同じ魔術書の鍵……どんな人なのですか?」

「自信家だ。一言で言うなら。だから俺はあいつが大嫌いだ。昔から気が合わん」

「言ってくれるではないか、六錠扉。俺はそのつもりはないのだがな」

 嫌な声が上からする。そんな顔で見上げた先に、そいつはいた。両の腕に籠手を巻いた、白髪の男。それこそが六錠扉と同じく魔術書の鍵として選ばれた男。名前を、二国領土にこくりょうど

「領土……」

 彼は教会の門の上にいて、ゆっくりと魔術を使って降りてきた。両の腕を絶えず組み、胸を張るその姿は、まさしく言われた通り自信家という印象である。

「相変わらず不機嫌そうだ。俺に会ったんだ、もっと晴れやかな顔をしろ。俺に対する礼儀だぞ、扉」

「それは失礼。何故かおまえの顔を見ると、なんだか気分が晴れなくてな」

「俺をまえに緊張か? 扉、どうやらおまえにも俺のすごさがようやく理解できたようだな」

「バカを言え。俺とやりあって、おまえが勝ったことがあるか」

「ならやるか?」

「結果は見えてるがな」

 二人の間に火花が散る。不穏な空気とはまさしくこのことである。今まさに二人が戦いを始めるのかというところまで来たそのとき、二人の間を、ピョンピョンと古手川姫子が跳ねた。

「あの! ちょっと! こんなところで喧嘩しないでください! 私困るのです! 喧嘩されては、止める自信がありません!」

「……誰だ、貴様は」

「申し遅れました! 初めまして! 私は古手川姫子! 六錠先輩の後輩で、一番弟子なのです!」

「弟子……だと?」

 かなり驚いた様子で、二人を見並べる。だがすぐに肩を震わせ、そして大声で笑い出した。涙まで流している。

「扉! こいつの言ってることは本当か?! ハハ! おまえが弟子を取るとは……! 四法堂しほうどうの奴に聞かせてやりたいわ!」

「笑うな、領土。殺されたいのか」

「いやいや失敬。俺は嬉しいんだ。あの孤独な一匹狼が、ようやく人間らしく群れたかと思ってな。これで俺も安心した」

 フン、と六錠扉はそっぽを向く。その様子を見てまた安心した二国領土もまた、鼻で笑った。そして小さな古手川姫子の頭を、力強く掻き乱す。

「古手川姫子よ、俺は二国領土。そこの六錠扉と同じ、魔術書の鍵を成す者。第二の魔術書を守る世界そのものと知れ。六つ目の錠を、よろしく頼む」

「……は、はい! よろしくなのです! 二国先輩!」

「古手川、そいつまだ十五だぞ」

「え?!」

 古手川姫子は健全な十六歳。故に、完璧に年下である。それでも二国領土は大人っぽくて、見た目が子供に近い古手川姫子と並ぶと、もう年上にしか見えなかった。

「おいおい、歳の話をするな扉。鍵になったのは同じ時ではないか」

「呼び捨てにするな、カンに障る。そんなことより、さっさと用件を言え。すぐに終わらせる」

「そう簡単に行くといいがな」

「何?」

「今回は、少し厄介だぞ? 扉」


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