総本山

 炎の槍が、六錠扉りくじょうとびらに襲い掛かる。灼熱を宿して振りかぶられるそれを受け止めて、跡形もなく握り潰した。直後、一歩踏み込んでの正拳突きが男の腹を殴り飛ばす。

 飛ばされた男を回避して、他の影達も炎で作った槍や剣を握り締めて襲い掛かってきた。

 剣や槍が六錠扉に触れると同時に弾けて消え、そこに生まれる隙に拳や脚を叩き込む。それを見た一人の男が炎を全身にまとい、拳で殴りかかってきた。これなら炎が消えても、拳が消えることはない。

 残りも皆そうする。だがそれは市ノ川真那子いちのかわまなこが、自身の魔術で操っているからだった。全員赤い眼光を光らせて、襲い掛かる。

 だが六錠扉は怯まない。拳を躱すと懐に入り込み、自分の拳を叩き込む。全員を一撃で悶絶させ、市ノ川真那子一人を残した。

 数度指を曲げて、挑発する。市ノ川真那子は自らに魔術をかけると、赤い眼光で襲い掛かった。数倍、数十倍の速度で襲い掛かる。人形を操るより自信を操るのが得意のようで、その動きは洗練されている。

 速いな、他のより。

 高速で動き回る彼女のその俊敏さに、六錠扉もまたそんな感想を抱く。拳や脚で一撃を狙うも届かず、その俊敏さに躱された。

 市ノ川真那子の手に、ナイフが握られる。魔術で作ったものじゃない、ごく普通の鉄のナイフだ。結界でも、無効化できない。

 六錠扉は絶えず躱すが、次第に速度に追いつかれ、体中を切られ始める。しまいには肩に深く突き刺さり、貫かれ、血飛沫を上げた。

「先輩!」

「終わりです、先輩。私のために、どうぞ死んでください」

「……断る」

 肩を刺していた腕を握り締め、捕まえる。もう片方の手に殴られ、蹴られ、暴れられる。全身にアザを作りながら耐え凌ぎ、六錠扉は思い切り頭突きした。脳を揺らされ、市ノ川真那子は足元がおぼつかない。

 そんな彼女の顎を蹴り上げて、さらに懐に拳を叩き込んで殴り飛ばす。ドアに叩きつけられた市ノ川真那子はそのドアを破壊して一緒に吹き飛ばされ、階段を転げ落ちて力尽きた。

 ナイフが肩に刺さったまま、六錠扉は片膝をつく。古手川姫子こてがわきこが駆け寄ると、鼻で笑ってみせた。

「先輩……」

「ホラ、造形魔術師。さっさとこいつらを縛れ。そしたら誰でもいい、教員を呼んで来い。俺は休む」

「……まったく、弟子使いの粗い師匠なのです」

「口答えするな、早くしろ」

 その後、市ノ川真那子と一二人の男達は古手川姫子が呼んだ教員が要請した警官達に連行されていった。

 学園は一時その話題で持ちきりとなったが、魔術書と六錠扉との関係を知らない彼らは、ただ偶然強盗軍団が六錠扉と出会い撃退されたのだという話で通じていた。

 その場にいた古手川姫子にも数日間生徒達が話を聞きに来たが、当然彼女は鍵のことを話さず、ただ六錠扉がすごかったと、彼の強さの証人になったのだった。

 だが話題とは、時間と共に変わっていくもの。数日経てばこの話題は忘れ去られ、学園は元の落ち着きを取り戻していった。

 六錠扉と古手川姫子が話したのは、騒動沈黙からおよそ一ヶ月後のことである。二人はまだ立ち入り禁止の張り紙が張り直されていない屋上で、風に吹かれていた。

「マナちゃんは、どうしてあんなことをしたんでしょうか」

「奴にも事情があったらしいが……結局、力が欲しかったから。動機はそれに尽きる。だがそれが普通だ。誰かに認められたいと願う奴ほど、力を、能力を望む」

「でもそれは、本当の力じゃありません」

「そんなこと、そいつには関係ない。求める理由はなんであれ、力が欲しいと願ったら、それがどんな力でも欲しいものだ。それが普通だ」

「……でも私は、私の力で強くなりますよ! これからも! ずっと!」

「当然だ、俺が面倒を見るんだぞ。そんなことさせるわけがない。しようとしたら、即刻斬り捨てるからな」

「大丈夫です! 何せ六錠先輩が師匠なのですから!」

 フン、と鼻を鳴らす。それが照れ隠しで、当たり前だという一言を噛み砕いたのは、古手川姫子の知るところではない。だが少し頬に赤みを差している先輩のことが、少し愛らしく映った。

 同時、六錠扉のケータイが震える。見るとそこにはメールが来ていて、メールの内容を見た六錠扉は、うんざりとした顔で頭を掻いた。

「どうしたのですか?」

「なんでもない」

「えぇ、教えてくださいよ師匠」

「……協会からだ。今回の騒ぎで魔術書の保管場所を変えることになったから、一度帰ってこいだとさ」

「帰るって、どこですか」

「ギリシャ」

「ぎ、ぎ、ギリシャって……ギリシャってどこですか!?」

「とにかくだ。俺はしばらくいないから、修業は勝手にやっておけ、いいな」

「……」

 後日。

「で、なんでおまえが付いてくる?!」

 キャリーバッグからはみ出すくらいの荷物を持って、古手川姫子は六錠扉と共に空港にいた。たった今ベルトコンベヤーに流して、手ぶらになったところだ。

「私は先輩の一番弟子! どこまでもついていきますよ! いざギリシャへゴー! なのです!」

「おまえは……で、ギリシャはどこかわかったのか」

「それは……その……」

「おまえな」

 六錠扉のチョップの制裁が下る。だがそれはかなり優しいもので、やられた方は少しうつむかされる程度で済むものだった。

「行くぞ」

「……はい! 先輩!」

 二人が向かうは聖地ギリシャ。六つの魔術書を監視する、魔術協会の総本山である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る