鍵
「こいつに何かしたのか」
「私の魔術は
今までの古手川姫子では考えられない体術が、繰り出される。
確実に、的確に少ない動きで躱していく六錠扉だったが、次第に余裕がなくなってきた。踵落としを、ギリギリで躱す。
六錠扉は容赦なくその拳を振るい、古手川姫子を吹き飛ばしたが、彼女はすぐさま立ち上がる。以前手合わせしたときに一撃で気絶させた一撃だったが、まるで効いていないようだった。
「無駄ですよ、先輩。私の魔術に、操る対象の傷の有無なんて関係ないんですから」
ならばと、六錠扉は市ノ川真那子に向かって行く。そして拳を振るったが、寸でのところで横から水の矢による一撃が走って来て、攻撃を邪魔してきた。仕方なく距離を取る。
古手川姫子はさらに追撃してきて、連続で矢を放ってきた。威力も何も桁違いで、鉄の壁に穴を開ける。
結界を張り直す……!
古手川姫子との距離を詰める。させまいと撃たれる攻撃を躱しながら接近を続け、その手を伸ばした。
矢に肩を斬られ、出血しながらその手を握る。すると古手川姫子と六錠扉とが光に一瞬だけ包まれて、彼女の目から赤みが薄れ、消えていった。
「六錠、先、輩……?」
「手間をかけさせるな、おまえは」
「私、何……をぉ?! な、ななな、何故私は、先輩とお手手を繋いでいるのでしょうかぁ……!」
「落ち着け。今それどころじゃない」
「ホント、その通りだよ姫子」
「マナ、ちゃん……?」
古手川姫子は思い出す。自分がここまで連れて来られて、気絶させられたのを。そのときに見た、市ノ川真那子の歪んだ笑みを。
「マナちゃん! これは一体どういうことですか! なんで、先輩が……!」
「どういうこと? そうね……あなたを使って先輩を殺そうとした、といえばわかる?」
「先輩を……殺……」
市ノ川真那子は溜め息をつき、本性であろう歪んで笑みを見せる。その顔を見た古手川姫子は彼女の言葉に偽りがないと悟り、思わず脚から力が抜けた。
「どうしてですか、マナちゃん。先輩に何か恨みがあったですか! 何か許せなかったですか! そうだとしても、殺すなんて……!」
「恨み? 許せない? は、何を言ってるの姫子。許せるわけないでしょ。私達が必死に頑張って強くなろうとしてるのに、こいつ一人楽して強くなって! ムカつくのよ! 私達が必死に頑張ってる隣で、澄まし顔でいることが! 選ばれたから何! 認められたから何! 私達だって選ばれるために、認められるために努力してるっていうのに!」
「なんの、話……ですか」
「教えてあげるわ、姫子。その人はね、この魔術書に選ばれた魔術書の鍵! この魔術書を守るために、魔術書と協会から最強に近い魔術を与えられた、鍵なのよ!」
話に追いついていけない。何がなんだかわからない。一体何がどうなっているのか、助けを求める彼女の手を、六錠扉は力強く引いて立たせる。
そうしてそのまま引っ張っていき、階段を駆け上がった。そうして走り、上り、辿り着いたのは、普段立ち入り禁止の学園の屋上。通行禁止の張り紙がかかった鎖を切って、扉を蹴破った。
巨大な貯水槽に古手川姫子を寄り掛からせて、自分も貯水槽を背に扉の方を見る。市ノ川真那子が来るとすれば、今来た扉からのはずだ。
「……先輩」
「なんだ。無駄話ならあとにしろ」
「マナちゃんが言ってたことって、なんなんですか。鍵って……先輩は、なんなんですか」
沈黙。だが六錠扉はすぐさま額を掻きむしって、あぁもうと呟いた。そして警戒態勢を一旦解き、古手川姫子の隣に脚を広げて座る。
「……古手川は、魔術書についてはどこまで知ってる」
「この世界に魔術を与えた力の根源、そう習いました。六つあって、それぞれどこか誰も知らない場所に保管されてるって……」
「そうだ。その魔術書を守るのが、魔術協会の役目だ。だが奴らは魔術書を封印したあと、その鍵を当時魔力の高い子供六人の命にした。その一人が俺だ。俺が死ねば、さっきあったあの白の魔術書の封印が解ける」
「そんな……」
「そんなリスクと引き換えに力をもらった。魔術書に記載されてる中から、命を守るにふさわしいものを選び出して、それぞれその魔術を植え付けられた。俺の場合は
「じゃあ、マナちゃんが言ってた最強に近い魔術って……」
「最強? まさか。こいつにだって欠点はあるし、俺は使いこなせてない。攻略しようと思えば、いくらでもできる……まぁ、それでも他の連中からしてみれば、タダで強い魔術が手に入ったんだ。たまったもんじゃ、ないよな」
「でもそれは、仕方ないじゃないですか!」
「そうだな。仕方ない。あいつの言ってた動機は、逆恨み以外の何ものでもない。だけどあれが普通だ。必死に努力して認められない奴もいる中で、たった一度選ばれただけで認められちまう奴もいる。努力してる奴は、やってられなくなる。それが普通なんだ」
「でも……それでも私は、六錠先輩を恨めません! だって酷いじゃないですか! きっと六錠先輩方で魔術書を封印したのは、封印しなきゃ大変なことになるかもしれないからですよね! だったら先輩は辛い立場です! ヤな気持ちばっかりしてきたはずです! そんな先輩に、私達は守られてるのに……なのに……」
突然力強く立ち上がって熱弁したかと思えば、今度は泣きだす。まったくもって情緒不安定な後輩のことが、不思議に映る。何せ今までこのことを知って、泣くまでしてくる人はまったくもっていなかったからだ。
「どうかな。協会が魔術書を封印したのは、最近の話だ。もしかしたら、あいつらにはあいつらの思惑があるのかもしれない。俺はただ、利用されているだけかもしれない」
「だったら先輩はもっと辛いじゃないですか! いいんですよ、辛いなら辛いと言って! 私なんてすぐ言います! 先輩はちょっと強すぎです! 心がハードすぎるのです! 先輩はもっと……周りを頼っていいと思います!」
「言ったろ。普通は俺のことを憎んだり、恨んだり、羨ましがるものだ。俺が辛いと弱音を言ったところで、助ける奴なんていやしない」
「私は助けます!」
古手川姫子が、涙でグシャグシャに濡れた手で六錠扉の手を握る。もうその涙の量は、まるで自分の不幸で泣いているかのようで、正直少し引いてしまった。
「私は助けます! 他の人がみんな先輩を助けなくても、私は助けます! なんなら私が守ります! 命に代えても守るのです! 私は、先輩の一番弟子ですから!」
少しの間を置いて、六錠扉は笑う。それは古手川姫子に初めて見せる笑顔で、学園でも誰も見たことのない、満面の笑顔だった。少し、涙まで流している。
「おまえが、俺を、守る? 無理言うな! 体力も魔力もないクセに! まったく、どの口がそう言うんだ」
「こ、この口です! この口以外ありません!」
「わかった、わかった」
六錠扉の少し大きな手が、古手川姫子の小さな頭を包むように置かれる。そうして撫でられるのはなんだかとても気恥ずかしいことだったが、なんだかとっても嬉しかった。思わず口角が持ち上がる。
「なら頼りないが、頼りにさせてもらおう。おまえは俺を守れるくらいに、強くなってくれ。それまで俺が、おまえを守ってやる」
「……はい!」
直後、市ノ川真那子が姿を現す。その背後には、六錠扉が学園に来るまでに倒した男達を連れて。すぐさま貯水槽の後ろにいる二人を発見し、口角を歪ませた。
「出て来てください、先輩。そして殺されてください、私のために」
六錠扉と古手川姫子が出てくる。二人はしっかり手を繋ぎ、六錠扉はブツブツと呟いていた。
「さぁ先輩、どうぞ命を差し出してください。そうすれば、死に方くらいは選ばせてあげますよ」
「ハ、おまえは正直だな、名前も知らない後輩。そうだ。おまえみたいなのが普通なんだ。まったく、本当におまえはどうかしてるぞ古手川」
「そんなことはないのです。師匠が少し、人間不信なだけなのですよ」
男達が炎を放つ。しかしそれらはブツブツと続ける六錠扉と目を瞑る古手川姫子にぶつかると弾け消え、霧散していった。
「姫子、あなただって思うでしょう? 卑怯だって。先輩みたいに選ばれた人達だけが、世間から認められるのは、卑怯じゃない。私はそう思う。ね? 一緒に魔術書の魔術で強くなろう? 姫子だって目指してたじゃない、立派な魔術師を」
「たしかにそうです。魔術書の魔術には、たしかに興味があるのです。正直すごい欲しいのです。でも! そのために誰かを犠牲にするのは、私の目指す立派な魔術師ではありません! 私は自分の力で強くなって、立派な魔術師になるのです! そう決めたのです! それが……約束なのです!」
「……先輩。姫子を信じるんですか? その子だって、しょせんは他人です。魔術書に目が眩まないと言えますか。今だって、嘘を言っているかもしれませんよ。先輩に近付こうと、わざと弟子になったのかもしれませんよ」
「かもな。だが聞くが、おまえこんな奴が魔術書を狙ってたとして、果たして俺から取れると思うか? こいつはまだまだ弱い。俺よりずっと弱い。なら大丈夫だ。俺がこいつよりずっと強い存在でいればいい。こいつをずっと守ってやればいい。それで済む話だろう?」
「……? せ、先輩! ちょっと酷いのです! 私だって強くなるのですよぉ!」
「……呆れた。呆れましたよ、先輩。案外簡単に、先輩は他人を受け入れるんですね。ずっと一人でいてくれたら、どれだけ楽か……!」
「俺も一人の方がずっと楽だ。まったくどうしてこんな奴を信じる気になったのか、俺にもわからん」
市ノ川真那子は溜め息をつく。男達の攻撃を停止させると、自身の魔術で自信を操り、眼光を赤く光らせた。
「もういいです。
「古手川、おまえにも見せてやる。白の魔術書がもたらした、魔術殺しの
「はい!」
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