魔術書
――今見たことは忘れろ。おまえには関係のないことだ
まるで、ずっと襲われて来たかのような言い方。今までずっとその境遇にいたようで、もう慣れているかのような戦い方だったのをよく憶えている。
だが本当に、関係のないことなのだろうか。関係のないことだとしても、あぁそうですかと簡単に引き下がっていいものなのだろうか。それが気になる。だけど答えはずっと出ないままで、結局ずっと廊下の窓から外を見上げて黄昏ていた。
「姫子」
「マナちゃん……」
「どうしたの? そんな浮かない顔をして」
――今見たことは忘れろ。おまえには関係のないことだ
「……いいえ、なんでもないのです」
「そう?」
「行こう! 姫子!」
「え、でももうすぐ
「いいから、いいから!」
六錠扉は学園にはいなかった。男子寮の自分の部屋で、胡坐を掻いていた。そして、目も覚めるような大音量の固定電話のベルが鳴ると、すぐさまそれを取った。
『やぁ扉、久し振りだね。元気にしてたかい?』
「残念ながら元気だよ。おまえのくれた結界魔術のせいでな」
『それはよかった。でも昨日は災難だったね。襲われた挙句、後輩に目撃されてしまった』
六錠扉は舌を打つ。
もうそこまで知ってるのかと、電話相手のすさまじい情報網がうざったく感じた。その情報網で常時こちらの動きを監視していることも想像できる。
『彼女、古手川姫子と言ったっけ? 君の弟子らしいじゃないか。師匠として、今君が置かれている境遇くらいは教えてあげた方がいいんじゃない?』
「あいつは関係ないし、弟子にしたつもりもない。大体軽々しく誰にでも教えられるか。あんたが困るんだろうが」
『僕は確かに、情報の
「てめっ……!」
『他のみんなはうまくやってるって言うのに、なんで君はそんなに不器用なんだろうねぇ』
「知ってて言うな! 殺すぞ!」
『君の魔術は、人を殺すための魔術じゃないだろう? 君の魔術は、魔術を殺すための魔術だ。それを忘れてはいけない』
まったくその通りなのが、ますますムカつく。電話相手の言うことがずっと正しすぎて、六錠扉はただただ腹立たしかった。
『さて、それより君は早く学園に行った方がいい。君の後輩が、何やら昨日の一件でもう巻き込まれてしまっているようだ』
「古手川が……?」
『どうする、扉。助けに行くかい?』
六錠扉が問いを受けていたそのとき、古手川姫子は市ノ川真那子に手を引かれて資料庫に向かっていた。
最奥にある戸棚を少し動かすと、何かのスイッチが入って資料庫全体が轟く。そうして開いた扉の奥へとさらに進んでいき、二人は階段を下りていった。
「こんなところがあったなんて……マナちゃん、いつ見つけたのですか?」
「ねぇ姫子、魔術書って知ってる? この世に魔術を与えた、六つの魔術書のこと」
「は、はい。授業でやりましたから……遺跡で発見されたこの魔術書が開いたとき、世界は魔力で満ちそれ以降魔力を持つ人が生まれた。それが魔術師の根源だって」
「そう。そして六つの魔術書は今は封印されて、誰も知らないどこかに保管されている」
「それがどうしたのですか?」
「姫子、あんたその魔術書があったらどうする? この世の魔術のすべてが記されていると言われてるその本が、あなたの目の前にあったら」
「私は……」
「私は躊躇わない。どんな手を使ってでも、必ず魔術書の魔術を手に入れる」
「マナちゃ――!」
古手川姫子の腹に、拳が減り込む。その一撃で気絶した彼女を抱えあげ、市ノ川真那子は携帯をかけた。
「人質は捕縛した。あなた達は六錠扉の元に向かって。私はこのまま魔術書の元に向かう」
古手川姫子を連れ、階段を下りていく。そうして辿り着いた最深部の中で一つ、光源となっているものがあった。それは真っ白な本。何重にも鍵がかけられた、白い本だった。
「これが……魔術書の一冊!」
電話を切った六錠扉は、急ぐこともなく慌てることもなく、部屋をあとにしていた。あまり進まない足取りで、学園へと向かう。
その道の途中で気配に気付き、一瞬で取り囲まれた。対抗はできる。だがしない。その理由は単純で、彼らに戦う意思がないと感じたからだった。
「六錠扉、古手川姫子を預かった。彼女の命が惜しければ、我々と共に来てもらおうか」
「人質か……そこまでして魔術書の魔術を手に入れて、おまえたちは何がしたい。強くなりたいのか。金持ちにでもなりたいのか。世界を思うがままにしてみたいのか。たしかにあれには、それもできる魔術がある。だがな、自分で身に付けられない魔術ほど、手に負えないものはないぞ……! 雑魚共!」
瞬殺。総勢十二名を、一瞬で倒す。それはただの八つ当たりで、今さっきまで電話していた相手へのイライラを発散させるべく、全滅させたに過ぎなかった。
人質など、六錠扉には意味はない。そのために、今まで孤立してきたのだ。意味はない。意味はないはずなのに、足取りが徐々に速くなる。そしてしまいには全力で走り出していた。
「クソッ!」
六錠扉は走る。魔力で体力を底上げし、
「来ましたね、六錠扉先輩」
「おまえか、今回魔術書を狙ってる奴は」
「市ノ川真那子と言います。以後、お見知りおきを」
「知る必要はないし、憶えておく気もない。さっさとおまえを倒して、学園長あたりに差し出してやる」
「私を? できますか? あなたに」
六錠扉の背後に、誰かが立つ。その気配を感じ取ってすぐさま振り返った六錠扉は、その立ち姿に息を呑んだ。
「古手川……?」
そこには古手川姫子がいた。ダランと上半身の力を抜いて、うなだれたまま立っている、古手川姫子がそこにいた。
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