襲撃者

 古手川姫子こてがわきこの特訓が禁止になって早二日。古手川姫子は六錠扉りくじょうとびらに、もう再開してくださいと直談判しに行っていた。

「先輩! もう大丈夫です! ホラ、この通り!」

 そういって、まったく出ていない力こぶを見せる。当然六錠扉は首を横に振り、許さなかった。

「あの特訓はもうダメだ、おまえには合わない。ただでさえ魔力が少ないおまえだ。このままじゃいつか、魔力欠乏症になるぞ」

「それって魔力と一緒に生命力が減る病気ですよね……でも大丈夫です! 今度はほどほどにします!」

「おまえのことだ、やり始めたら倒れるまでやるに決まってるだろ。だからダメだ」

「そんなことないですってぇ!」

 小さい背丈でピョンピョンと跳ねて訴える。六錠扉はその頭を押さえつけて、それ以上の反論を許さなかった。

 そんな二人のいる教室では、二人を差してコソコソと噂が広がる。実は付き合い始めたんじゃないかとか、もうキスは済ませたんじゃないかとか、あの六錠扉が実はロリコンだったとか、そんな話題だ。

 しかもその話は全部六錠扉に聞こえていて、六錠扉は自分の背後に絶えず殺気を放っていた。それで少しだけ、その場だけ、噂が拡大を止めるのだ。

「うぅ、六錠先輩! もう!」

「うるさい、とにかくまだしばらくはダメだ。大人しくしてろ」

「うぅ……じゃあ大人しくしてます……大人しくしてますから、大人しくしててもいい修行は何かありませんか?!」

 ダメだ、まったくわかってない。

 しかもそんな都合のいい修行があるわけがないだろう。その根性は大したものだが、もはや呆れるほどだった。

「ったくおまえは――」

 不意。視線を感じる。その視線のしつこさと粘々とした粘着質のありそうな感じを、六錠扉は憶えていた。つい一昨日、保健室前で襲ってきた奴らだ。あれ以来ずっとこちらを監視している。

 また見てるな……。

「先輩? どうかされたんですか?」

「……いや、なんでもない。とにかく、おまえは大人しくしてろ。修行も何も、しばらく禁止だ」

「……はい」

 古手川姫子との距離を、これで離したつもりだった。これでしばらくどころかずっと離れてくれるとありがたいのだが、おそらくそうはいかないだろう。

 だから一時的にでも、離れていてほしかった。せめて今だけは、離れていてほしかった。でなければ、巻き込んでしまって面倒だから。

 六錠扉は放課後、一人で図書館にいた。すでに閉館時間を過ぎていて、他には誰もいない。六錠扉がそこにいられるのは、学園教師十名もの許可によるものだった。

 生徒手帳に、印鑑とサインが並ぶ。許可を取ることに苦労した証だ。だが真に苦労するのはこれからであることを、六錠扉は生徒手帳をしまいながら思った。

 魔力は充分。体力も充分。気力に至っては十二分。まったく、こんなベストコンディションにさせられたことに腹が立つ。

 来るなら来い。

 六錠扉は今一人で、人けのないここにいるぞ。誰も何もいないぞと、気配で誘う。その誘導に乗って来て、襲撃者は姿を現した。

 魔術の黒い霧で姿を隠している、正体不明な五人。その背丈はどれも一緒で、見た目で得られる特徴は黒いということだけだった。

 同時、彼らの手に炎が宿る。そして一斉に連続で放ち、六錠扉を炎の渦に閉じ込めた。図書館に搭載されているスプリンクラーでも、消えることがない。だがその炎を、六錠扉はやはり一掻きで消し去った。

 そして同時、うち一体に肉薄する。瞬時の接近に対応し切れていないその個体のど真ん中に拳を叩き込み、自分達が立っている通路から下の階へと吹き飛ばした。

「次はどいつだ」

 襲撃者達は動き回る。そして絶えず炎を放ち、六錠扉を動かさなかった。だが動こうが止まろうが、六錠扉に炎は効かない。今この状態においては、まったく効かないのだ。

 これが六錠扉唯一の、結界魔術。

「おまえらに見せてやる。魔術殺しの結界魔術フラグマを……!」

 六錠扉から放たれる、光の幕。それはやがて図書館全体を包み込み、図書館にある物体すべてを光の幕で覆い尽した。

 その中で、彼らはまた炎を出そうとする。だが炎はすぐさま霧散し、まったく形にならずに消えてしまった。何度やっても消えるだけ。炎がまったく作れない。

 そんな彼らの懐に入り込み、殴り飛ばし、蹴り飛ばす。固定された本棚やテーブルにぶつかって、彼らはことごとくその場で伸びた。

 なんだ、大したことのない。

 魔術を解除し、元の風景に戻す。そして未だ霧で覆われている一人の胸座を持ち上げると、その霧を消し去った。霧から出てきたのは、坊主頭の眉なし男。

「おい、誰の差し金だ。言え。言えばそうだな……片腕片脚で済ませてやる」

 六錠扉の目を見て、男はすくむ。その目は本気で、本当にこれから片腕と片脚を斬られてしまうのだと思うほどだった。大の大人ですら、その気迫に怯える。

 だがその気迫に怯えたのは、その男だけではなかった。

「先輩……?」

 そこにいたのは、古手川姫子だった。何故ここにいるのか、どうやってここに入ったのか、色々とわからない。だが今見えているのはそこに古手川姫子がいて、さらに男の仲間が古手川姫子に向けて炎を放とうとしているところだった。

「クソっ……!」

 とっさに男から手を離し、魔術を展開する。古手川姫子を襲った炎は微塵に消え去ったが、同時に男から炎を喰らって六錠扉は数歩引いた。

 そしてそのまま逃がしてしまう。男達が影の中に消えていくのを、自身に結界を張って炎を消しながら見ているしかなかった。

「先輩、あの……今の人達は――」

「なんでここに来た! 鍵がかかってたはずだ!」

「え、え……いや、友達に本を返してほしいって頼まれて……鍵がかかってなかったから、まだ大丈夫かなって思いまして」

「鍵が開いてた……?」

 何かの間違いか。だが古手川姫子は現にここにいる。鍵をかけ忘れたのか。だが今は、そんなことはどうでもいい。彼女が今ここにいて、今の一部始終を見られてしまった。それが問題なのだ。

「……今見たことは忘れろ。おまえには関係のないことだ」

「で、でも先輩狙われてました! 今のは先生に報告するべきじゃ――」

「わかったな!」

 古手川姫子は渋々頷く。そうするしか、そうすることしかできなかった。

 結局そのあとも何の言及も許されず、二人は図書館を出ると何も言葉を交わすことなく分かれていった。



 

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