六錠扉の魔術
保健室に運ばれた
古手川姫子はふと、その脚の上にある手に触ってみようと手を伸ばす。だが少し距離を縮める度に六錠扉が少し唸るので、結局引っ込めてしまった。手を握ってたら怒るかな、そんなことを思う。
六錠扉が起きたのは古手川姫子が起きたそのすぐあとで、手を握っていれば、多分怒られたかもしれないというくらいに、寝起きの機嫌が悪そうな顔をしていた。
「起きたか」
「は、はい……ご心配をおかけしました」
「心配してない。やめろと言ったのにやめなかったおまえが悪い」
「本当、そうですね……ごめんなさい。でも、また明日からも頑張りますので――」
「おまえのその執着心は、どうかしてる。しばらく特訓はなしだ。休め」
「で、でも先輩――」
「聞こえなかったのか。休めって言ったんだ」
「……はい」
「……自販機行ってくる。何がいい。買ってきてやる」
「い、いえ、大丈夫です」
「そうか」
そう言って、六錠扉は保健室を出て行く。彼の荷物はまだベッドの側にあったが、扉の閉まる音がしたとき、古手川姫子はもう彼が戻ってこないような感覚に襲われた。
もう見放されてしまったのではないか、見限られてしまったのではないか。そんな不安が脳裏をよぎる。
――またおまえは……
過去の言葉が思い起こされる。もうあんな思いをしたくない。ヤだ、見捨てられたくない。思い出すまいと、すぐに忘れようと、頭を抱える。だがこんな気持ちでは思い出してばかりで、枕を抱き締め膝を曲げた。
もう、泣きそうである。
「何やってるんでしょう……私……」
「姫子ぉ!」
不意に入ってきた、ずっと背の高い女子。彼女の名前は、
「マナちゃん」
「姫子が保健室に運ばれたって聞いてさ、女子寮から飛んできちゃった」
「ご心配をおかけしました。でももう大丈夫ですので」
「よかったぁ。でも姫子をここまでにするなんて、六錠先輩って厳しいんだね」
「はい! 私にあった修行を用意してくれて、しかもちゃんと面倒を見てくださる、厳しくも優しい先輩なのです! そだ! マナちゃんも先輩に弟子入りしますか?!」
「私はいいよ、やめておく。でもさぁ思うんだけど、姫子は自分の魔術を磨くより、先輩の魔術をもらっちゃったほうがよくない?」
「先輩の……魔術ですか?」
「そうだよ! 姫子の造形魔術も珍しいけど、それよりもさらに珍しい結界魔術! どんな攻撃も跳ね返す絶対防御! これさえ憶えちゃえば敵なしだって、みんな言ってるよ?」
「でも結界魔術は珍しすぎて、会得方法もわかってないって先生が……」
「それを使える先輩に弟子入りできたんでしょ? だったら学ぶべきだよ! 学内序列上位にも入れるチャンスじゃん!」
市ノ川真那子は少し興奮した様子で薦めてくる。だけど古手川姫子はおもむろに首を横に振った。より強く、枕を抱き締める。
「私は……私は先輩の魔術を教えて欲しくて弟子入りしたんじゃないんです。先輩みたいに強くはなりたいけど……けど、私は私の魔術で強くなりたい。そう、思うんです」
市ノ川真那子は六錠扉が座っていた椅子に座る。そして落ち着きを取り戻した様子で、そっかと静かに頷いた。
「ごめんなさい、マナちゃん。マナちゃんが先輩に弟子入りすることを提案してくれたのに……」
「いいのいいの。姫子は姫子だもん。姫子の思う通りに、強くなればいいと思うよ」
「はい、ありがとうございます」
その後、少し談笑してから市ノ川真那子は帰っていった。保健室の前で六錠扉とすれ違ったそのとき、六錠扉はその姿を二度見した。
「あ、先輩……」
「今の、おまえの友達か」
「は、はい。あの先輩、もう帰りたいので着替えます。だから……」
「わかった、わかった。そのまえに俺の荷物を取らせろ」
バッグを持って、保健室を出る。このまま一人先に帰ってしまうという手もあったが、こうなったのが自分のせいでもあるとあってそれはできなかった。そうすれば、確実に距離を取らせることができるというのに。
だがそうでなくても、六錠扉はそこを動かなかった。気配を感じるからだ。廊下の両側から、誰かの視線と共に感じる。そしてその気配は突然、火の玉を放ってきた。
六錠扉にぶつかって、弾けて消える。六錠扉にダメージはなく、平然と立ち尽くす。それでも火の玉は襲い掛かって来て、ついに六錠扉を囲うようにして捕まえた。
だが六錠扉は手の一振りで、それを掻き消した。攻撃が効かないと悟ったのか、それで攻撃はピタリと止む。
追ってもおそらく逃げられると悟り追わなかったが、六錠扉は姿を見せない襲撃者の存在を確かに脳裏に刻んだ。そして思う。
またか。
「先輩、どうかしたんですか? ちょっと焦げ臭いような……」
古手川姫子が頭だけを扉から出し、覗いてくる。今あったことを話してもよかったが、明らかに騒ぎ立てそうなので、やめた。
「なんでもない。それより、着替えたのか」
「はい、お待たせいたしました」
しまった、待ってる風になったか。
「まぁいい、行くぞ」
「はい!」
そのあとはなんとなく古手川姫子を送る形になってしまい、少し遠回りな帰り道となった。そのおかげなのかどうかは知らないが、この日再度襲撃者に襲われることはなく、この日を終えた。
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