六錠扉の魔術

 保健室に運ばれた古手川姫子こてがわきこが目を覚ましたのは、運ばれてから数十分後のこと。目を覚ますとベッドの隣で、六錠扉りくじょうとびらが脚を組んで座り、うとうとしていた。時間も時間だ、無理もない。

 古手川姫子はふと、その脚の上にある手に触ってみようと手を伸ばす。だが少し距離を縮める度に六錠扉が少し唸るので、結局引っ込めてしまった。手を握ってたら怒るかな、そんなことを思う。

 六錠扉が起きたのは古手川姫子が起きたそのすぐあとで、手を握っていれば、多分怒られたかもしれないというくらいに、寝起きの機嫌が悪そうな顔をしていた。

「起きたか」

「は、はい……ご心配をおかけしました」

「心配してない。やめろと言ったのにやめなかったおまえが悪い」

「本当、そうですね……ごめんなさい。でも、また明日からも頑張りますので――」

「おまえのその執着心は、どうかしてる。しばらく特訓はなしだ。休め」

「で、でも先輩――」

「聞こえなかったのか。休めって言ったんだ」

「……はい」

「……自販機行ってくる。何がいい。買ってきてやる」

「い、いえ、大丈夫です」

「そうか」

 そう言って、六錠扉は保健室を出て行く。彼の荷物はまだベッドの側にあったが、扉の閉まる音がしたとき、古手川姫子はもう彼が戻ってこないような感覚に襲われた。

 もう見放されてしまったのではないか、見限られてしまったのではないか。そんな不安が脳裏をよぎる。

――またおまえは……

 過去の言葉が思い起こされる。もうあんな思いをしたくない。ヤだ、見捨てられたくない。思い出すまいと、すぐに忘れようと、頭を抱える。だがこんな気持ちでは思い出してばかりで、枕を抱き締め膝を曲げた。

 もう、泣きそうである。

「何やってるんでしょう……私……」

「姫子ぉ!」

 不意に入ってきた、ずっと背の高い女子。彼女の名前は、市ノ川真那子いちのかわまなこ。古手川姫子のクラスメイトであり、仲のいい友達である。

「マナちゃん」

「姫子が保健室に運ばれたって聞いてさ、女子寮から飛んできちゃった」

「ご心配をおかけしました。でももう大丈夫ですので」

「よかったぁ。でも姫子をここまでにするなんて、六錠先輩って厳しいんだね」

「はい! 私にあった修行を用意してくれて、しかもちゃんと面倒を見てくださる、厳しくも優しい先輩なのです! そだ! マナちゃんも先輩に弟子入りしますか?!」

「私はいいよ、やめておく。でもさぁ思うんだけど、姫子は自分の魔術を磨くより、先輩の魔術をもらっちゃったほうがよくない?」

「先輩の……魔術ですか?」

「そうだよ! 姫子の造形魔術も珍しいけど、それよりもさらに珍しい結界魔術! どんな攻撃も跳ね返す絶対防御! これさえ憶えちゃえば敵なしだって、みんな言ってるよ?」

「でも結界魔術は珍しすぎて、会得方法もわかってないって先生が……」

「それを使える先輩に弟子入りできたんでしょ? だったら学ぶべきだよ! 学内序列上位にも入れるチャンスじゃん!」

 市ノ川真那子は少し興奮した様子で薦めてくる。だけど古手川姫子はおもむろに首を横に振った。より強く、枕を抱き締める。

「私は……私は先輩の魔術を教えて欲しくて弟子入りしたんじゃないんです。先輩みたいに強くはなりたいけど……けど、私は私の魔術で強くなりたい。そう、思うんです」

 市ノ川真那子は六錠扉が座っていた椅子に座る。そして落ち着きを取り戻した様子で、そっかと静かに頷いた。

「ごめんなさい、マナちゃん。マナちゃんが先輩に弟子入りすることを提案してくれたのに……」

「いいのいいの。姫子は姫子だもん。姫子の思う通りに、強くなればいいと思うよ」

「はい、ありがとうございます」

 その後、少し談笑してから市ノ川真那子は帰っていった。保健室の前で六錠扉とすれ違ったそのとき、六錠扉はその姿を二度見した。

「あ、先輩……」

「今の、おまえの友達か」

「は、はい。あの先輩、もう帰りたいので着替えます。だから……」

「わかった、わかった。そのまえに俺の荷物を取らせろ」

 バッグを持って、保健室を出る。このまま一人先に帰ってしまうという手もあったが、こうなったのが自分のせいでもあるとあってそれはできなかった。そうすれば、確実に距離を取らせることができるというのに。

 だがそうでなくても、六錠扉はそこを動かなかった。気配を感じるからだ。廊下の両側から、誰かの視線と共に感じる。そしてその気配は突然、火の玉を放ってきた。

 六錠扉にぶつかって、弾けて消える。六錠扉にダメージはなく、平然と立ち尽くす。それでも火の玉は襲い掛かって来て、ついに六錠扉を囲うようにして捕まえた。

 だが六錠扉は手の一振りで、それを掻き消した。攻撃が効かないと悟ったのか、それで攻撃はピタリと止む。

 追ってもおそらく逃げられると悟り追わなかったが、六錠扉は姿を見せない襲撃者の存在を確かに脳裏に刻んだ。そして思う。

 またか。

「先輩、どうかしたんですか? ちょっと焦げ臭いような……」

 古手川姫子が頭だけを扉から出し、覗いてくる。今あったことを話してもよかったが、明らかに騒ぎ立てそうなので、やめた。

「なんでもない。それより、着替えたのか」

「はい、お待たせいたしました」

 しまった、待ってる風になったか。

「まぁいい、行くぞ」

「はい!」

 そのあとはなんとなく古手川姫子を送る形になってしまい、少し遠回りな帰り道となった。そのおかげなのかどうかは知らないが、この日再度襲撃者に襲われることはなく、この日を終えた。

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