古手川姫子
どうしたら、
ならばどうやったら離れるか。六錠扉は考えた。
「先輩、今日は一体どんな修行をしてくださるのでしょうか!」
放課後、古手川姫子を呼び出した六錠扉は、先日と同じく体育館にいた。お互い服装は体育のときのジャージで、六錠扉は上着を肩にかけていた。
「このまえの戦闘でわかったことだが、おまえは魔力の量が少なすぎる。それじゃあ長い間、魔術を使えないだろう。だから、魔術を増やす特訓をしてもらおうと思う」
「なるほど! たしかに魔力量の少なさは私のコンプレックスなのです! そこに目をつけるとはさすがです、師匠!」
今思ったが、先輩か師匠、どっちかに絞ってくれ。
「でも具体的には、何をするんです?」
六錠扉の指差す方にあったのは、ランニングマシンだった。どこにでもある、普通のではなく、無論、特別製の代物だ。
「あれでひたすら走ってもらう。走る度に魔力を消費するから、徐々にきつくなるだろうが、その限界を徐々に上げていくのが目標だ。ちなみに俺なら、最高六時間は粘れる」
「なるほど、走るのですね! でもあの器具って、使うのに許可がいるのでは……」
「取ってきたに決まってるだろ。修行を考える身にもなれ」
「おぉ! さすがは師匠! ありがたいです、はい!」
まったくだ。この機器を借りる許可を取るのに、今日一日どれだけの労力を要したか。先生の説得といい、まったくこれだけで疲れてしまった。
だがすべては、古手川姫子を六錠扉から引き離すため。ここで過酷で非人道的な特訓を強いて、幻滅させればいい。もうこの人とは嫌だと、思うくらいにまで。
嫌われたっていい。憎まれたっていい。好きだと言われるよりも、ずっとマシだ。あとで酷く、裏切られると言うのなら。
「では早速お願いします! 師匠!」
「あぁ、さっさと始めてくれ」
古手川姫子は張り切って走り始める。だが彼女の持つ魔力は本当に少なくて、二〇分程度走っただけでバテ始めた。体力は魔力の生成に持っていかれて、もう虫の息である。
「もう終わりか! だらしないぞ!」
その小さな背中が赤くなりそうなまでの強い力で叩き、怒鳴る。古手川姫子は底に眠る限界を超えた力を振り絞って、走り続ける。あとはその繰り返しだ。
走る速度が遅くなれば、背中を叩いて怒号を浴びせ、走らせる。こんな非人道的な先輩に、一体誰がこの先ついて行くと言うのだろう。
自分の中に沸々と沸く罪悪感を押し殺して、その背中が潰れてしまいそうになるまで叩き続けた。
だがいくら叩いているからといっても、いくら怒鳴っているからといっても、古手川姫子は止まらなかった。背を叩かれれば、怒号を発せば、彼女は走る。だがそうでなくても、彼女は止まろうとしなかった。
そのあまりの一生懸命さに、ついに背中を叩こうとした手が止まる。
「もう、いいぞ。今日はここまでにしよう」
「なんで、ですか?」
「は?」
「まだ私できますよ……やりましょう、師匠」
「おま……もうガタガタだろうが」
「何言ってるですか……私は、元々ガタガタです……それを、師匠が変えてくださるのでは、ないですか。私はなるのです……! 立派な魔術師に!! 私、は……」
古手川姫子は力尽きる。崩れ落ちた彼女はそのまま眠ってしまい、ランニングマシンから滑り落ちた。
何故そこまで強くなりたいのか。何故そこまで立派な魔術師とやらになりたいのか。それら一切のことはわからない。何がそこまで彼女を突き動かしているのかは、全然わからない。
だが六錠扉は彼女を背負い、保健室へと運び出した。
もう自分が、何をしているのかわからない。彼女に嫌われ、この妙な師弟関係を終わらせることが、目標だったはずだ。ならば放っておけばいい。
だが彼女を放っておくことができるほど罪悪感を押し殺すことはできず、結局今日この日も、六錠扉の計画は失敗に終わったのだった。
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