六錠扉

 六錠扉りくじょうとびらはぼっちである。

 基本教室では誰とも話すこともなく、ただずっと窓の外を見て黄昏ている。

 そんな彼の様子を見て、実は危ない奴だとか、実は中二病なのではだとか、根も葉もない噂が学園中で立っている。

 だがそんなもの、六錠扉は気にはしない。噂など、立たせるだけ立たせておけばいいのだ。勝手にすればいい。どうせすぐに飽きる。そう、勝手に――

「六錠先輩!」

 教室全体が高速回転でもしたかのように、その場にいた全員が振り返る。するとそこにはとても小さく小柄な、桃色の長髪を揺らした少女がドアのまえに立っていた。

「六錠先輩! お迎えに上がりました!」

 噂など勝手にすればいい。だが今、新たな噂が立ちそうなことに、六錠扉はげんなりしていた。すべては、彼女のせいだ。

「何しにきた、後輩」

「古手川です! 古手川姫子こてがわきこです! 早速今日から修業をつけてもらおうと思いまして参上いたしました!」

「そうか、じゃあ古手川。帰れ」

「私、六錠先輩みたいに強くて立派な魔術師になりたいんです! よろしくお願いします!」

 ダメだ、こいつ話を聞かない奴だ。

 彼女――古手川姫子に弟子入り志願されてから早三日。六錠扉は毎日のように付け回されていた。

 あるときは男子寮のまえで待ち伏せされ、あるときは校庭で待ち伏せされ、あるときは全校朝会の後にまで付けられたこともあった。だがどれも平等に、六錠扉は完全無視で通してきたのである。

「大体、なんで俺だ。三年の優しい先輩にでも教えてもらえ」

「だって先輩、お強いじゃないですか! 聞きましたよ、その三年の優しい先輩を、先日模擬戦で打ち負かしたって!」

「あれは相手が弱かっただけだ」

「この学園序列十位がですか! さすがは六錠先輩! 学園序列四位です!」

 ダメだ、墓穴を掘った。

 なんなのだ、こいつのこの六錠扉に対する絶対的信頼は。

 もはや崇拝レベルである。そんな彼女を引きはがしたいのだが、生憎とこんなことは初体験で、術がなかった。

 まぁ、思いつかないわけではないが。

「わかった、わかった。じゃあ今日だけ面倒見てやる。ただしこれ以上関わるな。俺も迷惑してるんだ」

「修行してくれるのですか! ありがとうございます! 私精一杯頑張ります!」

 あぁ、後半聞いてないな。都合のいい耳してる。

 古手川姫子を連れて、体育館へ向かう。今までずっと一人でいた六錠扉が女子を連れているとあって、周囲の目はすごい。六錠扉はそれらを全部無視して、前だけ見て突き進んだ。

 古手川姫子は、まったく気にしていない様子だが。

「先輩は、どうして魔術を学ぼうと思ったのですか?」

「……さぁな」

「私はおうちが代々魔術師なのです! だから私も、立派な魔術師になるのですよ!」

「そうか、頑張れ」

「はい!」

 今の応援に、応援としての意味はまるでない。ただ頑張れと、言葉だけを言っただけだ。それなのに彼女がすごい喜んでいることが、六錠扉は信じられなかった。

 頑張れなど、一番残酷な言葉だろうに。

 体育館についた二人は、数メートルの距離を取って向き合う。六錠扉が練習試合をするとあって、その話を聞きつけた生徒達が上の観覧席に集まっていた。

「序列四位がやるんだってよ」

「聞いたか? 最近三年の先輩をまとめて相手して、勝ったんだと」

「私らと同じ二年なの? 本当に」

「まぁあいつの魔術は、かなりチートだからな」

 皆、好き勝手言っている。こちらは魔術師など、なるつもりはないというのに。なれと言われているから、なっているだけだ。すべては、あいつが原因だ。

――君自身を守る魔術を授けよう、六錠扉

 そんなもの、いらない。そのせいで俺は……。

「六錠先輩! どうしたですかぁ!」

「……なんでもない。始めるぞ。ルールは簡単に、相手を先に倒した方が勝ちだ」

「わかりました! よろしくお願いしますです!」

 単純だな……一撃で終わらせる。

「おまえから来い」

「では、行きますよぉ!」

 古手川姫子の両手に、水が走る。その水は大きく曲がって形を取り、弓矢になった。

「造形魔術……珍しいのを使うな」

 水の矢が、六錠扉にぶつかり弾ける。だが六錠扉はまったく応えてなく、一歩一歩と歩き始めた。

「まだまだ!」

 六錠扉の周囲を駆け回り、連射する。そのことごとくは六錠扉にぶつかるも、どれもダメージと呼べるものを与えていない。それは、まったく変わっていない表情から察することができる。

 古手川姫子は絶えず連射を続けたが、ついに魔術を行使するために必要な魔力が尽きて、弓矢も消えてしまった。体力も同時に尽き、その場に片膝をつく。

 そんな彼女に、六錠扉は正拳突きを叩き込む。軽くステージの方まで吹き飛ばされた彼女は、そのまま倒れてしまった。ここまでである。

「やっぱりなぁ」

「あいつみたいなのが序列一位になったりするんだよ、どうせ」

「ホント、つまんねぇよな」

 生徒達は退散する。六錠扉も一息漏らして、彼女を置いてその場をあとにした。

 これであいつも、諦めるだろ。

 弟子などいらない。友達も、仲間もいらない。六錠扉はいつだって一人で、孤独で、ぼっちなのだ。

 誰一人、ついてくることなどありえない。

 そんなことをした翌日、六錠扉は寮の玄関を出たときに驚愕した。

「おはようございます! 六錠先輩!」

 そこには古手川姫子がいた。手には包帯を巻き、おでこには湿布を張っていたが、元気爆発な古手川姫子がいた。昨日のことなど、まるでなかったかのようだ。

「いやぁさすがは六錠先輩、私ではまったく敵いませんでした! 是非その強さを自分のものにしたいのです! よろしくお願いします!」

「これからも……?」

 六錠扉の弟子破門計画第一弾は、こうして失敗に終わったのだった。

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