第4話
俺は部屋に入ると、電気も付けずそのままベッドに倒れ込んだ。汗に濡れた制服が気持ち悪いが、今は着替える気分になれなかった。
先ほどの、華奈のお母さんとの話で思い出したことを整理する。
「すっかり忘れていた。なんで忘れたんだ?」
それに答えてくれるものはいない。俺自身も思い出せない。
換気もしなかったためか、部屋の中は暑かった。部屋にいるだけで、汗が噴き出してくる。俺はベッドサイドに置かれたリモコンで、エアコンのスイッチを入れた。
「そうだったんだよなぁ」
俺はあの日のことを思い出していた。
「颯太くんって、すごいよね」
黄色い交通安全のカバーをかけた、赤いランドセルを背負った華奈が俺にいった。今では開いてしまった身長差は、この頃はほとんどなかった。
「急にどうしたの、華奈ちゃん?」
「だって、色んなお話考えられるよね。宇宙人とか、地底人とか、深海人とか」
「別に考えているわけじゃないよ。自然と思い浮かんでくるんだ」
「やっぱりすごーい」
華奈は本当に嬉しそうに手を叩いていた。それを見て、俺はなんとなく鼻が高くなって、胸を張る。
「それほどでもないよ」
内心では嬉しくて仕方ないくせに、そのことを何でもないことのように振る舞う。華奈の前ではかっこよくしたかった。
「それでね、そんなかっこいい颯太くんにお願いがあるんだ」
しかし、華奈も俺のことを分かっていたらしく、俺の内心をくすぐるようなことをいってお願いをしてきたのだった。
「なぁに?」
そういわれてしまったら、単純な子どもの俺が断れるわけがなかった。今思い出してみると、まんまと華奈にはめられている、という気がしてきてならない。
「お話を考えて欲しいの」
「どんなの?」
「颯太くんが格好いい勇者のお話」
「?それ、いつもぼくが考えている奴だよ?」
「それでね、私がお姫様なの」
「華奈ちゃんがお姫様なんだ」
「いや?」
「いやじゃないよ」
「それでね、私は悪い人にさらわれちゃうの」
「え?それって大変じゃない!」
「それで、颯太くんが悪い人を倒して、私を助けてくれるの」
「それで?」
「それだけ」
「それだけなの?」
「うん。それだけ。最後に、私は勇者と幸せになるの」
「うーん。今までと違う話だからうまく出来るか分からないよ?」
「いいよ、颯太くんが考えてくれるお話なら」
「そういってくれるんだったら、いいよ。でも、時間がかかっちゃうと思うから、待っててね」
「うん、待ってるよ。じゃあ、指切りしよう」
「うん」
「「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ーます。指切った」」
「約束したからね」
「うん」
「私は可愛いお姫様で、颯太くんはかっこよくて強い勇者さまだからね。ヒーローだからね」
「分かった!」
強く言いきった俺に対して、華奈は満足そうに笑顔になった。
ここからだった。俺の妄想が始まったのは。
それで、俺は一生懸命話を考えた。華奈は姫だったが、ある日華奈の美貌に目をとめた悪い魔法使いにさらわれてしまう。そのことに困った王さまが、助けを求めたのが勇者の俺だった。
勇者の俺は、悪の魔法使いが繰り出してくる敵を次々と倒していった。いかに勇者をかっこよくさせるか、を考えていていった結果、どんどん勇者は強くなっていった。
強くなっていく勇者に対して、敵もそれにふさわしくなくてはいけない。幼い頃の俺は、一生懸命かっこよさそうな敵が出てくる本を読んで、敵をどんどん強くしていって。
華奈に面白い話をプレゼントしたかったから、俺は一生懸命考えた。話はどんどん長くなっていった。
「颯太くん、いつになったら私を助けに来てくれるの?」
「まだまだだよ。だって、悪い魔法使いの部下の、四天王がこれから出てくるところなんだよ」
「四天王?」
「そう、とっても強いんだよ。それぞれ、火、水、風、土を自由に操れる魔法使いなんだ」
「それって、颯太くんピンチなんじゃない?」
「うん、一人目と戦ってぼくはとってもピンチになるんだ」
「えー、颯太くん負けちゃうの?」
「それは……今考えているところ」
「楽しみだなぁ。颯太くん、絶対に勝ってね。だって、颯太くんは姫のヒーローなんだから」
「もちろんだよ!」
俺が考えた話を華奈に聞いてもらって、華奈の反応を見るのがあの頃は何よりも楽しかった。
ところが、俺は次第に自分と敵が戦うことが面白くなっていって、次第に最初の目的を忘れていってしまった。その上、「俺はもうお前と遊ばない」なんてことがあったものだから、話はどんどん横道に逸れていって、戻ってくることがなくなってしまった。
思い出してみると、馬鹿な話だ。いや、バカなのは俺か。
華奈に格好いいところを見せたくて、華奈を楽しませたくて、話を考えていたはずなのに。
大好きだった華奈ちゃんの笑った顔をたくさん見たかったから。
幼い頃の記憶と共に、意識しないでいた感情に気付いてしまう。
「バカだなぁ、俺。いなくなってから、ちゃんと認められるんだもんなぁ」
そう、俺は華奈のことが好きなのだ。いつも一緒にいてくれる優しい華奈のことが。
「だから、こんなに心がざわついていたのか」
気付いてしまうと単純だ。この気持ちは、悲しみだ。暫く華奈と話すことができない嘆き。しかし、俺はその気持ちにふたをしていた俺は、その気持ちを認められなかったのだ。
「華奈……」
華奈の気持ちは分からない。しかし、俺なんかをいつまでも見捨てずに話しかけてきてくれていたことを考えると、俺のことを意識してくれていたのではないか、と考えてしまう。
いや、自惚れてはいけない。あいつは優しいやつだ。華奈が俺を見捨てたら、俺は完全に一人になってしまうから、幼馴染みの義務感から話しかけてくれていたのかも知れない。
でも。いや。それでも。いやいや。
ポジティブな俺とネガティブな俺が堂々巡りを繰り広げる。答えは、今は出ない。
答えが出るとしたら、華奈が目を覚ましたときだ。
「それまでにできることは」
口にしてみたが、そんなこと一つしかない。華奈が望んでいるもの。それを見せてやることしかない。
「いや、華奈が望んでいる、というのは俺の希望か」
でも、俺にはそうすることしかできない。この世界に残されてしまった俺には。
「PFSにかからなくてよかった、かかりたくないなんて思う日が来るなんてなぁ」
佐藤の言葉が、今なら素直に受け入れられそうだ。俺は世界の主人公である必要はない。かつての華奈が望んだ物語の、主人公であればいいのだ。そして、願わくばこれからも華奈の歩む物語のヒーローでありたいと願う。
「それは望みすぎだな」
でも、まずははじめるために約束を果たさなくてはいけない。さらわれた姫を助けるという目的を。
「華奈、早く帰って来いよ」
いや、でも早く帰ってきてもらっては困るか。あまり早すぎると、物語が完成しない。いや、それは俺が頑張ればいいだけの話だ。
ふとネガティブな俺が顔を出す。こんなことをするのは、自己満足だ、と。華奈の「きもーい」という言葉と、蔑むような表情を思い浮かべてしまう。
「それも因果応報か」
自分の気持ちにふたをして、華奈を遠ざけてしまった罪に対する罰だ。その時は、素直に泣けばいい。
「何はともあれ、はじめないと」
俺は机の中からまだ何も書かれていないノートを取り出した。マジックをペンケースから取り出すと、表紙に「For 華奈」と綴る。我ながら、キザっぽい。というよりも、痛々しい。
でも、それが俺だ。
表紙を開くと、綺麗に並んだ罫線。
ここに綴っていくのだ、
深呼吸をして、最初の行にこう綴った。
これは一人の英雄が、一人の姫を助けるために戦う物語である、と。
Paradise Lost 髙雄 @nagatoichi
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