第5話 母の遺言
さて、ここで少し時間が飛ぶ。
無事高校を卒業した私は、東京の大学へと進学した。
私が受験真っ只中でも、母は『ガンダムSEED』やら『ダブルコール』という往年のBL漫画にキャッキャウフフし、相変わらず親友ともそれらの趣味を共有して楽しんでいたようだ。私の受験にかこつけて東京に行ったときは、いつの間にか声優のイベントにも参加していた。信じられないと思いつつ、下手に神経質になられるよりよっぽど楽だったので、感謝はしている。彼女の心を掴んで離さないアスランとか小杉十郎太さんに。
ちなみに最初にきっかけを作った以外は、私は特に母とオタク会話を共有はしなかった。同じアニメも時間帯を変えてバラバラに見るし、ハマるものもあまり被らなかった。
というのも、母は父と妹には自分の新たな趣味を全く悟らせなかったのだ。
第0話の設定に少し書いたが、私はなんで自分がこんなオタクになったかわからないぐらい家族は一般人だった。
それがわかっていたのだろう。オタクであることを隠すこともせず、母にあっさりBL漫画を所持していることがバレるレベルの私には考えられないくらい、母は徹底していた。私のせいでアニメを毛嫌いするようになった妹とも普通に話を合わせるし、服の趣味もキレイ系。傍目には腐っているなんて微塵もわからなかった。
私が上京してからも、その状態は変わらなかった。もともと頻繁に連絡を取り合うような家族ではなかったから、メールも電話も必要最低限。母が何にハマっているのか、それとももう声優やBLには飽きたのかすらわからない。
そうして半年が過ぎ、夏に初めて帰省した。
私がいない半年の間に実家は引っ越しをして、一軒家からマンションに。慣れない空気にまるでホテルのようだなと思いながら、とりあえず全部見て回るかとうろうろ。リビングにある引き戸を開けた時に、それらは目に飛び込んできた。
漫画、文庫本、CDが山のように陳列されている。
その8割…いやほとんどすべてが商業BLだった。最近出たばかりの新作から、絶版したんじゃないかと思うくらい年季のいったものまでよりどりみどり。レーベルではなく作家買いをしているのか、私も知っている有名BL作家の本が綺麗に作家順に並んでいた。
「う…っわぁ…」
思わず声が漏れてしまったことを許して欲しい。
その時の気分を適切に言い表すとしたら、「思春期の息子のベッド下をのぞいちゃった」だ。
驚くのはまだ早かった。
ネットがしたくて家のPCを触ったときのことだ。
miと打った時に出てきた変換リストの一番上『三木眞一郎』。懐かしいなぁ。『Weiβ』のイベントで地元のアニメイトに来た時、サインもらったなぁ……。って、そうではない。まさかと思って適当に一文字を打ってみる。
i:石田彰
yu:遊佐浩二
ka:神谷浩史
mo:森川智之 森久保祥太郎
……も、もう良いかな……。
恐る恐る辞書を開くと、頭文字1字に男性声優の名前が登録されまくっていた。
父も妹もPCにはめっぽう弱いので、我が家でPCを使うのは母親ただ一人。つまり犯人は明々白々。
まさか私が居ない間にここまで進行しているとは思いもしなかった。
ハマったものをとことん追及する姿に、この人ほんと素質あったんだなぁと感慨深くなってしまった。
聞けば、最近は北海道に住むメル友とBLCDの貸し借りをしているらしい。どこで知り合ったのと聞いたら、個人の取引掲示板とのお返事。交流もするなんて流石だなぁ。
そんなこんなで帰省直後からお腹いっぱい感のあるお出迎えだったのだが、話はそこで終わらなかった。
妹が部活に行くと出ていった隙を見計らったように、母が寝室へと私を連れて行った。彼女のベッドの下には、小さな段ボール。いやな予感がしますね?
「リビングの本って、お父さんたちに見つかってないの?」
「みんな開けないものー。それにあそこにあるのは、そこまでじゃないし」
そこまでって何ですか。
私が言うより早く、母は段ボールを引き出し開けて見せた。
「……あー……」
そこには確かに本棚にあったよりもより過激な、主にBL漫画が収納されていた。ここまで読むようになったの……。玄人志向ばっかりじゃないですか。
「ところでお母さん、一つ聞きたいことが」
「なーに?」
「なんでこの段ボールには、盟って書いてあるんでしょう?」
「そう、そうなのよ!」
そうなのよ、じゃない。全然わからない。
「これね、貴女のものってことにしてるから」
「は?」
「私が死んだら、引き取ってね」
にっこりする母。絶句する私。
「ちなみにリビングの本も、貴女のものってことにしてね。私に何かあったら、すぐに片づけるように」
――死んだら私のHDD、壊してね!
――もしものことがあったら、同人誌は全部焼いてください。
オタク仲間うちでよく話すことではある。
まさか母親に言われる日がこようとは……。
性癖の違う作品までも私のものだと言われるのは不本意な気もしたが、これも母をこの道に引きずり込んだものの責任だと思い、仕方なく了承した。
幸い母は今も元気にやっているので、あの段ボールは未だベッド下にあるはずだ。
うちの母が腐女子です メイ @sinori-
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