第4話 母、アニメイトに行く。
土曜日の部活帰り。高校から自転車で10分の距離にある商店街に行くのが毎週の楽しみだった。なぜならそこに、我らが聖地・アニメイトがあるから。
こういっちゃなんだが、田舎の娯楽は少ない。本当に少ない。
街に出て遊ぶといっても、カラオケかゲーセンかボウリングかの3択だ。どれもお金がかかるから、バイトもしていない金欠高校生には厳しく、1つも選べないことも多い。
そんな中、アニメイトは格好の遊び場だった。(アニメイトさん、すみません)同じようにアニメや漫画、同人誌が好きな面子と集まり、店内放送のアニメやBGM、陳列されている商品にいちいち突っ込みながらワイワイと喋る。時々はドレーティング系の商品を買って外で開封し、また戻る。そんな感じで、長いときは2時間ぐらい居た。遊ぶというと、アニメイト。学校でも部活でも、流行りのドラマなんて見ていない、大勢の話題についていけずに肩身の狭い思いをしている私たちのホームと言っても良かった。
いつものように雑誌コーナーを冷やかし、ラノベコーナーで新刊チェックをし、グッズコーナーでお気に入りキャラのグッズが売れているかを確認する。
そして最奥にあるドラマCDコーナーに差し掛かったその時。一昨日から放送が始まったアニメのオープニングの隙間を縫って、聞き覚えのある声がした。
「め~~~い~~~!」
……空耳かな?
私のことを下の名前で呼び捨てするのは家族以外に居ないはずで、中学生の妹は生粋のリア充なのでこんなところに来るわけがない。
隣の友人と顔を見合わせ首をかしげていると、視界の隅に手を振る母の姿がうつった。
「……うそ、マジで?」
店内は私のような制服姿の中高生や、20代前半と思われる人ばかり。そんな中、いくら身綺麗にしていて多少同年代より若い服を着ているとはいえ、明らかに40代の女性が大声を出している様は浮きに浮きまくっていた。ちらちらとこちらを見るお客たちの視線が痛い。友人の視線も痛い。
無視するわけにもいかず、オーバーに手を降る母のところへそそくさと駆け寄り、小声で話しかける。
「え、なに、こんなところでどしたの?」
「今日遊佐さんが出るCDの発売日なのよ~! いつもはネットで買うんだけど、待ちきれないから来ちゃった」
私がわざわざ小声で話しかけていると言うのに、テンションの上がった母は大声で喜びを伝えてくる。確かにその手には、彼女が今はまっているBLシリーズのドラマCDがしっかりと握られていた。
「よ、良かったね。それ買って来たら?」
今すぐにでも離れたい。決死のテレパシーも伝わらず、空気の読めなさMAXの母は楽しそうに笑っている。
「そりゃもちろん買うけど~。せっかく来たんだしもうちょっと物色したいじゃない?」
物色って、空き巣か……。てかこの慣れた感じ、明らかに初来店じゃないな。
「あ、あのさ、ごめんけど私、友達と来てるから」
「そうなの~? 私車だから。あとでね~」
予想よりもあっさり去っていく母を見送り、ほっと肩を撫で下ろす。友人に挨拶したいって言われなくてよかった。
「だいじょうぶ?」
気を遣ってか、離れたところで待ってくれていた友人と合流する。
「なんか……めっちゃ疲れた……」
「もしかして、今の、おかあさ」
「皆まで言うな」
いくらオタク友達とはいえ、親友以外に母が腐女子になったなんてことを伝えたくはなかった。
高校の制服のまま母親とアニメイトで遭遇したことによる疲労は半端なく、目的のラノベ新刊を買うことも忘れ、ぐったりと店を出た。なんとなく察したような友人の視線に気づかないふりをしながら……。
帰宅すると、人足先に帰っていた母がイヤホンをつけて晩御飯を作っていた。コードの先には、エプロンのポケットに入ったMDプレイヤーがのぞいている。今日買ったばかりのCDを早速うつしたのだろう。
心なしか肌がいつもよりつやつやしている気がする。
「あ、盟、おかえり~」
わざわざMDを一時停止して話しかけてくる母に妙な共感を覚えつつ、深くは触れまいと曖昧に頷いておいた。
母が買ったCD? もちろん後で聞かせてもらいます。
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