もしものはなし

@589

第1話 あしたのはなし

「明日世界が終わるなら何する?」


おおかた昨日、そのテの映画でも観て影響されたのだろう。それかただの気まぐれなのかは僕にはわからない。

「うーんそうだなぁ……。そもそもなんで世界が終わっちゃうの?あ、アルマゲドン的な?その終わりは自分だけが知ってるの?それとも皆知ってるの?それによって答えとか違わない?」

「なんででも!終わるったら終わる!」

我ながら無粋な質問だと感じていた。今まで、世界じゅうで100億回繰り返されたであろうこの質問に辟易してしまったのだ。だが、このまま彼女の投げかけを無いものにするのも少し後ろめたい。懲りずに100億1人目の回答者になってみるのも、たまにはいいかもしれない。


「最後にしたいこと」というのは、やはり「一番したいこと」と置換できるかもしれない。どうしても最初に浮かんだのは君のことだ。大学で知り合い、いつの間にか惹かれていった。恥ずかしながら僕は男女交際という経験が少なく、初めて付き合った異性というのが、僕の横で屈託のない笑顔を向けてくれているこの女の子だ。彼女を大切にしたいという思いと一緒にいれる幸せが、今の僕の気持ちの大半を占めている。だから最後の時間はもちろん君と過ごしたいと思う。でも、君はそうでもないかもしれない。それに、そんな言葉がつらつらと並べられるような性分でもない。なによりも、そういったやり取りをしてはしゃぐなんて、まさに絵にかいたようなバカップルというやつじゃないか。この案は、僕の頭の中で行われた会議の結果、惜しくも却下された。


そうなると、僕自身がやりたいことになるけれど、残念ながら僕は人に語れるほどの趣味も情熱も持ち合わせてない。友達もいるにはいる、といった具合だ。こんな風に自分を顧みる機会を与えられると、なんだか自分自身の人間としての薄さを見せつけられているように感じてしまう。物語の主人公たちはこういう時、全員が全員、それぞれの正義に殉じて行動を起こすのだろうし、それこそが主人公たちが主人公たる所以なのだろう。僕にはそんな大層なことなんてできる気もしない。彼女の言うところの、世界を終わらせんとする超巨大隕石だか超常現象だかを食い止め無辜の人々を救うだなんて、空想の中であっても僕の柄でもない。となると、本当に何もなかった。多分僕は、明日が地球最後の日であろうと自分の余命が尽きる日であろうと、今みたいに窓からの風を頬に感じながら、つけっぱなしのテレビの音をBGMにこんな風に穏やかに過ごせたら後悔なんてしないと思うんだ。


「特にないかも」

「えー。つまんないな」

僕のあまりに味気ない回答に彼女は大げさに落胆のジェスチャーをする。少し悔しくなった僕は彼女に同じ質問をぶつけた。

「じゃあ君は何をするの?」

「そんなの決まってるじゃん」

笑ってしまった。なんだ、僕らはまさにバカップルだったのか。

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