くず星の願い

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くず星の願い

幼いころ、織姫と彦星は一年に一回しか巡り合うことができないと初めて聞いたときはなんて可哀想な二人なのだろうと思った。


でも今の私に言わせれば愛する人と出会えるというだけで羨ましいことだし、一年に一回の周期は悲劇のカップルを謳う割には結構頻繁に会ってるじゃないかと突っ込みを入れずにはいられない。

そもそも引き離された理由が色恋に現を抜かして仕事を疎かにしてたからって、自業自得以前に幼稚で軽率で安直でお粗末以外の何物でもない。そんなものをロマンチックだなんて有り難がる奴らの脳はなんて単純でお気楽で――――



――――とまあ、こんなささくれた感情をぼんやりと思いながら、私は頬杖をついたまま教室の窓の外を見つめている。

七夕の空模様としてはあまり珍しくない曇天。動かない雨雲はまるで私の心を写し取っているようで……


そしてそんなものとは無関係にはしゃぐ彼女の声が嫌でも耳に入ってきたのは、もうすぐお昼休みが終わるであろう時だった。





「うふふ、ちーせ!」

その声の主は私のすぐ前の席に腰かけ、ずいと私の前に顔を近づけてきた。

なによ、と前を向いた私の視界が、彼女の満面の笑みでいっぱいになる。


「楽しそうね……沙織」

「だってさー! 今日でカレシと付き合って3か月なんだよー! そんな記念日が七夕なんて超運命感じるでしょー!?」

「…………」

私はなにも言えなかった。なにも言葉にできないまま、彼女の話は一方的になおも続く。

楽しそうに恋人との馴れ初めやらあれとこれが似てるやら、とにかく今私は幸せだという惚気話を散々話した挙句、予鈴のチャイムと共に沙織は自分のクラスへと帰って行ってしまった。



「ふー……」

会話をしたのはほんのわずかな時間だというのにこの疲労感。沙織となにか話すときはいつもこうだ。


私の周りの席のクラスメイトが訝しげに私を見る。当然だ、私と彼女はあまりに対極にいる存在過ぎるからだ。


決してスカートの長さがどうとか、髪の色の明暗がどうとかというだけの話ではない。

根暗で勉強だけが取り柄の私と違って、沙織は無駄にという冠詞がつくものの底抜けに明るい。

はっきり言って彼女は勉強ができない。でもそれを補って有り余る社交性と運動能力を持っている。

少々飽きっぽい性格ではあるが、人を思いやったり弱いものを守ろうとする正義感は昔から少しも揺らいでいない。



そう、昔から。私と沙織とを結び付けているのは「小学校からの幼馴染」ということ以外ほかにない。

今以上に臆病で、今以上に内向的だった私を、身を挺していじめから救ってくれた彼女。


それだけ。本当にそれだけ。なのに沙織は今でも私を気に掛けてくれる。




そして私は今でも彼女の後姿に縋っている。




沙織の幸せな姿になんの言葉も掛けられなかったのは多分、嫉妬のせいだろう。

楽しそうな笑顔を見せる彼女は、私にはとても輝いて見えた。でもその輝きの先にいるのは私ではない。


彼女にとっての彦星に、私は決してなれないのだ。

この全身を覆う脱力感は、ただのやるせなさだ。まるで星空を覆い隠す雲のように、黒と白とが無作為に入り混じる淀んだ感情だ。


そんな心に呼応したのだろうと思う。午後になり数時間経ったころにはすっかり土砂降りの雨となり――――



――――家路につこう昇降口から靴を取り出した私の目の前に、ぼうっと立ち尽くす沙織がいた。





「ふられた」

それが「降られた」ではなく「振られた」なのは、生気の宿らない表情で私にもすぐに分かった。

聞けば彼氏にほかに好きな人ができたとかで、本当に突然のことだったらしい。


普段の彼女からは想像もつかないほど、落ち込んでいるときの彼女は私以上に暗くなる。

それはまるで闇に覆われた天の川のようだ。そこに輝きは一切存在しない。



そんなとき、私はいつも心の奥底でそっと微笑む。

光源がなければないほど、どれほど微小な光でも存在を示せるからだ。


今日は夕方から雨が降ることなんて、朝の天気予報で分かっていたこと。

カバンから出した折り畳み傘を広げ、そっと沙織へと向ける。


「……濡れちゃうよ。入って」

沙織は少し驚いた表情をしてから、ぽろぽろと泣いて私の傍へと寄り添ってきた。

「うん……ありがとぉ……」



ああ、この雨は彼女の流す涙なのだ。

いっそのこと世界が終わるまで止まないでおくれ。いつまでも私の輝きを彼女に届けておくれ。





どうせ一生巡り合うことのないわたしあなた

束の間の帰り道だけは、どうかこのままで……

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