最終話 夢心背話

 さいごのはじまり

 

 その惑星には、神様がいた。

 

 神様は人間に問題を与えた。


「私達の大切なものを盗めたら、新たな神様にしてあげましょう」と。

 

 人として知らぬ者のいないその問題に、多くの人間が挑んでいった。

 

 だが、今まで誰一人、神様の場所に辿り着くことすらできなかった。

 

 やがて人々が諦め、問題を知っていても無視するようになった時代。

 

 一人の女の子が問題を解いてしまった。

 

 しかも、神が一人死んでしまった。

 

 人々も、神様も揺れた。割れた。驚いた。

 

 なぜか――その女の子が事実を一切明かさずに姿をくらませたから。

 

 その旅路で一人の少女に出会った。渡し、託せる子に。

 

 女の子は喜んだ。少女に自分が残す帽子を託せたから。

 

 これは、素敵な縁で繋がった、輝く女の子たちの物語。



 人里離れた所に在る、気象一族の里の畔で二人の女性が話をしている。片方の名前はウィンド、もう一人の名はカーレントといった。

「レインちゃん、消えちゃったってね」

「そうさね。あいつは殺したって死にそうにない奴だと思ってたけどなあ……わたしらより早くこの世からおさらばしちゃうなんてなあ」

 力無いウィンドの呟きに、カーレントもどこか心此処に在らずといった風に相槌を打つ。二人はミコが39代目レインを名乗ったときからの同期でずっと付き合ってきた仲間だった。学都スコラテスで共に学んだ学友であり、力ある者達の生存圏を国や信仰勢力から守るべく冬夏戦国時代を闘い抜いた戦友だった。気象一族最高実力の称号、「デイリークラス・プラネットスケール」に共に到達した三人の中で、ミコが一番の可能性を秘めていたことはウィンドとカーレントの共通見解であった。影の秘術で影帽子なるものを作り、幻の身体能力なるもので運動でも他を圧倒していたミコは二人掛かりでも敵わない実力と他に代え難い魅力を持っていた女としての憧れでもあった。余りにも自分達とはかけ離れた存在だったので、神様の問題を解いたことも、気象一族を出奔したことも、二人はそう驚かなかった。だからこそ――。

 

 ミコが自分達より先に人生を終えるなんて、思いもしなかったのだ――。

 

 ヒカリと名乗った40代目のレインの少女とその同伴者2名から事の仔細を聞いた二人は、すっかり参ってしまっていた。数日の間に白髪が増え、口元には豊齢線も。精神的にもこれまでの活発さが鳴りを潜め、消極的要素が増大した。これは何もウィンドとカーレントだけに限った話ではない。神様の設計図を狙っていたスモッグ、ミスト、ミラージュの三頂老もめっきり老け込み今やミイラ状態。ミコに恩があったウェイブとクエイクは言うに及ばず、達観していたメテオやボルケーノでさえ心の空虚を持て余している。元気なのはヒカリを追ったスノウ、サイクロン、トルネードの子供トリオと婚活の旅に出たシャインとクラウドくらいのもの。かつて生存権を訴えていくつもの国を滅ぼした気象一族が、半分衰退を始めていたのだ。まさに栄枯盛衰だろう。

 それでも――。

「まあ、いつまでも腑抜けてはいられないよね、カーレントちゃん」

「そうさなウィンド。レインが代替わりしたように、わたしたちもいっちょ後継者を探しに旅に出てみるか。そして自由気ままに引退だ」

「うん」

 空元気を振り絞って喋る詞に力を入れたミコの女友達2名はゆっくりと腰を上げて立ち上がる。畔の先、見慣れた里の外の光景を二人はいつもより広く感じた――。



 橋立大陸にある都市、花の都、ガデニア。その中心であるゾーン1栄華会館の一室、陳情受付係の委員スイートピーの相談室に多くの面子が終結していた。

 花一族筆頭・花君様ことストック。

 環境管理統括委員、コスモス。

 営業・プレゼンテーション担当委員、キク。

 研究現場統括委員、カーネーション。

 諜報工作音総括兼審査部門管轄委員、カトレア。

 スイートピーを加えて六人、ハーブティーを飲みながら優雅に、されどしっとりお茶会の会話に興じていた。

「まさかミコがいなくなるなんて、私思いもしませんでした。あの子は1000年くらい好き勝手やって、時代を創って、そして大往生するものだとばかり……」

「あたしもそう思ってた。キクと全く同意見。誰よりも咲き誇っていた花だったあいつがもういないなんてな……あちっ」

「そうね。二人の言う通りかもね」

 営業トークで鍛えられた弁舌を誇るキクが口火を切り、実は猫舌なアラサーシングルの仲間カーネーションが続き、花君ストックが肯定する。既に双子の子供がいるストックだが、ミコと同年代のアラサーシングルやカトレア、スイートピーよりもミコとの付合いはずっと深い。それは多分に立場的なものである。かつての戦乱期冬夏戦国時代、一委員だったストックはその頃既に気象一族の代表権を持っていたレインことミコに、自然学派の親友エレーヌ=神鳥谷を合わせていくつかの戦果を上げていたのだ。現在の委員達はその頃はまだ一戦力、ミコも戦闘していたから多少の付き合いはあったものの、実力差からしても格の差からしてもミコと委員達では今も昔も釣り合ってないのだ。ストックがそんなことを話すとスイートピーは「では、花一族で一番付き合いのあった花君様に思い出を語っていただきましょう」と煽ってみる。ストックは気を悪くするどころか話すことにむしろ乗り気で、エレーヌやウィンド、カーレント、そして伝承楽団をも巻き込んだ事件だの闘いだのの思い出を情感豊かにじっくり語る。若き女性達の冒険譚は今若い委員達にとっては目を輝かせて聞き入る話。ストックが話し終えるとコスモスとカトレアが強烈熱烈な感想を述べる。

「すごいです花君様ー。不思議退治のエピソード、私感動しちゃいましたー」

「私もです。それと同時にミコさんの存在の大きさを改めて認識しましたね」

「そうでしょうね。わたしやエレーヌもずっと目標にしてきたのよ。ミコちゃんのようにはなれないことはわかっていたけど、自分を高めるに当たっては、『あそこまでの高みは実現可能なんだから』って自分を励まして、奮い立たせてがんばってきたの。その成果が今花君としているこの地位でもあるわけね」

「ぱるほど。その話を聞いちゃあ、サクラも萌枝ちゃんもやる気になるよねー」

「えー? サクラちゃんと萌枝ちゃんがどうかしたのー?」

「ぱれ? みんな知らないの? 二人は旅に出たよ。ミコさんの後を継いだとか言ってた女の子を追っかけに行ったんだ。名前は確かヒカリ……ちゃん、だったかな?」

「聞いてないよ!」

 スイートピーの話した情報に、情報担当の委員であるカトレアを含め他の委員達が一斉に叫び、お茶を吹いた。「もう、品がないんだから」と苦言を呈するストックに「私達も行きたかったー」だの「なんで認めたんですか花君様?」とみんなして食って掛かる。ストックは全く気圧されることもなく平気な顔をして答えた。

「あなたたちには仕事があるでしょ? サクラちゃんと萌枝ちゃんは仕事を取り上げても平気だから認めたのよ。それに二人は一日とは言えミコちゃんに育てられた次代の星。ここらで見聞を広めさせた方が大きくなると判断したのよ。柿之本家にはもう言い含めてあります。サクラちゃんの上司でもあるツバキにも、ね」

 仕事のできる花君様の老練老獪手練手管にスイートピーを除く委員達は溜息混じりの苦笑で答える。スイートピーが気を利かせて淹れ直してくれたお茶を口に含み、皆一様に遠くを見る。ビオトープの壁の向こう側に、遠い俗世のどこかを旅しているサクラと萌枝の姿を思い浮かべる女委員達。旅立った子供二人に羨ましさと恨めしさをブレンドした気持ちを抱きながらもその奥底では応援している。やがて女性達は焦点をお茶と仲間達に戻して再び語らい合う。庭園でのお茶会、時間はゆっくりと流れていった――。



 橋立大陸と霧大陸を隔てる嵐の絶海。

 常に嵐を呼んでいるこの海において、わりかし天候が穏やかなエリアを進む船があった。

 船のデッキには二人の少女が立っている。柿之本家の子女柿之本萌枝と、気象一族のサイクロンだ。風を読めるサイクロンと、航海の知識がある萌枝で海の様子を確かめているのだ。

「風は段々と強くなっていますわ、波もちょっとずつ高く……どう思います、萌枝ちゃん?」

「それはサイクロンちゃんもわかっての通り、また嵐になるんだと思うよ。航路からして避けられないだろうし。となると……」

「ですね」

 会話の節々で何かを匂わせ確認し、共通認識を持つ萌枝とサイクロン。そんな二人の元へもう二人、少女が近付いてくる。萌枝の親友こと花一族のサクラに、サイクロンの同輩気象一族のスノウである。

「あっ、スノウちゃん。どうだった? トルネード君の具合」

「冷やしたから少しは落ち着いたけど……また海荒れるんでしょ?」

「ええ。大いに嵐となるでしょう。トルネード君の船酔いが酷くなるのは避けられませんね。どうします? 船長のサクラちゃん」

 そう、彼女達は船酔いでダウンしている一行唯一の男子、トルネードのコンディションを心配していたのだ。名誉のために言っておくと、トルネードはそこまで船に弱いわけではない。しかしフィールドが嵐の絶海ともなると話は別。女性陣が「ショートカット優先」と主張して押し通った暴風雨の中で彼はダウンし脱落したのだ。船長職もその際サクラに交替したというわけである。冷気能力を持つスノウがトルネードの看病に当たり、その結果戦力外となったトルネードとスノウの仕事は残る萌枝とサイクロンに引き継がれたのだ。

 悩む少女達。しかし嵐は待ったなし。とうとうサクラ船長が決断した。

「トルネードにはわたしが分泌した麻酔花粉を投入するよ。3時間くらい寝かせておけば嵐を突破できるかな、萌枝ちゃん、サイクロンちゃん?」

「それなら十分だよサクラちゃん。今の座標から計算すると目的地である霧の大陸まではあともうちょっとのはずだから。このままの速度で進めば3時間後には接岸できるはず。ね、サイクロンちゃん」

「ええ。萌枝ちゃんの計算は間違っていません。それにわたしの力で対抗する低気圧を発生させれば幾許か嵐も抑えられるでしょう」

「よっしゃ決まりね! サクラちゃんは舵に戻って。サイクロンは能力に集中。わたしと萌枝ちゃんはトルネードに付くよっ!」

「承知!」

 リーダー気質で決断力のあるスノウがテキパキと指示を出し、サクラ、萌枝、サイクロンも機敏な動作で歯車を回す。

 立場も出身も違う彼女達が一緒にいるのは、目的が同じだから。

 即ち、「ミコの後を継いだという、ヒカリと名乗る少女を見定めること」

「待ってなさいヒカリ。レインさんを継ぐのは、わたしたちなんだからっ!」

 少女達は確かな決意を胸に、見据えていた嵐から踵を返して船の中へと戻っていった――。



 紺碧の内海に位置する小島、桜島。

 そこに在る桜の大樹、オピィは桜咲き誇る春を迎え、今年も満開の花を咲かせていた。

 風は優しく、陽射しは暖かい。とても穏やかな時間を過ごす中、オピィはミコを想う。

(丁度一年くらい前だったっけ、あの子と最後に会ったのは。ミコったら、すんごい子達を育てたもんだわ。わたしはミコ以上の存在なんて、神様でも当て嵌まらないし今後現れもしないと思っていたけど……覆されちゃったわね。ミコが墜ちたわけじゃない、高みの果てにいたミコに追いつきそして追い越した更なる資質を持つ次世代の子供達がその才能を開花させた。ホント、生きていれば面白いこと楽しいことが何度でもやってくるのね。それもミコの言っていた通り、か……大した女だったわ。度量も器も大きかったしね。消えてしまったのは寂しいけど、もう会えないのも寂しいけど、わたしの生はまだ続く。きっと新しい喜びを季節と風が連れてきてくれるでしょう。そうよね、ミコ――)

 オピィは決して消えぬミコへの親愛の情を灯しつつ、前を向いて未来を見据える。その先に待っている「次の歓喜」を迎えるために――。



 俗世惑星から遠く離れた宇宙の銀河を航行する宇宙船の中で、嘗てミコと闘い語らい共闘もした61体の神様達が眠っている。彼等彼女達はミコの消還に伴いアパートに訪れ自分達を呼出した、ヒカリと云う名の少女と其の友達2名から全てを聞かされた後、俗世惑星を飛出して恒星間旅行規模の宇宙探検に出ることを決めたのだ。今は皆でコールドスリープ夢の中。然し転んでも神様と呼ばれた者達、夢を見ると云っても、そんな単純な話じゃ無い。何と神様達は俗世惑星の意思にリーン・ウェーダと交渉・アクセスして手に入れたミコの人生情報を、夢を見る回路に組込んで夢の中でミコの人生を追体験、即ちミコになりきって人生をなぞっているのである。人の人生を勝手に覗き見るだけに留まらず、其れをトレースする等、人が聞けば非難するだろうが此の連中は『The 神様』、人間の枠には収まらない思考と権利の持主達。故に放っとくのが一番賢明なのである。勝手気侭なのは何時もの事だ。

 其れに、見ている夢が心地いい物だとは誰も一言も云っていない。実は今宇宙船が航行している銀河に差掛かった時から神様達が見ているのは、ミコの人生で一番苛烈な人生二周目、まだ39代目レインの頃、冬夏戦国時代に暴虐の限りを尽くした国殺しのエピソードだったからだ。敵対国家の民とは云え、女子供男老人問わず全ての民衆に遠慮する事無く暴力を行使し、悲鳴と涙を酒の肴と云わんばかりに堪能するミコの記録は枯れた感性の神様達をも一律平等に恐怖せしめた。ミコが何も清廉だけでは無いと云う事をすっかり失念していた(むしろ失念したかった)神様達にとっては、予想斜め上の危険球。其れをマシンガンで撃たれるかの様に何度も受ける。精神迫害、否、精神拷問にも近い時間なのだ。精神鍛錬で済まなかった事を、今更悔んだ処で遅し。此の夢は途中で起きる事も出来ない。自業自得を堪能中だ。

 まあ、苛烈なのは其処くらい。人生三周目ミコ=R=フローレセンスの頃になれば少しは楽しめる事になる。神様達も其れを分っていたので、其れ迄の辛抱として割切って苦しんでいた。然う云う処は流石である。

 果て無き宇宙旅行に於いて、楽しみ方は色々だ。星景色や宇宙の神秘よりも夢見る事を選ぶ者も居る。神様達61名は変わらない筈だった自分達を変えてしまったミコに思いを馳せながら、夢に現を抜かし続けた――。



 北の大陸にある交通の要衝、郵便都市ポスティオ。

 その路地裏にある小さな事務所に、ふたつの男女の姿があった。

 どちらもミコと面識を持つ者。男は郵便屋ソーム。そして女はこの春ポスティオ学術大学大学院博士課程を卒業した、かつてミコの助手も務めた女性、ナミコである。

 二人はコーヒーを飲みながら、それぞれ手紙を無言で呼んでいる。ヒカリと名乗った女の子がソームに渡したという、ミコから二人に当てた手紙だ。

 やがて無言の時間が終わり、二人はほぼ同時に視線を手紙から上げてお互いの顔を見やる。そして目を合わせるより先に、詞を合わせて話し始める。

「どうだったよナミコ。ミコからの手紙には何が書かれていた?」

「大した内容じゃありませんでした。見舞葉書や社交辞令によくある労りと労いの詞が淡々と書かれていました。ソームさんの方は?」

「俺の方も同じ。相変わらずのテンプレぶりだよ。まあ、あいつの名誉のために言っておくと、あいつの手紙ってのはいつもこんな感じだ。ただ出すこと自体が珍しいからな。貰えるだけで光栄ってことはあるんだぜ」

「そうなんですか? わたしてっきりミコさんは今まで関わっていた全ての人にこうした手紙を送ったのかと」

「そりゃ甘過ぎだぜナミコ。あいつは若くして退場したけどな、関わった奴の数は軽く億を超えやがる。内訳も人間だけじゃねえ。亜人間やら妖精やら精霊に動物、植物も含めるから知り合いなんてのは相当な数になるのさ。とてもじゃねえけど、全員分手紙をしたためるなんて不可能だぜ。最強の俗物と呼ばれたミコ=R=フローレセンスでもな」

「そんなに……なるほどです。きっとわたしたちに手紙を送ったのは出会った縁の場所が郵便都市ポスティオっていうのが理由なんでしょうね。だって、わたしたちよりもっと親しくしていたはずの気象一族や花一族の方達には手紙は送らず終いだって、ヒカリちゃんが言っていましたものね」

 そうな――ソームが相槌を打つと二人は会話を一旦切り上げ、飲みかけのコーヒーを再度啜る。そしてナミコがコーヒーを飲みきると、それを見計らっていたかのように、ソームはナミコに声をかける。

「そろそろ時間だぞナミコ。お前、午後3時5分ポスティオ西駅発の列車で出発するんだろ。遅れるなよ、放浪教授」

「ありがとうソームさん。でも、心配御無用です。荷物はちゃんとまとめてありますし、ここは西駅へ徒歩10分のアクセスじゃないですか。もう出れる以上、余裕ですよ」

「そうかい」「ええ」

 そう言ってナミコはカップを机に置くとソファから立ち上がり、荷物を持って退出の準備を始める。愛惜や未練といったものを一切見せることもなく、ナミコはあっという間に荷物を持って事務所のドアを開けていた。最後にナミコはソームの方を向いて一言御挨拶。

「さよならソームさん。手紙が縁を運んできたらまた会いましょう」

「じゃあな放浪教授ナミコ。たくさんの人を啓蒙してやってくれよ」

 ナミコは指二本でさよならのサインを切ると、ドアを開けてソームの事務所から去って行った。彼女はミコの人生に触発されて、大学院卒業後、フリーランスの旅する教授を職に選び、ポスティオを発つところだったのだ。出発の前、ソームから「ミコからの手紙を預かっている」と連絡を受け、受け取りがてら寄らせてもらったわけである。ちなみにクララとシャーロックの夫婦には手紙はなかったらしい。まあ、そんなこともあるだろう。

 ナミコは駅へと歩を進める。敬愛するミコが人生を費やした『旅』の素晴らしさを、自分自身で確かめるために――。



 俗世惑星のどこか。白い砂浜とエメラルドグリーンの海が綺麗な場所にみっつの人影があった。遠浅の海に裸足で浸かり、手で海の水を掬い上げては互いにかけ合い、浴びせ合っている。水遊びに興じているその顔は微笑ましいまでに笑顔で、動くたびにスカートが穏やかな風に靡いている。

 そう、みっつの人影は一人残らず少女だった。あどけなさと幼さを残した、まだまだ大人になりきれない少女たちだったのだ。

 

 一人は、橙色の髪をまとめツインテールにした小さな少女。

 一人は、色の薄い黒髪に黄色いリボンが似合う大きな少女。

 そして最後の一人は、桜色の髪に帽子を被った中背の少女。

 

 背も年齢もバラバラの三人の少女は、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃぎ遊び終わると、濡れた身体を陽射しに当てながら砂浜へと上がっていく。そこに、ころころとボールが転がってくる。それを追って、兄妹らしき男の子と女の子のペアが、少女達の元へと近付いてきた。帽子の少女は転がってきたボールを手に取ると、走ってきた女の子が来るのを待って、絶妙なタイミングでボールを女の子へと手渡した。

「ありがとう」女の子は笑顔を見せて言った。

「どういたしまして」帽子の少女も微笑んだ。

 その様子を見ていたツインテールの少女とリボンの少女が帽子の少女を茶化してくる。

「ひゅーひゅー。ヒカリは優しいねー。さすが、ミコ姉様が託した女の子だわ」

「うんうん。キティの言う通りだよ。この性格にミコ様も惚れたんでしょうね」

「もう、キティ、アリス、やめてよー。満更でもないから照れちゃうじゃない」

 ツインテールの少女――キティ=ノイマンとリボンの少女、アリス=アマノハラの冷やかしに、帽子の少女――ヒカリ=R=R=マイディアは少しだけ顔を赤くさせ上気して二人に対して手を振りジェスチャー。それを二人もにまにまと受ける。

 そんな三人に、ボールを返して貰った女の子と兄らしき男の子がボソッと一言。

「ヒカリ……? それがお姉ちゃんの名前?」

 ヒカリはその囁きを耳で聞き留めると、兄妹の方を振り向いてうんと頷いた。

「そうよ。彩=R=R=マイディア。大切な人から貰い、そして自分で考えたわたしを表す大好きな名前よ」

「ひかり=だぶるあーる=まいでぃあ……」男の子がヒカリに言われた通りにその名前を鸚鵡返しに繰り返す。ヒカリは正しく言ってもらったお礼に最初に男の子、次に女の子の頭をその手で優しく撫でてやる。「よくできました♪」そう言うとヒカリはキティとアリスの方を向き、「そろそろ行こうか」と出発の提案。キティとアリスも頷いた。

「よーし、いっくよー。影帽子さん、open!」

 ヒカリが声を上げた直後、ヒカリの影のてっぺん――ヒカリが被っている白い帽子とは明らかに形状の違う魔女帽子みたいな帽子の影から何かが開く音と一緒にチャックらしきものが出現して勢いよく開き、中から大きな黒い傘をヒカリに向かって吐き出した。ヒカリは手に取ると同時にボタンを押してすぐに傘を上に放り投げる。すると傘は展開すると同時にさらに何倍もの大きさに巨大化。その上地面に落ちることもなく、なんと空中に浮いたのだ。

 うわ〜と目を点にして驚く男の子と女の子を尻目に、靴下と靴を履いたヒカリ、キティ、アリスの三人は傘へ向かって大きくジャンプ。巨大化した傘の持ち手部分に備え付けられた座席と持ち手に引っ掛けられていた左右に落ちた座席、計三席に乗り込む。左のキティと右のアリス、そして持ち手席のヒカリ、三人みんながシートベルトの着用を確認すると、ヒカリは下にいる男の子と女の子に向かって手を振り挨拶を済ませてから「全速発進!」と号令をかける。そのコマンドを受けて傘は風に乗ってもいないのに、勢いよく海の先へと空中を飛び出したのだ。後に残ったのは、呆然とその様子を見ていた、男の子と女の子だけ。女の子の手にあったボールも、気付かないうちに砂浜へと落ちてしまっていた。子供達が見ているのは、ボールではなく、遠ざかっていく黒い影だったのだ。

 

 奇跡と愛情を知り、惜しみない愛の力で成長したキティ=ノイマン。

 記晶石全てを揃えて無機人形から人間になったアリス=アマノハラ。

 Rain、Rainbowとして今を生きている、ヒカリ=R=R=マイディア。

 

 ミコ=R=フローレセンスに関わり、導かれた三人の少女は出会い、意気投合し共に旅をする仲間となった。みんなミコに感謝して、ミコの思いを胸に秘めて旅を続ける。旅の目的は特にない。ただ知っているから旅をする。ミコの旅路を見聞きし知ったひとつの真実が原動力。それはただひとことの真理。

 

 旅はいい――ただそれだけ。

 

 それだけ知っているからそれだけで十分だから、少女達は旅をする。

 まだ見たこともない景色を求めて、三人の少女達は旅を続ける――。

 

 

 其処に居れども 掴むこと叶わず

 心は在れども 肉体(からだ)は持たず

 声はただただ己が為 外に漏らすはもってのほか

 許されるのは ただただ輩といることのみ

 その居場所は 地図にもなく

 辿ることも 追いつくこともできず

 知れているのは 還るしかないということだけ

 だが其れを為すのは 何にも増して難儀なこと

 故に其処に居るのは 影の少女でようやく三名

 たったみっつの心は 永遠に出番の来ない女優

 其処は無にして嘘を憑き

 其処は無にして歌を歌い

 其処は無にして影を編む

 現に残した思いと形が 後の世代へと残るだけ

 なんと無情な掟と枷を 受け入れしみっつの女

 其の思いは受け継がれ 其の形は残り在り継ぐ

 人生拍手喝采雨あられ 其れ以上など必要ない

 だからみっつの女は消えた

 記録と記憶を俗世に残して

 只々気持ちよく消えたのだ

 これは其の様を描き綴った、なんてことない物語

 その夢もその心も背中で語り魅せた女の子の物語

「ミコの影帽子 夢心背話」、これにて終幕でございます――。

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