マリゴールドの丘で
第19話 マリーゴールド
時の流れは、季節の変わり目に形となって表れる。
あの丘に降り立ち、李壱さんに出会って気づけば1ヵ月が過ぎていた。
今日も私はあの丘へ足を運び、彼の隣で鮮やかな空の絵を眺める。
良い意味で言葉を失ってしまう李壱さんの絵は、いつもどこか哀しげで激情的だった。
だけど、1度見たら目を離せなくなってしまう。
息を飲んでしまうほど鮮やかな空のタッチは、同時にとても暖かかった。
私が知る限り、彼は出会った日から今日に至るまで毎日絵を描いている。
画家を目指す人間は、皆こんなにも絵を描くものなのだろうか。
今日、李壱さんに会ったら聞いてみよう。
古びたアパートの窓から差す眩しい陽光に思わず目をそらし、ベッドからのそりと起きあがる。
『今日も行くの?』
大きな欠伸をしながら、黒猫のパステルが呆れたように呟いた。
身体こそは子猫のままだが、中身は少しずつ大人に近づいているのがわかる。
「うん、行くよ。パステルもくる?」
『いや、遠慮しとくよ。それよりそんなんで大丈夫?』
なにが?私がそう尋ねるよりも早く、パステルは溜め息を混じらせた声で続けた。
『魔女として生きていくことを決めたんでしょ?』
パステルの言葉が、初冬の寒さで冷えた胸に強く刺さる。
頭ではわかっているのだ。
それでも、右も左もわからない私は自分の生きる理由を見つけるだけで精一杯で、1人前の魔女だとか、3つ目の節目だとか、そんなことはどうしても考える気になれなかった。
「私だってわかってるよ、でもまだ何も掴めないの」
玄関の扉を開けて、遠くに広がる透き通った青色の空を仰ぐ。
そのまま箒に跨がって、私はあの丘を目指して飛び出した。
「やあ、結衣」
丘の上に降り立つと、今日も相変わらずの疲れた顔をして、李壱さんはそこに立っていた。
いつもの優しげな眼差しが私を捉える。
右手には筆が握られていて、キャンバスには描きかけの空が広がっていた。
「李壱さん、おはよう」
「今日も絵を見にきたの?」
「うん、毎日違う空の絵が見たくて」
「…そっか」
李壱さんは嬉しそうにそう微笑むと、再びキャンバスに筆を走らせ始めた。
みるみる空が色づき始め、美しい模様をした雲が現れる。
「私ね、魔女なの」
「…知ってるけど」
キャンバスから目を離さないまま、李壱さんは小さく吹き出した。
「1人前の魔女として生きていかなくちゃいけないから、私は今ここにいるの」
キャンバスの上で踊っていた筆の動きがぴたりと止まった。
パステルカラーの空と水彩画売りの魔女 睡眠不足 @happyme
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