一周回ってドン、はいこれ現実。
ライブハウス前の掲示板には、来週の土曜日に行われるはずだったそよ野フウリンのライブが中止になったことが書かれていた。大学に行く途中でそれを見た益谷は、授業を受けながらスマホでそよ野フウリンのブログにアクセスしていた。
そよ野フウリンのブログは四日前で更新が止まっていた。コメント欄にはそよ野フウリンの体調を心配するファンの声が沢山書き込まれていた。益谷はコメントを書くかどうか迷い、結局書かなかった。
学校からの帰り、益谷は大量の汗を流しながら自転車をこいでいた。そして益谷が「これはなにかがおかしい」と思うより先に、自転車はバランスを失いガシャンと音を立てて倒れた。
空中に投げ出された益谷は地面に落ち、回転しながらアスファルトを滑って壁にめり込んだ。益谷は動けなかった。壁に尻が突き刺さっていたし、熱中症にもなっていた。
「は、はは、やべえ、痛いし熱い、やべえ、人間やばいと、やばいしか言わない」
益谷は動かなかった。壁から抜け出そうともがかなかった。もし、益谷に夢があれば。もし、益谷に旭以外の友人がいれば。もし、益谷を心配する人が一人でもいたならば。益谷は熱中症だろうが全身が痛かろうが、必死で壁から抜け出し起き上がっていただろう。
しかし益谷は目を瞑り、混濁する意識に全てを任せて脱力し続けた。午後三時だった。
水を顔面にかけられて目を覚ました益谷が見たものは、水玉模様のパンツだった。
「気が付きましたか。救急車いりますか」
益谷を見下ろしているのは、そよ野フウリンだった。白いワンピースを着ており、左手で日傘をさしていた。益谷は尻に違和感がないことに気付き、地面から起き上がった。後ろを見ると、壁にぽっかりと穴が開いていた。
益谷は自分に話しかけたのはそよ野フウリンだと気付くと、口から涎を垂れ流しながら必死の形相で立ち上がった。「ウシャァアア!」口からはそんな声。そよ野フウリンは益谷の様子にイタズラっぽく微笑みながら、言う。
「常連さん、こんなとこでどうしたのさ」
「は、はは、なに、心配いらないさ」
「強がっちゃって」
そよ野フウリンは口に手を当てて笑う。益谷はハッとしてその手を見る。右の手だった。益谷はアパートの冷蔵庫に入っているはずの『手』に思いを馳せる。益谷の目の前にいる、そよ野フウリンには右手がある。
「あ、あ、なんで、なんで……じゃあ、あの手は……」
益谷がそう言うと、そよ野フウリンは背伸びして益谷の頭を右手で撫でた。
「ごめんね、まだあげられないんだ。もうちょっとで準備できるから、待っててほしいな」
病院のベッドの上に益谷はいた。近隣の住民が倒れている益谷に気付き、救急車を呼んだのだった。益谷は二日で退院し、アパートに戻った。益谷は冷蔵庫を開ける。そこには何もなかった。白いダンボールごと、『手』は消えていた。全て夢だったのか、と益谷は思い、空腹を満たすために爆発寸前のアンパンを食べた。
そして腹を壊した。今度は自分で救急車を呼んだ。三日入院した。益谷はアパートに戻ると、ベッドに倒れ、眠った。
そして日曜日になった。
午後四時半。青と白の制服を着た女が、白いダンボールを抱えインターフォンを鳴らす。益谷はこんな時間にやってくる人間なんて、NH〇の勧誘に違いないと思いながら、やけに深い眠りから覚めた。
シェアハンド カミハテ @kamihate23
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