無くしたもの
無くしたもの
近親姦、否、母の理不尽な死から私が長い年月放置してきた様々な心の問題を一つ一つ振り返る事は、一見ネガティブな事の様ですが、これは前を向く為の心の整理なのだという確乎不抜の精神で苦しんでは投げ、ある時は書き換え、大量に心から血を流す様な思いだったけれど、私は一心不乱に続けた。。。
振り返ると言う事は、どうしても一旦無くしたものを数えてしまう。
そのうちの一つ、それは子供。。。
クリニックのセミナーで院長が全体に言っていた事。子供時代が機能不全家族だったなら、今度は自分が子供を産んで親になった時、家族を機能させれば良い。それにより心は回復出来ます。。。と。。
これを聞いた時、私が私の遺伝子まで憎んだ事は間違いだったと気づき始めていて、院長の言った言葉は私にとって残酷に思えました。私は気づくのが遅すぎたのだ。だって、すでに卵が無い年齢なのだから。。。
丁度その頃、自助ミーティングでの一人の若い被害者に寄って私は救われました。私がシェアしたのは一つ目の本田君のとの恋の話でした。あんな泥水に浸かったような生活の中でたった数か月でも綺麗な花が咲くような恋だった。あれが無ければ私の青春は暗いだけのものでした。たとえ傷つくような恋になったとしても、恋はしたほうがいいです。と言うような事を言ったのですが、数日に渡って彼女とはご一緒しましたが、そのほかに私が何をシェアしたかまでは忘れたのですが、その日、ミーティングが終わって帰る時、私に抱き着いてきたのが彼女でした。
「あなたの話からいろんな事を気づかせて貰った。私の母は私の事をちっともわかってくれない。あなたが母だったらよかったのに。」
彼女はそう言って涙をこぼしていた。
この夜、帰りの車の中で私は号泣しました。無くしたものでも形を変えて取り戻せるかもしれない。自分の心の回復の為だけの文章ではなく、だまったままではいけない。カミングアウトしようと思ったのです。若い被害者が私のような遠回りをしなければ、彼女たちは家族のやり直しが出来る。被害者達が一人でも多く、早い段階で心を回復できるような世の中に変わってくれたら、それは私にとっても大きな喜びになる。私ごときがカミングアウトしても何もかわらないのかもしれないけれど、私の前にもカミングアウトした人が居ない訳では無い。後につづく人がどんどんバトンタッチしていけばそのうちに束になる日も来るのかもしれない。
いつか院長が言って居た、蟻は像を倒せなくても、束になって齧りつけば像は痛いとか痒いとか感じる筈だと。。。何もしないよりした方が良いと。。。
この時、私が自分の遺伝子までを憎み子供を持たなかった事を後悔したのではなく、遺伝子を憎む等と言う私の心の歪みから解放された瞬間だった。
失ったもののもう一つ。。それは仕事。。
私達がどうやって心を回復させるか?もう一つの方法がある。社会と繋がる事だ。これが中々難しい。私たちの仲間は心に抱える物の大きさから対人関係を上手く築けない事が多いのだから。。
自分たちの思いを吐き出す場所だって、まるで隠れキリシタンの様。。夜な夜な傷ついた女たちが集まり、世間に分かってもらえない気持ちを吐き出し合う。。そうして散り散りに帰って行き、世間に紛れて心の闇を隠して生きる。上手く生きられなければ脱落だ。
そして私たちの苦しい経験は世間の苦労話の中にも入れてはもらえない。
若いうちから、否、生まれた時から、途方もなく傷ついてい生きてきたというのに。。。
私の若い頃はどうだったのか?。。。「嫌な感触」はどうやって消えたのか?。。。
ある日、棚を整理して居た時、一冊の本に目が留まった。手に取ろうとすると、二~三冊本がまとめて飛び出してきて。その反動でパラパラと三枚の写真が出てきた。全部捨てたと思っていたのに、レビュー小屋のゲネプロの時に撮ってもらっていた私のダンサー時代の写真三枚が残っていたのだ。目に止まった本は恩師が本を出したと知り、買ってあったもののそのまま置いてあった本だった。懐かしいと思って、ページをめくって行き、エピローグの所で涙が止まらなくなった。「僕が五十年やってこられたエネルギーは明るさ。。嫌な事があってもいつも明るくしていようと心がけていた。。。僕はいつも元気な声を出して大きな声を出して人にエネルギーを与えてきました。」といった事が書かれているのを読んで、ある事を思い出したからです。
酒と麻酔と香水でフラフラな状態で私はあの夜レビュー小屋へ出かけた。本来私がダンサーになるなんて無理な話だった。ショーを観てとても出来ないと思った私は、恩師がどうだやってみるか!と聞いてきた時、無理ですと断った。
断ったのに「面白い事を言うね。やりなさい、決まり。」と恩師が言って勝手に「麻衣」と名前を決められて帰って来た。翌年、神田にある恩師のスタジオでレッスンを受けた時の事。まったく踊れない私に恩師が言ったのです。
「自分をダメだと思っちゃいけないんだ。出来るんだ。いい女なんだと思ったら上手く見えるんだよ。見せてやるんだと思ったら上手く見えるんだ。麻衣子は綺麗だから大丈夫。逃げちゃいけない三月からはダンサーだからね。」。。
父から「ダメな人間」と言われ、私がピアノにキリで刻んだ「ダメな人間」と言う言葉。恩師から「ダメだと思っちゃいけないんだ」と言われた言葉が私の心の深くに入り込んだ。。それに綺麗だと言われた。。自分が汚くて汚らわしいと思い、「嫌な感触」を抱えていた私にとって、「綺麗」と言う言葉も響いていたのだ。。
ダンサーになってから、毎日落ち込む私を恩師は毎日のように観に来て大きな声で「麻衣子」と声を出し、客席から拍手を送ってくれた。楽屋にもきて、「綺麗」と言う言葉をかけつづけてくれた。当時は無意識レベルで「嫌な感触」が消えていた~と思っていただけだったけれど、こんなに何十年も経って、やっと気づいた。私はこの恩師に出会って居なければ生きる事が出来なかったのだと言う事を。。
あの当時誰も助けてくれないと思い込んでいた。でも、助けられていたのだ。恩師には命を助けて貰っていたのだ。。深い感謝の気持ちに溢れ、涙が止まらなかった。
しばらく経ったある日、健ちゃんとの事も考え方が変わった。あの辛い出来事が無ければ、私は恩師とは出会って居ない。。私が無断欠勤するくらい、コテンパンに捨てられなければ、そもそも、半年も私に内緒にされていたダンサーになる話は私には届いていなかったのだ。恩師とは出会えなかった事になる。それに私は彼を私の自傷行為に巻き込んでいる。被害を受けるための加害とでもいうのか。私はそういった罪も背負っていたのだと思った。私だって、一つ目の恋では本田君の心を傷つけてしまったのだ。どちらも若い頃の過ちだ。私はどちらも流さなければならないと考えた。。この事は思い迄もが変わるのはもう少し時間がかかったのだけれど。。。
私が社会と繋がり、やりがいを感じる仕事に出会えたのは本当についていたのだ。宇宙の法則。。マイナスにマイナスを重ねきったあの時、私は浮上出来たのだと岐阜の教授の言葉が重なった。
そしてマイノリティに対して寛容だった世界に繋がれた事もラッキーだった。
何せ変わり者が多い世界。私が少々変な人間でもまぎれる事が出来た。
認知行動療法というものがある。。あの時、やりがいのある仕事で社会と繋がれていたのだから、もっと考えれば良かったのかもしれない。しかし、父の勢いも違っていた。考えたたところで、太刀打ち出来る相手では無かった。。しかし、私が仕事を手放したあの時、私はすべてを自分以外のせいにしていた。もし、あの時、私がもっと考えを深めていれば私の精神力はもっと強くなれた筈。そういう努力を私は怠っていた。逆に父と同じ世界を目指して父を蹴落としてやれば良かったのだ。。しかし、私は弱かった。。
やさしさという裏面は弱さ、甘さなのかもしれない。
佳代さんを傷つけてはならないと言う気持ちすらも、私の弱さをカモフラージュするものだったのかもしれない。それでも今になってに気づくのが遅すぎたと考えるのはやめようと思った。私は期が熟す時を待っていたのだと思う事にした。
今までが宿命だったのではない。これからが本当の運命なのだ。。
私は働こうと思いました。前の会社の社長から配送の仕事は週に二日ですが温情で貰っていました。しかし正彦さんだって大変な時期、いつまでもグズグズしているのは良くない。そんな時思いだしたのが、ケアマネさんからの父の様子。
私が去った後ヘルパーさんに当たり散らしていた中、朝ごはんに苦慮している様でした。私は同じ働くなら、介護に関係する職場で働きたいと考え、病院付き介護型マンションの朝食の準備の仕事を選びました。私がお年寄りの助けになる仕事をすれば、巡り巡って父の事を良くしてくれるヘルパーさんに父が出会えるような気がしたからです。
早朝の仕事は私に元気をもたらした。父の介護に行く前の健康診断では、肝臓の数値が悪く、一旦は薬を処方されていたのですが、その薬を飲むと調子が悪くなるので勝手にやめていました。思えば私は長生きをしたくなかった。少なくとも十五歳年上の正彦さんより先に死にたいとずっと考えていた。
嘗て激しく自傷行為を続けていた私は形が変わっただけでその行為は終わっていなかったのです。無意識レベルでくすぶり続けていた。。。
今回、仕事をするにあたって健康診断を受けたのですが、肝臓の数値はいつの間にか改善されていた。そして二回目の健康診断では、先生がお薬の処方を迷う程の高血圧だったのが、正常値になっていました。犬に奇跡をもたらした事と同じだと思った。振り返って苦しんだ分、心が少しづつ変わっている兆しが見えてきた。。。
過去を振り返るキッカケになった父の介護は、私の為にあったのです。
最後まで狂った父が己を貫き通した事はアッパレだったのかもしれない。
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