迷い



  迷い


佳代さんと偶然出会ってから、私は父に連絡する前に色々考えてみました。佳代さんに本当の事を話すべきかどうか?もし、この時私の母が生きていたとしたら?私は迷わずもっと前の段階で母に思いのうちを話した筈です。

しかし、佳代さんを傷つける訳にはいかないと思った。それがなさぬ仲の遠慮というものなのか?と思う時、もっと彼女を信じて話す方が良いのか?答えが見つからなかった。

一体何が起きてどんなふうに苦しかったのか?きちんと論理立てて話せるだろうか?否話すべきではない。そんな気持ちがぐるぐる回っていました。しかし、それ以上考えを深める事は私には出来なかった。何故なら、私自身がこの時、振り返りたくない出来事だったのだから。

今、私は楽しく仕事もしているし、それで良いではないか!考えたところで過去が変わる訳では無い。そんな思いに捉われていた。


高校の時、全てを知って居る筈なのに担任が卒業の時に言ったのは「卒業してくれて助かったわ。あなたが何がしでかすんじゃないかと思うと夜も眠れなかった。やっと安心して眠れるわ。」これが贈る言葉だった。


子供の頃から歌を習っていた先生に相談した時の事、「あのお父さんに限ってそんな事は無いと思っていた。有加がそんな大嘘を言うとは思っていなかった。」だった。


水商売で知り合ったお姉さんだけは違った。「実家を出ろ。」と私の肩を押してくれた。


世の中と言うものは住み分けされているのだろうか?

日の当たるところで生きている人たちは私の抱える問題などどこ吹く風。側に近寄らないでほしい。きっと。そうなんだ。だから私が本当に助けてほしいと悲鳴を上げている時、それを知っても、知りうる立場にいても、ギリギリのSOSを出しても誰も助けてくれなかったではないか。


私は当時、佳代さんにはSOSを出せなかった。あの時私は佳代さんに去ってほしくなかった。そして話せば佳代さんは父のマネージャーでもある。私の手で何もかも壊してしまう事になったら?そう考えると私は怖かったのだと思う。

結局私はこの時も、佳代さんには本当の事を話せなかった。


私の身に起きた事は世の中の人が忌み嫌う

三文字。

そしてその三文字の奥の地獄絵図を、私自身、五十歳を過ぎるまで冷静に振り返れなかった事。

子供に対する虐待の中で一番卑劣な虐待。。そしてこの時、虐待と言う言葉や概念すら無かった。

そう。。私の身に起きた事は「近親姦」だった。


その後、私は佳代さんの取り計らいで臭いものに蓋をして、父と佳代さんと私と真一さんの親子交流が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る