月給七〇〇〇ドルの人殺し 2

〈6〉


 シシリが運転するタンドラは時速九〇kmでクウェートとの国境を目指して南下していた。昨日を鑑みれば随分と寝惚けた速度だ。後方三〇メートルに追随する一台の4WDに気を遣っているのかもしれない。

 ホテルの駐車場に停まっていた、日本でも馴染みのトヨタ・ヴァンガードだ。外見の厳つさだけは〈タルト・タタン〉のピックアップトラックに劣らないのに、なぜか窓の類は一切嵌っていなかった。シシリ曰く、いくら新調しても爆弾だの銃撃だので割れるから、らしい。物騒な地を廻っているらしいヴァンガードのハンドルを握っているのは、大型拳銃をホルスターに納めた屈強な白人の男だった。

 対照的に助手席でスカーフをなびかせる女は、同じ白人ながらもその細身に一切の武装は見受けられない。その胸元で銃弾と揃いの黄金色に輝く大きな十字架を冷やかしてか、シシリは女を「シスター」と呼んでいた。

 後部座席には乗車定員の三倍を超える十八人の子供たちが詰め込まれている。どの子も、生気の失せた瞳に手負いの獣じみた鋭さが差しているのが印象的だ。

 そんな二十人乗りのヴァンガード一式が、〈タルト・タタン〉の今の『荷物』らしい。

「もともとこの子たちに国境を越えさせるために雇われてたんだ。だから、君を助けたのはついで仕事だよ」

 そう嘯いたシシリたちに、ボクは少なからず薄ら寒さを覚えた。彼女たちは、『ついで仕事』でテロリストを殺し、殺されかけながらボクを助けてくれたのだ。それを恩に着せるまでもなく、淡々としている。

 たぶんそれが、彼女たちにとっての日常だからだ。

 タンドラの荷台に据えられた機関銃の射手は相変わらずリューイが務めていた。時折エヴァンからの周辺情報が入ってくるほかは静かなドライブだった。

 助手席でクーラーの風を頬に受けながら、ボクは慎重に喉のマイクをオフにする。ハンドルを握るシシリは、まだ気付いていない。

「ねえ」と呼べば、無言の視線がボクを撫でた。それを促しだと理解して、ボクはそっと彼女の喉元に手を伸ばす。白い傷痕に寄り添うマイクをオフにして、返す手でカーナビの上に設置されたカメラのレンズを覆う。これで、有能なエヴァンにもボクとシシリとの会話は一切わからない。

 いつの間にか、シシリの手が腰の後ろのホルスターに回っていた。そんなつもりは毛頭ないけれど、ボクがガンラックのカラシニコバに手を伸ばした瞬間、そこに納められた拳銃が突き付けられるのだろう。昨夜の彼女が大切そうに撫でていた掌大のものじゃない、もっとたくさん銃弾を呑み込める、争うことを前提とした武器だ。

『シシリ』緊張を帯びたエヴァンの声が鼓膜を揺らす。『どうしたの?』

『トールがカメラを塞いでるだけだ』リアウィンドから覗きこんだリューイは揶揄に近しい語調だ。彼の拳銃が窓ガラスを軽く小突いた。『シシリ、鍵は開けとけよ』

 外野を無視して、ボクはシシリの耳元で再び「ねえ」と囁く。

「四年前の夏、君は誰の命令であの施設にいたの?」

「……ノーコメント」

「ジギィ?」

「……クライアントの名前を訊いてるの?」

「クライアントなんか、どうでもいいんだよ」

 訝るようにシシリの眼が眇められた。

「ねえ、シシリ。どうしてボクが今日、ヘリに乗らなかったのか、わかる?」

 シシリは黙って左腕一本でハンドルを操っている。右手も腰の銃を握ったまま微動だにしない。

「君と話がしたかったんだよ。どうしてあのとき、君がボクの両親を撃ったのか、知りたいんだ」

「君の両親?」

「撃ったよね。四年前、君はボクを助けてくれた、といった。そのときに、二人の女の子と一緒に、君はボクの両親を撃った」

「……記憶がないんじゃなかったの?」

「夢を、見たんだ」ボクはそっと、彼女の肘に触れる。銃を握っているほうだ。「ボクは君に手を引かれて、真っ白い施設から連れ出されて、ジギィが操縦するヘリに乗せられて。……君がボクの両親を撃つ、夢」

「……それで?」

「ボクには知る権利がある。どうして君はボクの両親を撃ったの? どうして撃たれなきゃならなかったの? 確かに二人とも好い親じゃなかったけど……好い医者ではあったんだよ。世界に必要とされる医師たちだった」

 シシリは、答えることなく拳銃を放してマイクのスイッチを入れた。ボクに付き合う気はないらしい。それでもボクは「君には」と諦め悪く言葉を続ける。

「答える義務がある。シシリ、どうしてボクの両親を」

「覚えてないよ、そんなこと」

『お、内緒話は終りか。なにを覚えてないって?』

「四年前の、わたしの初仕事の話だよ。そもそも記憶が曖昧なんだ。わたしがトールを覚えてるのはたぶん、助けたからだ。撃ってたら、忘れてる」

「それは、どういう理屈なの?」

「わたしがこの四年の間に何人を撃ってきたと思ってるの。いちいち撃った相手のことなんて覚えてっ」

 言葉の途中でシシリが息を呑んだ。そしてタンドラが加速する。

 ボクはフロントガラスに迫る人間の、上下逆さまの顔を見る。衝撃は、遅れてきた。黒いスカーフが広がって視界を塞ぐ。女だ。驚きとも恐怖ともつかぬ光を湛えて開かれた女の眼球がボクらを睨み据える。

 眼が合った。そう認識したときには女の体が天井へ跳ね上がり、叩きつけられる。

『うお、びっくりしたぁ』のんびりとリューイがこぼす。『警告しろよ』

「ごめん。後続、停まるな。走行を続けて」

 シシリの指示に驚いて、ボクは体ごと来た道を振り返る。

「人! 人、撥ねたよ」

「罠だよ。拉致、誘拐、恐喝、買収エトセトラで用意した人間を轢かせて、足止めしてから奇襲っていうのは強盗のセオリーだ」

『警告』と今度はエヴァンだ。『四時方向から車両。警察車両だね。さらに二km前方にも車両。挟撃に注意』

 エンジン音が高まって、タンドラがぐん、と速度を増した。

「……警察? 警察が挟撃してくるの?」

「敵だよ」

「まさか、昨日のテロリストがボクを取り戻しに来たんじゃ」

 ぽかん、とシシリは口を半開きにしてボクを眺めた。完全に前方不注意だ。瞬きが一度。『シシリ!』とリューイの叫びが、シシリを我に返す。

『パッケージが停まりやがった』

 後輪を横滑りさせて、シシリがタンドラをUターンさせた。予告なしの強烈な遠心力のせいで窓に頬をぶつける。

「その発想はなかったなぁ」片側二車線の道路を猛スピードで逆走しながら、シシリがガンラックからM4カービンを引き寄せた。「人質を取り戻すより新たに調達したほうが安上がりだから、連中が来る可能性は心配しなくていいよ。それにね、エクスパット海外出稼人の車両に群がる連中は警察だろうと民間人だろうと大抵、悪党アリババと相場が決まってる」

 急ブレーキでタンドラをヴァンガードの横に付けたシシリが窓を開ける。

「停まるなって」

「噛んでんだ!」蒼白の顔面に汗を浮かべて、運転手はすでに涙声だ。「なんかがタイヤに噛んで動けないんだ!」

 路面を見ると、ヴァンガードの下から生えた生白い脚が空回るタイヤに合わせてビクビクと痙攣していた。路面を焼くタイヤの高音と、みちみちと肉を引き千切る湿った音が鳴り渡る。

『俺が』

「対ショック!」

 姿勢、と続いたシシリの怒号が、強烈な光に呑まれた。感覚の全てが喪失する。

 シシリがボクの頭を引き下げる。彼女の膝に置かれたM4カービンにヘルメットをぶつけそうになって反射的に首を捻った視界に、抜けるような青空があった。

 その中で、ヴァンガードが躍っている。シシリが急アクセルで逃れた。一秒前までボクらがいたところに盛大な土煙が立ち昇って、窓から投げ出された子供の一人がタンドラのフロントガラスでバウンドする。

「人間爆弾だよ」

 やけに落ち着いたシシリの声音に、ボクは反射的にガンラックからカラシニコバを手繰り寄せる。

 カカン、とタンドラの装甲板が甲高い音を立てた。撃たれたんだ。粉塵を巻き上げて、荒野からSUVが迫っていた。

「リューイ、無事なら応射して、敵を近付けるな。パッケージを回収する」

 即座にPK機関銃が吼え猛った。シシリもドアを蹴り開けるとM4カービンを構える。

 敵のSUVに張りつけられた青字の『POLICE』マークが識別できる辺りで、その天井からアーモンド型の穂先が覗いた。RPGだ。

 タンドラがつんのめるようにバックした。と思う間もなくSUVから横転したヴァンガードを隠す位置で急停止する。その行動に疑問を抱くより早く、シシリがボクの襟をつかんだ。

「降車!」

「とっくに」

 してる、というリューイの返事はひどく近かった。二人してボクの両脇を担いで横倒しになったヴァンガードの陰へと身を滑り込ませる。

 ほとんど同時に熱風が薙いだ。鉄の焼ける臭いと土くれが降り注ぎ、装甲板がビキビキと派手な音を響かせる。すぐ傍に金属板が突き立った。それなのに鼓膜を裂いたのは、シスターの絶叫が一つきりだ。

 シシリがタンドラへと駆け戻る。黒い覆面で鼻から下を隠してから、相手の動向を窺うために首を伸ばしている。彼女が身を寄せるタンドラの側面は無傷だった。けれど、バンパーが消えている。さらにすぐ傍の道路には丸い焦げ跡ができていた。

 ふらりと立ち上がった運転手が真っ赤に染まった首を撫でながら緩慢に周囲を見回したところで、SUVからの掃射を受けて倒れる。

 SUVの天井から人の上半身が生えた。RPGの代りに、今度は屋根に機関銃を持ち出すつもりらしい。手間取る射手への気遣いか、SUVはこちらとの距離を保ったまま道路に沿って荒野を行ったり来たりしている。

 そんな間抜け具合を見逃すはずもなく、シシリが短い発砲を連続的に送った。SUVの機関銃が不安定な姿勢から、たた、と応戦しかけて、でも数発分の銃声を残して天井から転げ落ちた。シシリのほうが射撃は上手らしい。ついでとばかりに人影も引っ込む。

 応酬の中、ボクは膝を汚す粘液に気付く。指先がぬるりと、赤く滑った。シシリは、大丈夫そうだ。リューイだって悪態を吐きながら元気に乱射している。

 なら、どうして、と視線を廻らせたヴァンガードの窓から、子供たちが脱出していた。浅黒い肌と縮れ毛の子が多いけれど、色素の薄い子も何人かいる。足をひきずったり、千切れかけた自分の腕を抱えたりと、どの子も満身創痍だった。それでもみんな必死に一ヵ所を目指している。

 地面とヴァンヴァードの屋根が垂直に交わるところから、女の子の上半身が覗いていた。下敷きになったんだ。足があるべき場所には、瑞々しくのたうつ腸がぶちまけられている。

「シャーリーぃ」「シャリー」「シャーリ」と拙い言葉遣いで子供たちは口々に女の子に呼びかける。

 女の子の唇が動いた。子供たちが一斉に顔を寄せる。

 その背後で、中央分離帯に背を凭れさせたシスターが両手を組み合わせていた。指の間から金色の十字架の先が突き出ている。

「シシリ! シシリ、女の子が!」

 声の限り叫んだのに、シシリは見向きもしなかった。ボクはヴァンガードの側面を力いっぱい殴る。

「シシリ!」

 ようやくシシリが気付いてくれた。体を低くしたままヴァンガードまで駆けて来て、ボクの喉に触れる。首に巻きついたマイクだ。さっきの内緒話でスイッチを切ったままだった。

「女の子が下敷きになってるんだ!」

『助からないよ』

「でも!」

『仲間に任せておきな。忙しいんだから、君も少しは応戦してよ。撃ち方、知ってるでしょ』

「でも……」ボクはカラシニコバを胸に強く抱き締める。「これは『パカ』じゃない」

 呟いてから、『パカ』ってなんだ? と戸惑う。

 それなのに、シシリには通じたらしい。『パカ』と失笑に近い鸚鵡返しだ。それもすぐに『堅いなぁ』とSUVの装甲に対する感嘆に変わる。

『リューイ、足止めして』

『了解』

 リューイがM4カービンの銃身下に取り付けられたグレネードランチャー擲弾発射器の照準を合わせた。ぎゅぼっ、と圧縮された白煙を吐いて榴弾が迸る。

 急ブレーキを踏んだSUVのフロントグリルが陥没して、つんのめって、炸裂に煽られて尻餅をつく。それを見計らって、シシリからは間断のない銃弾だ。

 ボクは頭を上げないように注意しながら子供たちに近付く。

 そのとき、女の子の一番近くにいた男の子がハーフパンツのポケットからなにかを引き出した。一際、子供たちの輪が女の子に向かって収束する。

大丈夫だよハクナ マタタ」男の子が女の子の耳元に唇を寄せた。「大丈夫、みんな、いるから」

 大丈夫、と子供たちの囁き声が絡み合った。

 そして、パン、と乾いた破裂音が――男の子の小さな拳銃から送り出された弾丸が、女の子の頭に吸い込まれた。乾いた舗装に広がった女の子の髪に血の艶めきが広がっていく。

「なにしてるの!」シスターがヒステリックに子供たちを押し退ける。「どうして殺したの! 仲間でしょう!」

 シスターをじっとりと見つめ返すだけで誰も答えない。子供たちはゆるりと身を起こしてポケットだのパンツの折り返しだのから拳銃やナイフを取り出し始める。

「やめなさい! どうしてそんなものを持って来ているの。必要ないのよ。なんのために傭兵を雇ったと思っているの。あなたたちはもう、兵士じゃないのよ! もう戦わなくていいの!」

 は、と誰かが笑った。気のせいかもしれない。だって激しい銃撃戦の中で拾える音なんて本当はなに一つない。

 それなのに、幻聴に促されたボクは腕を上げていた。肩ベルトが引き攣れて、カラシニコバが大人しくシスターに狙いを定める。

 ひっ、と呼吸を詰めてシスターが後退った。中央分離帯に背を擦りつけて、そこを砕いた敵の銃弾に追われてボクの銃口に頬をぶつける。

「どうしてあなたが怒るの? この子たちは仲間の仇をとりたいだけだよ」

「こ、この子たちは、もう子供兵士ではないし、戦わなくてもいいの。当たり前でしょう。国連の議定書にも十八歳未満の子供たちの戦闘行為は禁じると明記してあるわ。志願兵も十五歳からと決まって」

 はは、と確かな声がシスターを遮った。シシリがM4カービンから弾を吐き尽くしたマガジンを抜きつつ、黒い覆面の中で笑っている。

「なにが、おかしいの……」

「だって」新しいマガジンを送り込んだシシリは車体の上から頭と銃口を出すと、一発ずつリズミカルに連射した。「今まさに命のやり取りをしているのに、国連の議定書だって。今ここで必要なのはあなたのような人買いじゃなくて、兵士だよ」

「人買いだなんて……。保護したのよ。反政府組織から、話し合いで」

「でも」と低く呟いたボクに、シシリが意外そうに振り返った。でもすぐにSUVに向き直る。

「ボクらの命はRPG三基とアサルトライフルカラシニコバ五挺だった。たったそれだけで、隊長は十二人の子供たちを人権団体とやらに引き渡したんだ」

『トール?』とリューイに呼ばれて、ボクは自身の発言に、あれ? と首を傾げる。

 隊長って、誰だろう? 十二人の子供たち? どうしてボクが彼らの値段を知っているんだ? これも四年前の夏の、消えた記憶の一部なんだろうか?

 まただ。また、ボクの知らないボクが顔を出す。

 そんなボクの不安を断って、『シシリ』とノイズに侵されたひどい音声が割り込んだ。一瞬誰だかわからなかったけれど、シシリが飼い主の存在を感知した子犬のようにぱっと顔を上げたことで相手が知れた。ジギィだ。

『南方の敵を排除』

 通信が聞こえない子供たちは、ますます殺気を肥大させていく。仲間を傷付けた相手をその手で仕留めるのだ、という決意が透けていた。

「俺たちは!」額から血を流した男の子が幼い高音で叫ぶ。「仲間を見捨てない! 仇はとる。絶対に、絶対に、絶対に、だ」

 絶対に! という子供たちの大合唱に、シシリが発砲を停止した。M4カービンのトリガーから離れた彼女の人差し指が男の子の凶器へ下りる。

「拳銃」隣の女の子の武器へ、さらにその隣の子へとシシリは指を滑らせる。「ナイフ。手榴弾。どれもこれも、効率的じゃない。君たちが出たって死人が増えるだけだ。いい? 兵士にはね、生き残れという至上命令が無条件に課せられているんだよ」

 ヴァンガードの向こうを指したシシリに釣られて、子供たちが一斉に首を伸ばした。

 荒野に直立していたSUVが、飛んだ。文字通り二〇メートルほど地面から浮かび上がり、五〇メートルも先で朱色の炎の塊となって爆散する。

 不思議そうに子供たちが周囲を見回した。ボクにだってなにが起ったのかわからない。無限に広がる不毛な地にも平和な青空にも機影はない。

「有効射程、実に八km」シシリが得意気に顎をしゃくる。「これがプロの装備であり、戦い方だ。自陣の犠牲は最小に、敵の被害は最大に、ってね」

 リューイがSUVとの間合を詰める。身を翻したシシリも合流する。

 燃料に引火したのか、SUVの四方に炎の渦が伸びていた。その中心に向かって二人はさらに容赦のない銃撃を加えていく。動く者がいたのかは定かじゃはない。もし息があったとしても脱出できやしなかっただろう。そんな残骸に対して、二人は情の欠片だって垣間見せない。

 軽快な破裂音が止んだ。時間にすれば数秒だ。やけにゆっくりと、シシリがボクに向き直った。黒い覆面が外されて、でも抱えられた銃は臨戦状態で保持されている。

 ぞくりとした。火炎を背にしたシシリはひどく優しい顔をしている。慈愛すら感じる、宗教画じみた表情だ。ぼろぼろとローター音が近付きつつあった。自身の存在すら悟らせず地表の敵を撃破した鉄の塊が、シシリを攫いに舞い降りる。あの夢のように。

 陽炎に包まれた彼女が、揺らぐ。ふわりとスリップドレスの白昼夢が翻った。それもジギィの操縦で湧き立つ砂塵が拭い去る。

 ボクは安全装置すら外れていないカラシニコバに手を添える。

 目を輝かせて二人の兵士に駆け寄る子供たちに、十三歳のボクが紛れ込んでいる気がした。記憶から消えてしまったボクの残像だ。

 きっとボクはシシリのことを、両親のことを、思い出せる。そんな予感がした。


〈タルト・タタン〉のピックアップトラックからPK機関銃を下ろして、荷台に子供たちを乗せることになった。RPGが直撃しなかった幸運のおかげで、タンドラは自走可能だった。ヒビで白く濁ってしまった窓という窓を、リューイがM4カービンの台尻で淡々と崩していく。

 着陸したヘリに、ロシナンテは不在だった。一番にキャビンに飛び乗ったシシリが操縦席のジギィに抱きつくのを見ながら、ボクは両手を組み合わせたシスターのお祈りを聞くともなしに聞いていた。

 十七人になった子供たちを運ぶのにタンドラの荷台だけでは手狭だったので、ジギィが心底厭そうにヘリのキャビンを開放した。平等に分配されたパッケージ子供たちの監督役としてタンドラにはシスターが、ヘリにはリューイが乗ることになった。

 体を二分されてしまった女の子は子供たちの手で丁寧に防水シートに包まれて、誰が言い出すでもなくヘリのキャビンに運び込まれていく。切れたゴムベルトみたいに弛緩した女の子の腸をヴァンガードから引き出してあげるシシリの姿は、ボクにとってはなんとなく意外だった。

 再出発してからずっとボクはきっちりと閉まらないドアを押えている。力不足のクーラーも枠だけになったフロントウィンドから吹きつける熱風も、濃密な血腥さを薄めてはくれない。首を捻ると、後部座席を彩るガラス片と砂がきらめいていた。強すぎる太陽光に焼かれて融けて、シートを食い破っていくんじゃないかと思うくらいに眩しい。不気味なほど明るい荷台をリアウィンドの枠が閉じ込めていた。血まみれの子供たちの瞳だけが現実を宿して淀んでいる。

 兵士と呼ぶに相応しい存在感に圧倒されて、ボクは防弾着の胸元をつかみ締める。

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