月給七〇〇〇ドルの人殺し 1

〈5〉


 朝日に曝されたホテルの屋上から裏手にある空港を見下ろして、ボクは色彩の乏しさに嘆息する。低い位置に大きな太陽を配した空は快晴で抜けるように青い。そして大地はくすんだ砂色だ。砂漠、というには植物が多いけれど、それだって強すぎる日差しで色褪せている。空港に点在する人々の衣装を除けば、この国は概ね青と茶の二色で構成されている。

 ただ一点、空港の駐機場に鎮座するヘリコプタの仄暗いオリーブ色と、その側面に貼られた黒焦げタルトのステッカーだけが、輪郭を際立たせていた。〈タルト・タタン〉が所有する――ボクが乗る予定だった、攻撃ヘリコプタだ。ローターマストにボールのようなものが載っていて、そこに赤外線だのレーダーだのの機能を詰め込んでいる。そう説明してくれたのは、屋上の縁で身を伏せているリューイだ。

「這いつくばれよ、トール。頭が吹き飛ぶぞ」

 リューイが屋上の縁からボクを手招いた。彼の腹側には二脚で支えられたPK機関銃がある。ボクが目覚めたときにはすでに、この機関銃は〈タルト・タタン〉のピックアップトラックの荷台からここに移されていた。さらに昨日はお目にかからなかったLAW軽対装甲火器までが三挺も用意されている。

 時刻は午前七時過ぎ。すでにフライパン然とした灼熱の屋上で生真面目に砂色のタクティカルベストとヘルメットを装備したリューイに訊くまでもなく、ロクなことが起らないのは明白だった。

 傍らにあるテレビモニタには、はるか宇宙から地上を監視するエヴァンの『眼』からのリアルタイム映像が上下二分割で映し出されている。上方には空港周辺の空撮画像が、下方には〈タルト・タタン〉のヘリと滑走路で暖機する小型輸送機が捉えられている。

 撤退して久しいアメリカ軍がこの国に進攻した折に造った、必要最低限の設備しかない空港だと教えてくれたのも、リューイだ。そのため、ここから発つのは暫定政府の要人か、武力でこの国の自治を訴える政治家気取りのテロリストくらいのものだという。

 モニタと地表とを忙しなく見比べるリューイの瞳がヘルメットの下で猟犬に似た陰影を描いている。非戦闘員ボクに構っている暇はない、といわんばかりの雰囲気だ。それなのに、リューイは当たり前みたいに「なんだよ」とボクに顎をしゃくってくれる。

「なにって?」

「なんか言いたいことがあんだろ? 朝からずっともぞもぞしてる」

「ああ、うん……」女々しい態度を自覚して、もっと女々しいことを気にかけている自分も自覚しながら、ボクは「あのさ」と喉を圧迫する咽喉マイクを指先で触る。送話スイッチは、迷ったけれど切らなかった。

「ジギィってボクのこと嫌いだよね」

「ジギィ? さあな。……なんで?」

 男らしくごつごつとしたリューイの首筋に装着された咽喉マイクもまた、オンラインだ。彼の声はボクの右耳に装着された彼らとお揃いのイヤホンと、ヘルメットの内で解放されている左耳の両方から届く。

「だって、ずっと無視されてる」

「そりゃアレだ。お前がパッケージ荷物だからだ」

「それは聞いたけど……」

「お前だって自分の背負ってるバッグが喋ったら無視するだろ」

「そんなファンタジックな状況に陥ってみないとわからないけど……でも無視はしないよ、たぶん」

「さすが、ヤオヨロズの国の出身者」

「リューイも、そうなんじゃないの?」

「……俺、日本人っぽいか?」

 ボクはざらつく屋上に頬をつけて、心外そうなリューイを見上げる。

「ボクの名前、トールじゃなくて、トオルなんだけど。リョウジ・トオル」

「知ってる。『リョウジ』は龍が治める、『トオル』は徹る。資料は全員が共有してる」

「うん。でも知ってるのと言えるのとは、違う。リューイは、ボクの苗字を正しく発音できるんだね」

 リューイが口を半開きにしてボクを見た。

「これはボクの経験則だけど、英語を母語とする人は『リョウ』の発音がうまくない。大抵『ロウ』になるんだ。昨日のシシリみたいに」

「……フランス語話者なんだよ、俺は」

 ボクはリューイの不自然な間には気付かないフリで、へえ、と頷いてあげる。

「なんだ、お前、ジギィが気に食わなくてヘリを拒否ったのか? 操縦者が誰でも命のほうが大事だろ。安全な空路でならクウェートシティまで一時間ちょいだぞ。後は平和ボケした日本まで大使館員がエスコートしてくれるってのに」

「だって……怖いじゃないか、高いトコって」

 ボクは朝と同じ言い訳をする。勿論、嘘だ。けれどジギィは信じた。正しくは、投げ出した。「お前が二回も助けたんだから責任をもって運べ」とボクをシシリに任せて、彼自身はロシナンテとヘリに乗り込んだ。

 もっとも、当のシシリはといえば、ボクらが見下ろす空港にいる。

「地上のほうが怖いだろ。この国の敵は、大抵地上にいる」

「うん、でも……」

 あのヘリに乗ってしまえば、シシリとはそれっきりだ。せっかくボクの過去とつながる相手を見付けたのだから、ここで別れるわけにはいかない。

 それに、あのもある。

「そんなんだから『犠牲者toll』って呼ばれんだよ」

「うん……え、犠牲者?」意識の半分を考えごとに費やしていたから、うっかり聞き流しそうになった。「『背が高いtall』じゃなかったの?」

 はっ、と明らかな嘲笑が返ってきた。

 そりゃ、お世辞にもボクの身長は高くない。彼らの中じゃシシリに次いでチビだ。でも十七歳の日本人なら一六八センチというのは及第点だろう。

 因みに〈タルト・タタン〉で一番の長身を争うのはジギィと、ロシナンテだ。一八〇センチはある二人が並んでいるとちょっとした壁が建設されている気分になる。

 リューイがボクより長身だといってもたかだか拳一つと少しじゃないか、と口を尖らせたところで、『総員』とエヴァンの警告が右耳のイヤホンから入る。

『滑走路周辺を警戒。餌が放たれるよ』

 小型輸送機が滑走を開始した。〈タルト・タタン〉には直接関係のない機体だと聞いていたけれど、リューイの意識はもうボクにはない。エヴァンの指示通り、地上の脅威を探して屋上から身を乗り出している。

 ふわりと輸送機が浮き上がる。眼下の低木樹でオレンジ色の炎が咲いた。爆発じゃない。RPGロケット推進擲弾の発射で後方に吐き出される火球だ。

 PK機関銃の射撃角を素早く調節したリューイが地鳴りじみた発砲音を響かせる。銃身の右側に取り付けられた箱から吸い上げられた弾帯が金の排莢となって宙を舞っていく。

 ヘリのキャビンからも、たぶんロシナンテが撃った。閃光が一度だけ走って、イヤホンが彼女の低い笑いを捉える。

 モニタの中で、空港のフェンスを潜って侵入してきたバンが急停止した。

 ヘリの陰からピックアップトラックが飛び出した。白い車体と黒いステッカーが残像を引く。シシリが駆る、トヨタ製のタンドラだ。運転席の窓から差し出されたアサルトカービンが容赦なくバンのフロントガラスを濁らせ、撃ち崩していく。

 輸送機が大慌てで回避行動をとっていた。でも、高度が足りていない。

『リューイ、二時方向』エヴァンからの警報だ。『八〇メートル地点にピックアップ。荷台にPKペカー。撃たせないで』

 即座にリューイが機関銃をLAW軽対装甲火器に持ち替える。本体に収納されていた後部を引き伸ばして肩に担ぎ、照準を合わせて上部の押し込み式トリガーに手をかけた。その一瞬だけ、彼はボクを一瞥する。

 LAWの凄まじい後方爆風が屋上に降り積もっていた砂を巻き上げた。視界を塞がれたボクは送り出された炸裂弾の行方を見失う。その仕事ぶりを、親切なモニタが教えてくれた。荷台の機関銃が意味を成す間もなく、テロリストのピックアップトラックは大きく跳んで天井から地に激突する。

『クリア』とシシリからはバンを制圧したとの報告だ。

「こっちは」リューイがLAWの抜け殻をPK機関銃に持ち直す。「あと一〇秒」

 炎に包まれるピックアップトラックに宣言通りの時間で約一〇〇発の弾を注いで、リューイは「終了」と軽い調子だ。敵は徹底的に潰すというのが彼らのやり方らしい。

『お疲れ』

 ジギィの労いに、重たい爆発音が重なった。回避行動中にバランスを崩した輸送機が滑走路の終着地点を逸脱し、地面を抉りながら滑っていく。オイル漏れを起こしたのか腹から炎の帯を引き、太い黒煙を生やしていた。

 薄汚れた空港の建物から消防車が駆けつけている。赤色灯もサイレンもない静かで迅速な登場は、まるで死人を迎えに往く死神みたいで少しぞっとする。

 バラバラと重たいプロペラ音を立てたヘリが後退りつつ浮遊していく。

 輸送機が生む煙の中から薄い雲を引いたRPGが飛び込んできた。でもヘリをすり抜けて建物の壁を穿つ。飛散した破片にか、イヤホンからはロシナンテの悪態だ。

 シシリのタンドラが急転回して射手を探している。

『シシリ、いい、見えてる』

 ヘリのマシンガンが閃いた。ジギィのヘリが有する索敵機能の前では黒煙程度の視界不良など問題にならないらしい。

『温存すればいいのに』

『会敵する確率は地上の方が高いんだ。お前が無駄弾を使う必要はないさ』

 自分が処理したのに、と拗ねた口調のシシリにヘリの尻尾を揺らして、ジギィはふわふわと上昇していく。

 四枚のメインローターブレードが大気を切り叩いている。緩く回旋する機体の左右にはロケット弾と空対地ミサイルが宿り、左側の鼻先からは重機関銃が覗いていた。機体の右側の扉を開け放したキャビンにはロシナンテが膝を突いている。操縦桿を握っているのは、ヘルメットバイザのせいで風貌はわからないけれど、ジギィだ。

 地上ではシシリが、屋上からはリューイが、そしてジギィが操るヘリ本体の武装にキャビンのロシナンテ。十分すぎる、テロリストを掃討するには過剰にも思える装備だ。でも。

「本当に、あのヘリでボクを運ぶ気だったの?」

「無事に飛んだだろ」

「輸送機は墜ちたじゃないか」

「墜ちたくなきゃ、連中だって民間武装警備会社PMSCsを雇やよかったんだ」

「無関係の機体を囮にしなきゃ飛び立てないなんて、よっぽど恨まれてるんだね、〈タルト・タタン〉」

「人聞きの悪いこと言うなよ」PK機関銃を屋上の縁から引っ込めつつ、リューイが苦笑する。「連中はエクスパット外国人出稼人ならなんでも墜としにかかるんだ。積荷が政府高官だろうとジョン・ドゥだろうと関係ない、条件反射みたいなもんだろ」

ジョン・ドゥ身元不明死体」とボクは彼の冗談を繰り返す。

〈タルト・タタン〉は護衛をしない。シシリから何度も言われたことだ。彼らに救出されてからずっとボクは『パッケージ荷物』扱いだし、彼らの計画通りならば今ごろボクは『荷物』としてあのヘリのキャビンに押し込められていたはずだった。実際に、昨日ホテルの駐車場で見かけた子供の何人かは『荷物』としてあのヘリのキャビンに積まれている。

 敵を排除しつくしたのか、リューイは無防備に立ち上がって大きな伸びをした。

『じゃあね』とすでに黒い点になったヘリから、ロシナンテの緩んだ挨拶だ。『なるたけ早くお仕事を片付けて迎えにくるわ、イイコにしててね、坊や』

「幸運を」答えたリューイがボクのヘルメットに掌を置いた。「まあ、のんびり往こうぜ、トール。荷物が嫌なら一緒にお使いだ。ロシナンテを手伝わされるよりマシだろ」

 彼の頼りがいのある手の重みに振りまわされるようにして頷きながら、ボクは熱せられた屋上からアサルトライフルを取り上げる。

 シシリがボクに貸し与えてくれたカラシニコバAK‐47だ。彼らの持つM4カービンとは違う安っぽい、テロリストとお揃いの武器だ。バナナ型弾倉を差したそれを肩に、セラミックプレートが入った防弾着のポーチを掌で押える。そこに詰め込んだ予備弾倉の安堵感を噛み締めて、ボクらはシシリを出迎えるために階段室へと引っ込む。


 シシリが戻るまでの五分間、PK機関銃をタンドラの荷台に据えるまでに三分、ボクが重たい背嚢を後部座席に放り込んで助手席に納まるまでの一分足らず。ホテルを警備する〈アウトカムズ〉の兵士たちがどんどん駐車場に集まって来て、不気味だった。

 上機嫌に手を振るシシリに応じる兵士はいない。昨日は親しく会話を交わしていた男でさえ、沈痛な面持ちを忍ばせ気味にしている。

 てっきりリューイの担当は荷台の機関銃だと思っていたから、彼が運転席に回るのを見ていささか驚いた。

 鼻の上まで黒い覆面を引き上げて、シューティンググラスとヘルメットで完全に表情を隠したシシリが荷台によじ登る。

「今日はリューイが運転手?」

「そこまでだけな」

 ちょっとお使いに、と彼は面白くもなさそうに嘯く。

 警備の兵士たちに見送られてコンクリート塀の外へと出てもまだ、蛇腹の鉄条網がボクらを囲んでいる。

 それを越えた道の脇に、男が一人佇んでいた。全身を黒いボロ布で覆っている。

 またテロリストだろうか、と思ったとき、どん、と重たい音が頭上でした。シシリが機関銃を天井に置いたのだろう。その射撃軸を、見る必要もなく理解する。

 ボクは荒野で孤独に立つ、いや、即席の杭に体を括りつけられて立たされている男に目を凝らす。耳を澄ませば悲鳴とも罵声ともつかない騒音も聞こえる。

 昨日、ボクらのエレベータに手榴弾を投げ込んだ男だった。

「あの人も民間軍事警備会社PMSCsの兵士なんだよね」

「小金稼ぎに手榴弾投げるバカはテロリストに近いだろ」

「どうして……」

「ん?」

「どうして、あの人はボクらを狙ったんだろう」

 そんなことか、とでも言いた気にリューイはハンドルを両腕で抱えた。とろとろと寝惚けた速度でタンドラが鉄条網の波を出る。

「可能性は二つ。単なる趣味」

「趣味? 人殺しが?」

「あの男、部屋の壁一面にフリーザーパック飾ってるようなイカレた奴だぞ。爆死した人間の指だの頭蓋骨だのを入れてな。で、ついた渾名がCB。クレイジー・ブルーノの略だ」

 はは、と悪趣味な冗談と笑い飛ばそうとして、でもリューイの心底つまらなさそうな表情が目に入って、やめた。どこまで本当かわからないけれど、少なくともクレイジーな男だったというのは確からしい。

 そんなボクを横目に、リューイは「二つ目」と唇の端を吊り上げる。

「お前かジギィかロシナンテか、三人の内の誰かが奴の標的だった場合だ」

「やっぱり恨まれてるじゃないか、〈タルト・タタン〉」

「そりゃお前、CBにって意味ならイエスだが……まあ、別に恨まれてビビるような相手でもないしな」

「手榴弾を抛り込まれてるのに?」

「いっても手榴弾だろ。軍を護ってた時代からずっと、エクスパット海外出稼人にとって一番怖いのはIEDだ。釘だの金属片だのならまだしも、死体爆弾でも食らって生き残ってみろ。他人の骨が自分の体に食い込んで延々と膿みつづけるんだぞ」

 想像したくもなかったから、ボクは前半の話題にだけ食いつく。

「あの人、軍にいたの?」

「CBが? まさか、なんでそういう話になる」

「だって、軍を護ってたって」

「PMSCsが正規軍を護ってた時代って話だよ」

「軍を、護るの? 逆じゃなくて? どうして?」

「犠牲者数だよ。正規軍で出た死傷者はきっちり集計されて、国中に発表されるだろ。犠牲者が増えりゃ軍隊を派遣してる国じゃ支持率が下がる、支持を失えば軍を撤退させるしかない、一度送った部隊を戦果もなしに引くってことは即ち国策の失敗を認めることだ。が、傭兵はどこで誰がどれだけ死のうと『なかったこと』にできる。遺族年金も要らない。だから、政府は莫大な国費を注ぎこんで傭兵を雇う。そっちの方が安上がりなんだ」

「支持率とか安上がりとか、そんな理由で命を賭けるの?」

「安上がり、つってもイラク戦争でこの業界に流れ込んだ金は厖大だぞ。イラクバブルなんて呼ばれるくらいだ。傭兵個人の稼ぎもバカみたいに跳ね上がったしな」

「具体的にいくらくらい?」

「社にもよるが、最低月給で七〇〇〇ドル前後ってとこか。そこに成功報酬だの一マガジン撃っていくらだのテロリスト一人頭の賞金だの、近場で爆発があれば危険手当が一発二〇〇〇ドルとかってのが加わって、まあ一万ドルは下らない。現場に出れば出るだけ稼げた時代もあったって話だ」

 ざっと日本円に換算して、眩暈がした。ボクを養ってくれていた伯母夫婦は裕福な部類に入っているけれど、それにしたって人を殺して殺されて最低七〇〇〇ドルなんて世界は理解の外だ。

「もっとも、イラク戦争が終ってパトロンだったアメリカは撤退した。供給過多になったこの業界にもう旨味はない。好き勝手に銃を撃つだけで大金が転がり込んでくることに慣れた甘ちゃん連中に、本来の傭兵の給料はきついだろうな。イラクバブルの夢から醒めきれず給料のいいほうに寝返ってみたり、バイトに精を出してみたり、いろいろ手広くやりたくなる気持はわからなくもない」

「今のリューイもエレベータに爆弾を抛り込みたくなるくらいの給料なの?」

 ちらりと天井へ視線をやったリューイは、「待遇に不満は、あんまりない」と言ってタンドラを停車させる。

 杭に括られた男との距離は一〇〇メートル弱だろうか。血だらけの顔の中で白目だけがぎょろりと蠢いているのがわかる。なんだか懐かしい光景だ。

「なんにしろ、この業界は信用第一だ。〈アウトカムズ〉の連中だって裏切りは怖い。敵と撃ち合ってる最中に背中から撃たれるなんて、戦闘中はざらだしな。だからシシリがどんな制裁を加えたって誰も止められないし、咎められもしない。むしろ未然に危険因子を排除してもらえてラッキー、くらいに思ってるかもな」

 ボクは首を捻ってリアウィンドを塞ぐシシリの膝を振り返る。文字通り、信用を失うってことは命を失うことと同意らしい。

「でもまあ」生欠伸交じりにリューイが続ける。「もしジギィになんかあったら、〈アウトカムズ〉の全員があそこに並んでただろうな。目的がなんであれ、ジギィを巻き込むなら真っ先にシシリを排除しとくべきだったんだ」

「……シシリって、ジギィのなんなの?」

「なにって?」

「恋人?」

「まさか」はっと鼻で嗤ってから、リューイは自信なさ気に「たぶん」と続ける。「死ぬ理由ってとこじゃないか?」

「その『たぶん』ってどっちにかかるの?」

「両方。たぶん違うし、たぶん死ぬ」

「失恋は死に値する?」

 昨夜のリューイの発言を蒸し返そうとしたところで、騒ぎ立てた天井に遮られた。PK機関銃の衝撃と空薬莢の雨だ。でも、一秒にも満たない。

 男の体が中央から消し飛んだ。きっと爆弾でも持たされていたんだろう。タンドラの窓が風圧でじりじりと鳴いた。

「目には目を」

「ハンムラビ法典かよ」

 バカらしい、とリューイが鼻息で吹き飛ばす。

 でもボクにとっては強ち間違ってもいない。だってボクはその法律が有効であることを知っている。この手で執行したことだってある。

 執行した? と自分の思考に疑問を抱いた。手を見下ろす。一人前にシューティンググローブを嵌めた、そのくせ武器を扱えるわけでもない空っぽの掌だ。

 ボクは、誰をどうやって処断したんだっけ?

 欠けた記憶のどこかに答があるのか、はたまたこの現状に触発されたボクの妄想なのか、ひょっとしたら今朝見た夢の内容だったのかもしれない。

 ウィンとウォッシャー液が起動した。フロントウィンドに張り付いたクリーム色の脂肪だか骨の欠片だかを、ワイパーがあっさりと拭い去る。

 車内を冷やすクーラーに負けて、リューイが小さなくしゃみをした。

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