第6話 大切な探し物

 土砂降りの雨の中、一人の少年が涙を流しながら歩道を歩いていた。

 少年の他に、周りに人は見当たらない。

 当然だ。こんな激しい雨の中、好き好んで外を出歩くような人間はそうはいないだろう。

 況して、大人が子供を出歩かせる訳がない。

 しかし、少年はそんな雨の中一人で歩いていた。

 何が悲しいのか、絶えず涙を流しながら。


 少年は横断歩道の前で立ち止まった。先にある歩行者用の信号が赤く照らされ、停止を示しているからである。

 少年の目の前で、幾つかの車が行き交っていく。

 すると、左の方から一際大きい車がこちらに向かってくるのが見えた。

 少年は何かを決意したように前を向き、涙を拭った。そして……















………少年は道路に飛び出した。




***




 どさっ!!


 何かの衝撃と音で、秋斗は目を覚ました。

 どうやら寝ている最中にベットから落ちてしまったようだ。


 変な夢だった。妙に生々しく、実際にあの場面に遭遇した事があったかのようだった。

 しかし、そんな記憶は秋斗には無かった。

 何かが頬を伝うのを感じ指で拭ってみると、それは涙だった。

 何で涙を流しているか?不思議に思いながら、ベットの下に目を向けた。普段滅多に見ない所だが、目の端に何かがあるのが見えたからだ。

 そこには紙のような物があり手に取ってみると、紙のような物は写真だった。

 写真に写っている物を見て、秋斗の眠気が一気に吹き飛んだ。

 写真には何人かの男女が笑顔で写っていて、全員が頭の上に花の冠をかぶっていた。

 その中でも、秋斗が驚いたのが一人の少女と一人の少年である。

 なんと写真に写っている少年は小さい頃の秋斗であり、少女の方は写真部のアルバムで見た黒野のお姉さんだったからである。


 何故こんな写真があるのか?


 何故黒野の姉さんと一緒に自分が写っているのか?


 周りの人は誰なのか?


 そもそもこの写真はいつ、何処で撮られたのか?


 様々な疑問が出てくる中、急にスマホが鳴り出した。

 音に驚きながら見てみると、スマホの画面には天晴と文字が映し出されていた。

 朝から何の用だと多少の億劫を感じつつ、秋斗は画面の応答をタップし電話に出た。


「もしもし」


「グッドモーニング!、ボンジュール!、ブエノスディアス!、グーテンモルゲン!、ブオ……」


 秋斗は電話を切った。

 少し間があった後に天晴からまた電話が掛かってきたので、もう一回電話に出てみた。


「ブオ……」


 速攻で電話を切る。初めの言葉から先程の続きを言おうとしている事が分かったからだ。

 また少しの間があった後に、天晴からまたまた電話が掛かってきた。

 今度同じような事を繰り返してきたら、二度とこいつの電話には出ないでおこうと決意し、秋斗は三度目の電話に出た。


「おっは~、アッキー!俺のお目覚めコールはどうだった?」


「次同じような事をしてきたら、連絡先からお前の名前を消そうと思ってたんだがな」


「それはそれで、これから非通知として電話を掛けれるから面白いけど」


「…………それで用件は?」


「はいはい。今日の事、覚えてる?」


「ああ、覚えてる」


 今日の事とは、写真部の活動の事である。先日の部室で雨宮がいきなり、今度の休みにみんなで写真を撮りに行こうと言い出したのだ。

 当然、秋斗は拒もうとした。折角、学校がないというのに、何故わざわざ外出しなければいけないのか。

 インドア派の秋斗には、休日に外に出て写真を撮りに行くなど面倒極まりない事である。しかし、結局(いつもの事ながら)秋斗は雨宮の提案に渋々了承する事になった。


「……面倒だな」


「そんな秋斗にサプライズ!雨宮さんに秋斗を迎えに行くように頼んでおいたから。身嗜みはきちんとしておくべきだと思うよ。雨宮さんにありのままの自分を見せたいっていうのなら話は別だけどね~。それじゃあ、チャオ!」


 秋斗に有無を言わせず、天晴の電話は切られた。

 

「……ただのドタキャン防止だろ」


 切られた電話を眺めながら、秋斗は呟いた。


 スマホを置き、謎の写真をもう一度見る。

 何度思い出そうとしても、こんな写真を撮った覚えがない。

 秋斗は立ち上がり、謎の写真を机に置いた。

 そして写真の事を考えながら、身支度を整えに部屋を後にした。




***




 身支度を整え、秋斗が時間潰しをしていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。

 やっと来たかと思いながら、点けていたテレビのを消して、インターホンに出た。秋斗はマンションに住んでいるため、相手はエントランスから出ていることになる。

 

「はい」


「桐谷くんのお宅ですか?僕、桐谷くんの友達の雨宮って言います。桐谷くんはいますか?」


「本人だ。今、行くから待ってろ」


「……りょうかーい!」


 インターホンを切り、秋斗はエントランスに向かった。

 エントランスに着くと、自動ドアの向かい側で雨宮が待っていた。


「おはよう!」


 自動ドアが開いて直ぐ、雨宮が元気よく朝の挨拶をしてきた。


「ああ」


「あんまり驚いてないね。僕が来るの知ってたの?」


「朝、天晴から電話があったからな」


「そうなんだ」


「別に迎えに来なくても良かったんじゃないか?面倒だろ」


「ううん、桐谷の家にも興味があったし。それに天海くんが桐谷は時間にルーズだから、迎えに行った方がいいかもって言ってたし」


「……否定できない」


 天晴が雨宮に伝えた通り、秋斗は約束した時間などにギリギリに着くか、遅れてくるかのどちらかである。そのほとんどの理由が寝過ごしにあるのだが。今回の場合は、朝の夢と写真、天晴の電話の事もあって寝過ごす事はなく、雨宮の迎えを待つ事ができた。


「ほら、行こう。桐谷」


「はいはい」


 雨宮の後を追い秋斗はマンションを出た。


 待ち合わせの場所は駅前にある時計塔の下であり、秋斗の家から駅前までは歩いて三十分ぐらいかかる。歩くにしては遠い距離なので、普段は自転車を使うのだが、雨宮が徒歩で自分だけ自転車というのもおかしな話だ。

 それなら二人乗りをすればいいのでは?と思うかもしれないが、以前、天晴との二人乗りで酷い目に遭ってから、秋斗は二人乗りを二度としないと決めていた。


「桐谷は天海くんみたいに兄弟とかいるの?」


「姉が一人だけだ。雨宮はどうなんだ?」


「僕は一人っ子だよ。桐谷のお姉さんってどんな人?」


「自分勝手で横暴な女だよ。ちょっと反抗すると、直ぐ暴力を振るってくる」


「へー、桐谷とは正反対の人だね」


「自分勝手なのは、雨宮に似ているけどな」


「あはは~」


 秋斗の言葉を笑って誤魔化す雨宮。

 そこで、前に天晴が変な事を言ってきたのを秋斗は思い出した。


 確か、俺が雨宮に甘いとか言ってたな。あの時は拒絶しない方が楽だからと答えたが、もしかしたら姉貴の事があるからかもな。姉貴の場合、逆らうと後が怖いし。自然に自分勝手な要望を断れなくなってるのかもしれない。


 そうやって姉と雨宮を照らし合わせ、一人で考えていると、待ち合わせまで半分ぐらいの距離まで来ていた。道路の向かい側には、テスコートが見える。


「桐谷はさ、スポーツとかしないの?」


「しないな」


「全く?」


「全く」


「そうなんだ。でも確かに、桐谷が汗水流して何かしている姿なんて、想像できないかも」


「そう言うお前は?」


「私はするよ。中学の頃はバスケ部だったし」


「体動かすの好きそうだもんな。でも、何でバスケ部に入らなかったんだ?俺らの高校でも、女子バスケ部があっただろ?」


「あったし、中学の頃の友達にも誘われたよ」


「じゃあ、何で入らなかったんだ?」


「……写真部が面白そうだと思ったからだよ。運動部以外の部活にも興味あったし、音夢にも誘われたしね」


「ふーん」


「……それだけじゃないけど」

 

 一瞬、雨宮が何かを言ったように聞こえたが、独り言だろうと思い、桐谷は問いかける事をしなかった。


 その後は二人とも何かを話す事もなく、待ち合わせ場所に10分前ぐらいに到着した。既に天晴と黒野が時計塔の下で待っていた。


「二人とも早いね」


「女性を待たせるのは、ナンセンスだからね」


 桐谷の方を見て言う天晴。


 こっちを見るなこっちを。


「じゃあ早速、二人一組に分かれよっか」


 途端に雨宮がそんな事を言い出した。


「何で分かれるんだ?」


「僕が持っている写真部のカメラと音夢が持ってるカメラの二つで写真を撮ろうと思ってるから。四人でいるより、二人一組で写真を撮った方が効率がいいと思って」


「ならどうやって分かれるかだね。グッとパーでいいかな?」


 天晴の提案に「いいよ」と雨宮が手を出して賛同する。

 秋斗と黒野もそれで構わないという感じで手を出し、最後に天晴が手を出して、掛け声を始めた。


「それじゃあ、行くよ。……グッとパー!」


 それぞれが天晴の掛け声で手を出した。

 組み分けは一発で決まった。




***




 時計塔からしばらく歩いた所に、大きな河川敷がある。

 その河川敷では、夏になると花火大会などが開かれ、様々な屋台が立ち並ぶ場所である。

 そんな河川敷を秋斗は、同じグーを出した黒野と一緒に、撮影テーマに合う何かを探しながら歩いていた。

 撮影テーマは『出来事』であり、先程のグッとパーでペアになった後、雨宮が指定してきたものである。

 しかし、テーマを『出来事』に指定するなんて何か起きないか期待しているのが丸分かりだ。


「ていうか『出来事』なんてどうやって撮るんだ?」


「……何か起きたら、撮ればいい」


 秋斗のもらした言葉に隣を歩く黒野が答えた。


「何も起きなかったら?」


「自分たちで起こす?」


「何を?」


「何かを」


 答えになってるような、なってないような。


「じゃあ、何も起きなかったら川にでも飛び込むか」


「バッチリ撮る」


「冗句だぞ」


「……」


「冗句だからな」


 何も答えない黒野に、二度同じ言葉で強調する秋斗。黒野も秋斗が言った事は冗句だと分かっているだろうが、念の為である。



 しばらく歩いてみたが特に何も起こることはなく、秋斗と黒野はとりあえずベンチで休憩することにした。

 ベンチに座って周りをよく見ると、ランニングをしてる人、犬と散歩をしてる人、ボールで遊んでる子供達、様々な人がこの河川敷にいることが分かった。


 これだけの人がいても、何も起きないんだよな。幾ら写真を撮るためだからと言っても、面倒だから何も起きて欲しくないけど。


「それで、お前は何してんだ?」


「……犬とお話」


 黒野はいつの間にか野良犬と一緒にいた。

 秋斗が野良犬と判断したのは、首輪を付けていないのと身なりの悪さからである。それにしても、今時野良犬なんて珍しい。


「高校生にもなって、動物とお話か。それで、その犬はなんて言ってるんだ?」


「……私の隣にいる人を川に落としたいって」


「それお前の願望だろ」


「……」


 黒野はまた何も答えず、秋斗はそれにため息を吐いた。


「その犬、何か咥えてないか?」


「うん。テニスボールみたい」


「なんでそんなの咥えてんだ?取ってこいでもしてほしいのか?」


「……口から離そうとしない」


 野良犬が咥えているボールを黒野が取ろうとするが、野良犬は意地として離そうとしなかった。

 すると野良犬は愛想を尽かしたのか、どこかに行ってしまった。

 黒野は行ってしまった野良犬の方を、物足りなさそうに見ていた。


 触り足りなかったのか?


「私の家、犬飼ってるの」


「勝手に猫派だと思ってた」


「咲ちゃんは猫派だって」


「天晴は動物が好きじゃないって言ってたな」


「桐谷くんは?」

 

「嫌いではない」


「ふーん」


「……」


「……」


 そこで会話が途切れてしまう。

 端から見たら、今の二人の空気はとても気まずいものに見えると思う。

 しかし、普段他人や周りの事をほとんど考えない秋斗はそんな事を微塵も感じておらず、川の流れを何も考えないで見ていた。

 そして黒野も黒野で、気まずさなど感じる様子もなく、カメラに保存している写真を見ていた。

 秋斗はふと黒野が見ているカメラの写真に目が引かれた。

 その写真には黒野のお姉さんが写っていた。

 秋斗はそれに少し驚き、黒野の様子をうかがった。

 黒野は感情をあまり表情に出さない奴だ。それにお姉さんの事は、もう慣れたと前に言っていた。それでも、その写真を見る黒野の表情は少し悲しそうに見えた。


「……なあ、お前のお姉さんって、何で死んだんだ?」


 ……あっ。


 その質問が相手の事を全然考えていないものだと、秋斗は言葉を出した後に気付いた。


 まあいいか。出してしまったものはしょうがない。それに気になってた事だし。


 と秋斗は開き直った。

 黒野の方は秋斗のその質問を聞いても、驚いている様子は見られなかった。それがポーカーフェイスなのか、本当に何も感じていないのか、秋斗には分からなかった。

 

「……何でそんな事聞くの?」


「答えたくなかったら、答えなくていい」


 別に無理に聞きたい訳じゃない。


「……」


 何も答えない黒野。黙るのはこれで二回目だが、先程の冗句の話とは違い、今の話は真剣だ。

 黒野もそれが分かっていて、どうしようか考えてくれているのだと思う。多分。


「……あの人、さっきから何してるんだろう?」


「ん?」


 黒野が見ている方を俺も見てみると、草が生い茂った場所で何やら下を見ながらキョロキョロしている人がいた。

 服装からして、女性だと分かる。


「何か探しているみたいだな」


「……」


 黒野は何も言わず立ち上がると、その女性の方へ歩いて行った。


 おいおい、マジかよ。


 ここに雨宮がいたら絶対に首を突っ込みに行くだろうな。とか考えていたら、まさか黒野が関わりに行こうとするとは予想外だった。

 そのため制止の声を掛ける事もできず、女性の方へ歩いて行く黒野を呆然と見ていることしかできなかった。




***




「……何探してるの?」


「え?」


 黒野にいきなり話しかけられ、驚きながらこちらに振り向く女性。


「……えっと」


「……」


 困惑し出す女性。

 それはそうだ。話しかけてきた人物が最初の一言以外無言を貫いているのだから。

 すると無言で秋斗の方を見てくる黒野。途中から黒野の後を追っていたので、秋斗は黒野の後ろ隣に立っていた。

 隣ではなく後ろ隣に立っていたのは、黒野が女性にどのように首を突っ込むのかを傍観するためだったのだが、


 まさかここからは俺が聞けと?自分から話しかけておいて後は人任せかよ。


 秋斗はため息を吐きながら、黒野の隣に立った。


「すいません。さっきから何か探しているようだったんで気になって。何を探しているんですか?」


 慣れない敬語で、黒野が聞きたかったであろう事を女性に聞く秋斗。隣で黒野が俺の話に頷いているので、聞きたかった事は合っているのだろう。ていうか、自分で聞けよ。

 

「……鍵のペンダントを探しているんです。これぐらいの銀色のなんですけど、見てませんか?」


 女性は人差し指と親指で鍵の大きさを教えてくれた。


「見てないですね。黒野は?」


「……見てない」


「そうですか……」


 見るからに残念そうな顔をする女性。


「そんなに大事な物なんですか?」


「はい」


「……」


 ここまで話を聞いた大抵の人なら、彼女の大切な物探しを手伝おうとすると思う。しかし秋斗は、

 

 ……聞きたい事は聞いた。俺達がこの人に関わる必要はもうないだろう。めんどくさいし。


 と女性の話を聞いても無関心であった。


「それじゃ……」


「手伝う」


 えっ!?


 秋斗がお暇の言葉を女性に掛けようとした瞬間、黒野が秋斗の言葉に割って入ってきた。


「そんな悪いです」


「大丈夫………………でしょ?」


 秋斗の方を見て、聞いてくる黒野。

 雨宮と違ってこちらの意見を聞いてくれるのは嬉しいが、できれば相手に言う前に聞いて欲しかった。

 ここで俺が断ったとしても、黒野は一人で女性を手伝うだろう。

 

「…………はぁ、そうだな」


 流石に秋斗もここで断る事はできなかった。


「という事で、俺達もそのペンダント探しを手伝います。いいですか?」


「手伝って貰えるのは嬉しいんですが、あなた達はいいんですか?折角のお二人の時間を私なんかに割いてしまって……、デート中なんじゃ……」


「……」

「……」


 無言になりながら、お互いにお互いの顔を見る秋斗と黒野。


 休日に男子と女子が二人で河川敷を散歩。端から見たら、デートに見えるのか?


 黒野の表情を見ても、無表情すぎて何を考えてるのか読めない。


「俺達は写真部の活動で一緒にいるだけで、そんな特別な関係じゃないですよ」


「……そうなんですか。それじゃあ、あの、お願いしてもいいですか?」


「任せて」


 女性の言葉に張り切った?声で答える黒野。

 雨宮だったら女性が何を探してるいのか?何故探しているのか?知りたいから関わろうとするのだろうが、黒野が何で関わろうとするのかは、秋斗には分からなかった。


 ……どうでもいいか。あー、早く帰りたい。


 秋斗は流れる川を見ながら、そう思った。




***




 女性と一緒に鍵のペンダント探しを始めた秋斗と黒野。

 しかし、いくら河川敷の周りを探してもそれは見つからなかった。

 

 こんな広い河川敷から、ペンダントを探し出すなんて不可能なんじゃないのか?先ず、本当にここにあるのかも疑わしくなってきた。


「すいません、飛騨さん。ここ以外の場所で落としたって事はないんですか?」


 飛騨さんとは鍵のペンダントを一人で探していた女性の事であり、三人で探し始める前にお互い自己紹介をしておいた。

 

「はい。家や仕事場なども探したので、あと心当たりがあるのはこの河川敷ぐらいなので」


「そうですか……。差し支えなければ、そのペンダントが無くなった日の事を教えてもらえませんか?何か気付く事があるかもしれませんし」


 秋斗の話に飛騨さんは「そうですね」と納得してくれ、俺は黒野を呼んでペンダントが無くなった日の事を一緒に聞く事にした。


「つい昨日の事なんですけど、午前中は洗濯や掃除をしていたのでずっと家にいて、午後はインストラクターの仕事があったので、仕事の準備をしてました。ちょっとゆっくりし過ぎて仕事に遅れそうになってしまい、急いで家を出ました。その時にペンダントを首に掛けたんです。家を出るときは、いつも掛けるようにしているので……」


「それから仕事に向かうのにこの河川敷を走って通っていたら途中で転んでしまったんです。けど、仕事にはなんとか間に合いました。……仕事が終わった後は晩御飯の食材を買うためにスーパーに寄ったんで、河川敷を通らないで家に帰りました」


「家に帰った後、普段着に着替えようとした時に首にペンダントが無い事に気付いたんです。初めは仕事場に忘れてしまったと思い、直ぐに電話して確認してもらったんですけど、無かったみたいで。何処で無くしたんだろうって考えてたら、ここで転んだ事を思い出して、その時に落としたんじゃ無いかと思って探しに来たんです。……結局、昨日は見つけることができず、今日も探しに来ているという訳です」


 そして、飛騨さんの昨日の話が終わった。

 飛騨さんの話を聞いた限り、この河川敷でペンダントを落とした可能性は高いと思う。

 多分、仕事に遅れそうになった時に焦ってペンダントを首に掛けたから、フックのかかりが甘かったか、かける所を間違えたのだろう。その為、転んだ拍子に簡単に外れてしまったのだと思う。


 だったらなんで見つからないんだ?


「どうでしたか?……私の話。何か参考になりましたか?」


「……そうですね。確認なんですけど、転んだ場所はこの付近で間違いありませんか?」


 飛騨さんはこの付近を捜してほしいと、捜し始める前に言ってきた。もし転んだ場所がこの近くでなければ、俺達は全く見当違いの所を捜していた事になる。……もしそうだったら、襲ってくる徒労感が半端じゃない。それだけはやめて欲しい。


「はい、間違いありません。転んだのをあそこのベンチで座っていた男の人に見られたのを覚えているので」


 飛騨さんが指差すベンチは、先程、秋斗と黒野が座っていたベンチだった。


「その男の人は転んだのを見て、何もしてくれなかったんですか?」


「いえ、『大丈夫ですか?』と駆け寄って来てくれたんですけど、急いでいたのでお礼だけ言って直ぐにその場を離れました」


「……」


 この付近で間違い無い。でも探し続けても見つからない。誰かが持って行ってしまったのか?それともここで落としたのではないのか?


 でも落ちてるペンダントなんて拾って付けるような人はいないと思うし、落とした場所はここ以外の他に心当たりはない。……どういう事だ?


「……」


「あの、もういいですよ」


 秋斗が思案していると飛騨さんが突然言ってきた。


「これ以上あなた達に迷惑をかける訳にはいけません。。ペンダントは…………諦めます。これだけ探しても見つからないんじゃ、仕方ないですよ」


 若干俯きながら話す飛騨さん。

 それを見て秋斗は、


 絶対諦めきれてないよこの人。俺達が帰った後に一人で探し始めるよ、きっと。


と思っていた。

 秋斗はどうするかと考えながら黒野の方を見ると、黒野も秋斗の方を見てきた。

 黒野は何も言わないが、その目は諦めたくないと訴えているようだった。


 ……ここで諦めるのも後味が悪いか……。


「……もう少し頑張ってみませんか?」


「でも……」


「俺達の事は気にしないでください。それよりも、飛騨さん本当に諦められるんですか?」


「……」


 秋斗の言葉に戸惑う飛騨さん。そして考える、自分が本当はどうしたいのかを……。


「……いいえ、諦められません。祖母から貰った大切な物なんです。すみません、もう少し私に付き合ってもらってもいいですか?」


 飛騨さんの目は先程までの申し訳なさそうな弱気な目ではなく、これまでにないぐらい真剣な目で秋斗達に頼んできた。

 それに秋斗は、変わらない態度で淡々と「分かりました」と答えた。


「それじゃ、黒野と飛騨さんはもう少しこの付近を探してもらってもいいですか?」


 ロケット探しを再開する前に秋斗が言い出した。


「桐谷くんは?」


「俺はロケットが交番に届けられてないか見てくる。もしかしたら、声をかけてくれた男性が見つけて届けてくれたかもしれないからな」


「……分かった」


 そして秋斗は黒野達と一旦別れた。



 近くの交番といえば、雨宮達と決めた集合場所の近くにあった事を思い出し、元来た道を戻って行く秋斗。

 その道は最初に来たものとは違い、人が少なく殺風景だった。


 結構時間経ってると思うし、当たり前か。…………!?


 すると草むらの中から一匹の犬が秋斗の前に出てきた。


 何ださっきの犬かよ……。


 その犬は秋斗達が休憩している時に黒野が戯れていた野良犬だった。

 野良犬は一度秋斗の方を見たが、すぐに目を離し橋の方に歩いて行ってしまった。


 ……。


 黒野達が頑張ってペンダントを探している中、すぐにでも交番に行きそれが届けられてないか確認しに行かなければならないのにも拘らず、秋斗はその場に立ち尽くしていた。ある物をずっと見ながら……。




***




 秋斗が交番に鍵のペンダントが届けられてないか確認しに行ってしばらく経ったが、未だに秋斗は戻って来ず黒野と飛騨さんはロケットを見つけられないでいた。


「桐谷さん遅いですね。何かあったのでしょうか?」


「…………分からない」


 ただ遅くなっているだけなのか?


 交番の場所が分からず迷っているのか?


 まさか私達を置いて一人で帰ってしまったのか?


 それとも本当に何かあったのか?


 戻りの遅い秋斗に不安が募っていく黒野達。


「あっ、帰って来ましたよ!」


「!?」


 突然、飛騨さんが声を出したことに驚きながらも、黒野はすぐに顔を上げ飛騨さんが見てる方を見た。

 そこには、心底だるそうにポケットに両手を突っ込んで歩く秋斗がいた。


「すいません。遅くなりました」


 特に悪びれなく謝る秋斗。


「随分遅かったですね。それで交番には?」


 それを聞き秋斗はポケットから右手を出し、飛騨さんに何かを渡した。

 それを見て驚く飛騨さん。秋斗が渡したそれは、飛騨さんがずっと探していた鍵のペンダントだった。


「交番に届けてありました。多分、飛騨さんが転んだ時に声をかけてくれた男性が届けてくれたんじゃないですか?」


「……あ、あの、本当にありがとうございます。あなた達がいなかったら、きっともう諦めていたと思います」


 銀色のロケットを大事そうに持ちながら、頭を下げる飛騨さん。


「……そんな事ないですよ。飛騨さんなら俺たちがいなくても、自力で見つけ出していたと思います。……それじゃ、俺達はこれで失礼します」


「本当に、本当にありがとうございました」


 そうして、秋斗と黒野は飛騨さんと別れた。


 

 やっと帰れる。と脱力感に浸りながら、秋斗はある事を思い出した。


 そういえば、写真を全く撮っていない。


 カメラは黒野が持っているため、何か撮っていないか聞こうとすると、黒野はジッとこちらの方を見ていた。


「な、何だ?」


「……何で遅かったの?」


「……道に迷っ」


「嘘」


 秋斗が言葉を言い切る前に一言で打ち消す黒野。嘘でもせめて最後まで言わせて欲しいものだ。

 又もや黒野はこちらをジッと見てきた。しかし今度は秋斗の目ではなく、秋斗の左腕をだ。


「……左手出して」


「何で?」


「いいから」


「ツッ……!」


 強引に秋斗の左手をポケットから出す黒野。

 秋斗の左手は手のひらの中心部分がぱっくり切れ、全体が血で赤く染まっており、とても痛々しいものだった。

 

「!?」


「……」


「来て」


「お、おいっ」


 いきなり秋斗の腕を掴み、強引に引っ張っていく黒野。

 一体何処に連れて行かれるというのだろうか……。




***




「……入って」


 家のドアを開きながら黒野が秋斗に言ってくる。

 黒野に強引に連れて来られた場所は、黒野の家だった。


 河川敷から近かったのか。


「お邪魔します」


 黒野に促され家に入る秋斗。

 家の中は物静かで俺たち以外には誰もいないようだった。

 黒野はそのまま秋斗をリビングに迎え椅子に座らせると、一人何処かに行ってしまった。

 しかし黒野はすぐ戻って来て、その手には救急箱を持っていた。


「……左手出して」


 黒野の言葉に黙って従う秋斗。


 正直、左手の治療の為に連れて行かれるのだろうと予想はしていたが、まさか黒野の家に来る事になるとは予想外だったな。


 秋斗がそんな事を考えながら部屋の中を見ていると、いつの間にか左手は包帯で巻かれ、処置が終わった。

 

「大袈裟じゃないか?手の怪我ぐらいで包帯なんて」


「……」


 秋斗の言葉に黒野は何も答えない。

 初めての女子の家に二人っきり、しかも女の子に怪我の手当てを受けてしまった。流石の秋斗も今の状況は、気まずさを感じずにはいられなかった。

 気持ちの切り替えのために秋斗は少し深めに息を吸い、そして吐いた。


「……本当は交番には行かなかった」


「……」


 秋斗の言葉に何も言わない黒野。

 秋斗はそのまま言葉を続けた。


「交番に向かう途中、テニスボールを咥えていた野良犬と偶然会ったんだよ。その時、野良犬はテニスボールじゃなくてボロボロになった人形を咥えていた。それでテニスボールは何処にやったのか疑問に思ったんだ」


「黒野が取ろうとした時、あの野良犬はテニスボールを頑なに離そうとしなかったのにそれを手放して違う物を咥えていた。もしかしたら、野良犬は落ちている物を拾っては何処かに集めているんじゃないかと思って、俺は野良犬の跡をつけていったんだ」


「予想通り野良犬は河川敷に落ちているガラクタを橋の下に集めていたよ。それで野良犬がいなくなった隙にガラクタの山を探したら、飛騨さんのであろう鍵のペンダントを見つけたんだ」


「……この手の傷はガラクタの山から、ペンダントを探している時に破片か何かで怪我したものだ」


 そして秋斗のペンダントを見つけるまでの話は終わった。

 すると秋斗の右ポケットに入っているスマホが震え出した。

 スマホ取り出して画面を見てみると、非通知設定という文字が映し出されていたが、秋斗は何となく誰からの電話なのかは分かったので、電話に出た。


「もしもし」


「…………もう集合時間はとっくに過ぎてるんだけど」

 

 やっぱり雨宮か……。


 非通知電話の相手は予想した通り雨宮だったが、その声は少し機嫌が悪そうだ。


「天晴に(番号を)聞いたのか?」


「天海くんが教えてくれたの。それで今どこにいるの?」


「河川敷の近くだ」


 平気で嘘をつく秋斗。

 ここで黒野の家にいるなんて言ったら、後々面倒だと思ったからだ。特にあの金頭とかは散々からかってきそうだ。


「何か撮れた?」


「あんなテーマで撮れるわけないだろ」


「そんな事ないよ!」


「なら、そっちは何か撮れたのか?」


「…………え、えーっと」


「撮れてないんだな」


「……うん」


 そんな事だろうと思った。そもそもテーマが「出来事」なんて写真を撮るには難しすぎる。何も起きなければ撮りようがないし。


「俺に考えがあるからそこで待ってろ。今から向かう」


「考えってなっ……!?」


 秋斗は電話を切った。切る瞬間に雨宮が何か言っていたような気がしたが、どうせ今から会いに行くのだから気にしない事にした。




***




 その後、黒野の家を出た秋斗達は雨宮達が待っている最初の集合場所に向かった。

 集合場所にある時計塔の下には、雨宮と天晴が二人並んで待っていた。


「もう遅いよ、二人とも!」


「悪い悪い」


「……ごめん」


 雨宮の叱責に秋斗は特に気にする事なく、黒野は申し訳なさそうに謝った。


「それで、桐谷が言ってた考えって何なの?さっきはいきなり電話を切るから気になるんだけど」


「それはだな、どっかの誰かさんが『出来事』何て難題なテーマにした所為で、写真を一枚も撮る事ができてないこの状況をどうにかする方法だ」


「それってどんな?」


 秋斗の考えに興味津々という雨宮。

 天晴と黒野も雨宮ほどじゃないが、気になっているようだった。

 

「なんてことはない、俺達写真部の初めての野外活動という出来事として、全員で写真を撮ればいいんだ」


 秋斗の答えに全員が関心から感心といった感じの顔になった。


「いいね、それ!」


「そうだね、流石アッキー。ベストアイディア!」


「……」


「それじゃあ、発案者であるアッキーが責任を持って、そこらの人に写真を撮ってくれないか頼んできてよ」


「何で俺が?」


「だってアッキーが考えたことだし、集合時間に遅れてきた罰だよ」


「むっ……」


 何も言い返せない。


「……私が行ってくる」


 そう言って、黒野は歩いている人に写真を撮ってくれないかを頼みに行った。


「おやおや、黒野さん積極的だね。何かあったのかいアッキー?」


「何で俺に聞く」


「だって黒野さんってあまり自分から動くような人じゃないからさ」


 そんな事はないと思うが。


と河川敷の事を思い出す秋斗。


「だからさ秋斗が黒野さんと二人っきりの時に、何かあったんじゃないかと思ってさ」


 秋斗の肩に肘を乗せて天晴が聞いてくる。本当に鬱陶しい奴だ。


「何もない」


「本当に~?」


「ああ」


「本当の本当に~?」


「ああ」


「本当の本当に何もなかったの~?」


「しつこい。何でそんなに気になるんだ?」


「それはね……、雨宮さんが気にしてるようだったからさ」


 急に耳元でそんな事を言ってくる天晴。


「は?何で?」


「さあね~」


 何故かニヤニヤとこちらを見てくる天晴は、それ以上何も言ってこなかった。


 何でそこで雨宮が出てくるんだ?


 疑問に思った秋斗だが、丁度黒野が写真を撮ってくれる人を連れて来たので、気にしない事にした。

 

「行きますよ。ハイ、チーズ」


 男の人の合図でカメラのシャッターが切られ、俺達は時計塔をバックに全員で写真を撮った。

 そして、写真部の初めての野外活動は終わりを迎えた。




***




「はぁー、疲れた」


 帰り道を歩きながら、秋斗はため息を吐いてぼやいていた。


 早く帰って安息の時間を得たい。


 そう思う秋斗だが、秋斗の歩いている道は秋斗の家への帰り道ではなかった。

 その道は隣を歩く雨宮の家への帰り道だった。


 本当は一人で帰ろうと思ってたんだがな……。


 全員で写真を撮った後、雨宮の「今日の活動は終了!」という言葉で写真部は解散する事になり、秋斗は直ぐ様一人で帰ろうとした。

 しかし天晴が、

 

「じゃあ、アッキーは雨宮さんを家まで送って行ってね。俺は黒野さんを送って行くから」


 と言って、天晴は黒野を連れてさっさと行ってしまい、秋斗は雨宮を家まで送る事になったのだ。


 まあ、雨宮には家まで迎えに来てもらった事だし、我慢するか。


「写真を撮るだけだったのに、そんな疲れたの?」


「色々あったんだよ……」


「色々って、音夢と一緒の時に何かあったの?」


「……特に何も」


「それ矛盾してると思うんだけど。さっきは色々あったって言ってたのに、何もないって」


「もう説明するのが面倒なんだよ。察してくれ」


「やっぱり何かあったんだ。ねぇ、何があったの?教えてよ」


 秋斗の体を揺らして、聞いてくる雨宮。


「後で黒野に聞けばいいだろ。俺は二度も長い話をする気はない」


「えー、ケチー」


「何とでも言ってくれ」


「じゃあ、一つだけ。一つだけでいいから教えて」


「……一つだけなら別にいいが、何があったかは言わないぞ。長くなるから面倒だ」


「えっとね……、桐谷は音夢の事どう思ってるの?」


「は?どう思ってるって?」


「そのままの意味。……例えば、桐谷から見た音夢の印象?みたいな」


「なんでそんな事聞くんだ?」


「いいから答えてよ」


「そうだな。黒野の印象か……、寡黙で無表情で何を考えてるか分からない奴だな」


「それだけ?他にはないの?」


「他か…………」


 今日の黒野の事を思い出してみる秋斗。


「…………動物好きで、消極的に見えて意外に積極的で、鋭い所があって、面倒見が良い」


「ふーん……。僕の印象は?」


「一つだけじゃなかったのか?」


「いいじゃん別に」


「はぁー、仕方ないな。お前はな……」


「うんうん」


「自分勝手で直情的でめんどくさい奴だ」


「……それだけ?」


「それだけだが」


「なんか音夢と違って、少ないような気がするんだけど」


「それだけお前には意外性がないって事だ」


「むー……」


「どうした?」


「なんか音夢だけずるいな。桐谷に色んな事を分かってもらって」


「何言ってんだお前は?」


「だって……、僕だってもっと桐谷に色んな事知ってもらいたいし、桐谷の事もっと知りたいのに……」


「……」


 こいつでも元気がなくなる事があるのか。


 いつもの元気がない雨宮に、秋斗はそんな失礼な事を考えていた。


 それにしても元気がない雨宮というのはなんかしっくりこないな。


「……よく分からんが、俺達は出会ってまだ一ヶ月少しだぞ」


「……だから?」


「だから、これから知っていけばいいだろ。お前が知りたいんなら」


「…………それもそうだね。うん」


 秋斗の言葉を聞いて納得したのか、いつもの感じの雨宮に戻った気がした。

 それを見て、秋斗は少し安心した気持ちになった。


 ん?何でホッとしてるんだ俺は?


「ここまででいいよ。ありがとう送ってくれて」


「何だ、家まで送らなくていいのか?」


「うん。じゃあまた学校でね!」


「ああ」


 そう言うと、雨宮は走って行ってしまった。

 やっぱり、元気があるいつもの雨宮の方がしっくりくると、走って行く雨宮を見て秋斗は思った。

 すると秋斗のポケットにあるスマホが一瞬震えだした。


 今日はよく着信が来る日だ。


 そんな事を考えながら、ポケットからスマホを取り出した。


 スマホには、一通のメールが届いていた。

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