連鎖する依頼

「それでは説明頂けるかな? ロディア殿」


 声は、威厳をもって響いた。


 響かせる室内の調度品スピーカーもまた、威厳に満ちている。

 声の主が座する書き物机や、家族たちが座っているテーブル、壁に掛けられた絵画、何に使うのか解らない壺はもちろん、壁紙でさえ多分、僕の服よりも高い。


 価格は、物品の質を示す最も端的な指標だ。


 僕も手持ちのなかでは一番上等なスーツを身に付けてはいるが、この室内においてはあってないようなもの、裸も同然である。


 ちなみに、パンツスーツだ。


 スカートというやつは、どうも好みじゃない。確かに僕は女性だが、人間には好みというものがあるのだ。


 ちなみに。


 僕の隣で退屈そうに微笑む相棒パートナーの少女は、好みでいうなら正反対だ。

 黒地に深紅のフリルをふんだんにあしらったドレスは、僕には甘過ぎる。彼女のように小柄で、色白で、美しい金髪を持っていればともかく、僕は背も高いし、短い髪は夜みたいに黒い。

 適材適所というやつだ。服にも着られるべき場所というものがある。彼女の服は僕には似合わないし、逆もまた然り。僕のような【技工師エンジニア】には、大量生産のスーツがお似合いである。


 そしてだからこそ。僕という存在はこの部屋では大きく浮いていた――ここ、貴族ノーブルの執務室では。


 出る杭を打つように、僕には威圧感がのし掛かる。依頼人たる初老の男性ロードはもちろん、部屋の隅で紅茶とスコーンティータイムを楽しむ素振りをする彼の家族も、視線と態度で僕を押さえ付けようとする。

 僕は肩を落とす。

 席さえ勧められないこの嫌な空気、落ち込んでくる。


 しかし勿論、ただ落ち込むわけにはいかない。僕は依頼を受けた【魔石技工師ジェムエンジニア】だ、依頼人から説明しろと言われたら、口を開く義務がある。

 仕事をする人間なら、当たり前だ。

 僕は手にしたトランクを机に置く。ロックを外してから向きを変え、座る男性に見えるように開けた。


 途端、中から箱が


 純銀製の立方体は、丁度男の目の高さで停まるとゆっくり回転を始めた。その表面は蔦のように波打つ曲線の溝で、ギッシリと覆われている。

 直線で構築された箱に刻まれた曲線は、僕とは違って自分の居場所に違和感を与えない。優れた【魔石工芸品ジェムアーティファクト】は矛盾を内包するものだ――それでいて破綻しないものを、人は傑作と呼ぶ。


 目の前の箱は、正に傑作だった。そしてだからこそ、僕は気が重い。


「………ご依頼は、この【睡銀蓮シルバーロータス】の開花オープンでしたね。具体的には、紛失したという鍵の再現をご希望でした。間違いありませんか?」

「うむ、相違無い」

「それは不可能でした」


 途端ざわつく貴族たち。それを冷やかな気持ちで眺めながら、「早合点は止めてください」と続ける。


「鍵は作成できました。問題は【蓮】の方にあります」

「亡き妻が先祖より受け継いだものだぞ! 異常などあり得ん!」

「どなたか、こじ開けようとしたのでは?」


 僕の言葉に、室内は水を打ったように静まり返る。所有者ホストであるはずの彼らは、急に居心地悪そうに身をよじる。


「内部の【文字式スペル】が破損していました。このままでは開かなかったでしょう」

「………? では………」

「勿論、修復しました。事後承諾で申し訳ありませんが、これがその費用コストです」


 差し出した書類を引ったくり、男は呻き声を上げた。無理もないだろう。正規の対価だが、安くはない。

 僕だって心が痛い。こんな素晴らしい芸術を前に、こじ開けるような無体を働く連中に、これを返すなんて。


 だが、これも仕事タスクだ。


「………良いだろう、払おう」

「良かった。では、署名サインを。………結構です。では、これが鍵です」


 差し出した銀の鍵を、男は良く見もせず手に取ると【睡銀蓮】に挿す。まったく、つくづく無粋だ。


 とにかく。


 僕はちらりと相棒に視線を送る。


「おぉ………………!!」


 感嘆の呟きに、僕たちは視線を戻す。

 そこではちょうど、【睡銀蓮】が開いているところだった。


 差し込まれた鍵に記された【文字式スペル】が内部の【文字式】と接触、合わさることで起動し、周囲に溶け込ませた【魔石ジェム】に働きかける。活性化した【魔石】によって、次の【文字式】が起動する。

 翠緑色の淡い光が次々展開、連鎖する【文字式】が円となり【睡銀蓮】を包んでいく。

 何本もの【循環文字式サーキット】が回り、その輝きが曲線に吸い込まれていく。


 やがて、


 表面の曲線に沿うように、箱が――幾重にも折り込まれたつぼみが、1枚1枚咲いていく。


 漏れ出す緑光と銀の輝きの共宴コラボレーションは、あっという間に終わった。

 開ききった花弁から、羊皮紙の巻物スクロールが転がり出た。が待ち望んでいたらしく、男は荒々しく拾い上げる。

 飢えた犬のようだ。これだけの物持ちだというのに、この余韻を味わう品性が、彼らには無いのだろうか。


「な、なんだこれは………!?」


 羊皮紙を手にぶるぶると震え出す男を見ながら、僕はやはりとため息を吐いた。


 


「こんな、これが、遺産か?! こんなものが………!!」

「………初代御当主の詞、美しいものだと思いますが。解りやすい金の方がお好みですか?」

「馬鹿な!! ………そうか、貴様! 中身をすり替えたな?!」

「………そう言うと思ったよ」


 ため息を吐く。

 次々とナイフを取り出す依頼人一家を順繰りに見て、それから最後に、相棒の少女に目を向ける。

 彼女は、微笑んでいた――ただし、今度はとても楽しそうに。


 その腕が、


 重力に引かれ地面に向かう両腕は、空中でその形を変えていく。そして………


「なっ!?」

「お、?!」

「あらあら、自己紹介が未だだったわね? 私としたことが、無粋だったわ」


 有り得ない現象にどよめく彼らに、相棒は優雅に膝を折る。見事な挨拶カーテシーだった――両腕がスカートを持ち上げていれば完璧だったろう。

 だが今、その両腕は、


「私の名前はリズ。最古の【幻想種ファンタジスタ】にして頂点、【真祖吸血鬼エルダーノーブル】のリズよ」


 よろしく、と首を傾ける少女の足元で、2頭の狼が高らかに吠えた。






「………少々やり過ぎだったんじゃないかな、リズ?」


 古びた部屋の古びたライティングデスクに腰を下ろして、僕はやれやれと、ため息混じりの声を出した。

 同じくらいに古ぼけた、革のソファーに腰掛けて、リズが可愛らしく小首を傾ける。


「あら、知らないの? ああいうときは、衝撃インパクトが大切なのよ。出し惜しみなんで詰まらないじゃない」

「人間関係は、詰まる詰まらないじゃあないんだよ。まあ、


 何せ、


 世界の表舞台にかつて在り、いつの間にか退場した、人とも獣人ともつかない独自の生命――【幻想種ファンタジスタ】。

 そのことごとくが既存の生態系に真っ向から喧嘩を売るような、突飛な生き物たち。

 彼らは学術的に価値のある証拠をただひとつも残さずにこの地上から消え失せてしまったため、その証明を議論するものさえ居ない。


 今や彼らの居場所は文字通り、幻想フィクションの中にしかない。


 そんな【居ては困る存在パンドラボックス】は、ソファーの上で優雅に足を組む。


「良いじゃない、派手で困ることなんて何も無いわ。彼らだって、自分達の見たものをそのまま語る不都合を理解している筈よ?」

「『吸血鬼に襲われたんだ』と? まあ、広めたところで笑い者だろうからね」

「あら、さすがに学習したようね? 天才技工師エンジニアさん?」


 リズの言葉に、僕は肩をすくめた。


 それは――リズの自己情報パーソナルデータと同じように。


 僕の頭の中には、かつて在り、今は居ない天才魔石技工師ジェムエンジニア、マギア・クラリスの記憶メモリーがある。

 生まれたときから今まで、僕は彼女と付き合ってきた訳だ――それも、上手くやってきた方だろう。

 その記憶と共に、彼女の培ってきた魔石技工ジェムエンチャント技術テクノロジーがあるからこそ、こうして僕は技工師としてやっていけてる訳だし。


 とはいえそれが世間一般の賛同を得られる訳ではないことくらい、僕も良く解っている。

 だから最近では、彼女の一番弟子を名乗っている。………現実には、彼女が弟子をとったことは一度もないのだが。


「派手にやるのは悪いことばかりではない筈よ? 宣伝になるでしょう?」

「………遺憾ながらね」


 僕の机の上には、1枚の封筒。

 差出人の欄は、大陸西部の森林地帯が印字されていて。

 そして、宛名の欄には。


「………『マギア・クラリスの弟子様へ』」


 僕はため息を吐き、リズは嬉しそうに笑う。

 誰かの意見への賛成がこれほど不快なことは、めったに無い。

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