第二章 牙持つものは森の中。

プロローグ 夜の凶行

「クラエ、クラエー!!」


 少女の叫び声が、夜の闇に響き渡る。


 さして大きくは無い村だ。その声に、住人たちは次々と目を覚ました。

 灯りが家々からこぼれ、闇夜に幾筋もの切り傷を刻み付けていく。


 ガチャリという音と共に一軒のドアが開き、中から大柄な男が顔を覗かせた。

 寝ていたのだろう、室内の灯りを背負う男の服装は、麻蜘蛛糸の肌着にズボンというラフなものである。


「フェル、どうかしたのか? そんなに騒いで、今は夜出歩くなとあれほど………」


 欠伸を噛み殺す男の表情は、少女、フェルの次の言葉で一気に引き締まった。


「クラエが居ないのよ! きっとまた、


 男はさっと顔色を変えた。

 勢い良く内に引っ込むと、フードのついた分厚い外套コートを羽織って出てくる。

 ………その手に薪割り用の鉈が握られているのを見て、フェルは短い悲鳴を上げた。


「ホルンさん、クラエは、」

「解ってる。病気だからな、夜出歩くのはあいつが悪い訳じゃあない。だが………


 ホルンに続いて、周囲の家から男たちが現れた。彼らもまたフードを目深にかぶり、その手に刃物を持っている。

 人1人を探すどころか、例えば殺すにしても過剰に過ぎる戦力。


 しかし――

 武装することに対する気後れも無ければ、集団特有の熱狂も無い。


 彼らに在るのはただ恐怖――その身を震わすほどの怯えであった。


「………フェル、お前は帰ってろ。クラエのことは俺たちに任せろ」

「イヤよ!!」

「フェル?!」


 叫び、フェルは駆け出して、夜の中へと消えていく――大の男たちが怯える、夜の中へと。

 くそ、と毒づいて、ホルンもそのあとを追う。


「待て、フェル!! 1人になるな!!」

「クラエ、クラエ!! 何処にいるの?!」


 フェルの姿が右に曲がるのを見て、ホルンは舌打ちした。


 あそこは家と家との間、1人がやっと通れるくらいの狭い道だ。と鉢合わせたら、避けることは難しい。

 速度を上げ、ホルンは殆ど間髪をいれずにフェルに続いて、


「うわっ!?」


 その背中に、危うくぶつかりそうになった。


 全力での急停止で、どうにか回避。

 いきなり立ち止まったフェルに文句を言おうとして思い止まる。追い付けたのだ、別に文句を言う筋合いはない。

 苛立ちを安堵と共に吐き出して、ホルンはフェルに声を掛けようとして、ふと、その視線の先を見た。


 見てしまった――少女が言葉もなく立ち尽くす原因となった、光景シーンを。


「………………え?」


 間の抜けた声を、抑えられない。

 フェルの肩越しに見た光景は、それほどまでに非日常的なものであった。


 人が、2人居た――その内1人は地面に倒れ、ピクピクと手足を震えさせていたが。


 そして、もう1人。


 


 抱き着いて首筋に顔を埋める様は、差し込む灯りに照らされて、酷く耽美に映る。だが、それを台無しにする要素ファクターが1つ。


 少年の足元には、


 現在進行形で拡がるその【赤】は、闇夜の黒と絡み合い、不吉な印象イメージを観客に与えてくる。

 不気味で、不吉で、何より不敬な光景シーン

 気圧され、思わず後退った一歩が、足元の小石を噛む。


 ジャリ。


 ガバッと、弾かれたように少年が、埋めていた顔を上げた。


「ヒッ?!」


 振り向いたその顔に、ホルンもフェルも息を呑む。


 少年、クラエの口許くちもとは、ルージュを引いたように真っ赤に染まっていた。


 ボタリ、ボタリと口の端からこぼれる血をペロリと舌で舐め取って、クラエはニヤリと笑う。


 まるで――【吸血鬼ファンタジスタ】のように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る