第4話立ち込める暗雲
マスター・シュトローマン。
様々な自然現象が封じられた魔石を用いる魔石技術と、水蒸気の圧力を使い動かす蒸気機関を組み合わせるという、技工師からすれば強引すぎる荒業を成し遂げたただ一人の男だ。
彼の主義は、無駄なパーツが何一つない完全性で、どれだけ巨大でも完璧に噛み合う歯車しかないものを生み出し続けてきた。
「元々蒸気は、水と風、そして熱の要素を持っている」
スウィフト氏の屋敷は街のほぼ中心、漆喰で固められた塔の真下にあった。書斎の壁は大きな窓になっていて、スウィフト氏が腰掛けると、その塔を見上げることが出来るようになっている。
窓の外を眺めてから、僕はスウィフト氏に向き直った。
机についたスウィフト氏は、この場で唯一の部外者リズに、初歩的な講義をしていた。
というか、シュトローマンの偉業に関しては、学校でも教わる程度の常識なのだが。
「それらを対応する魔石に触れさせて、反応させることで魔石回路を起動させるわけですな」
「あら、面白いわね」
「リズ、失礼だよ」
「いやいや、構いませんよ、ロディアさん。私は独り身ですからね、孫が出来たようだ」
「まあ、嬉しいわ」リズは微笑んだ。いつもの妖艶な笑みではなく、見た目通りの子どもらしい笑みだ。
「お小遣いちょうだい、おじいちゃん」
「調子に乗るな」
軽く頭を小突いてリズを下がらせると、僕は改めて、スウィフト氏に頷いた。
「シュトローマンの【風生み鳥】なんですね」
「ええ、そうなんです。彼特有の技術が使われていて、手が出ないんですよ」
「………そうですか」
「ええ」
僕は、取り敢えず頷いた。
「場所は、この館の地下になります。ひとまずお部屋で一息ついていただいて、そのあとに所見をお聞かせ願えますか?」
「わかりました。僕らも長旅で疲れてますので、特にリズは早めに休ませていただけると幸いですが?」
「あぁ、もちろん構いません。ロディアさんの方は大丈夫ですか?」
「はい。リズ、それでいいかな?」
「………そうね、そうさせてもらうわ」
僕とリズは、一瞬だけ視線を交わして頷いた。こういうときに気心の知れた仲というのはありがたい。
「では、バル。ご案内してくれ」
「はい、こちらへ」
僕とリズは、大人しくドグに従って部屋を辞した。
背中にスウィフト氏の視線が突き刺さっているような気がしたのは、考えすぎだろうか。
………………………
「あの人、おかしいわよ、ロディア」
案内された部屋。豪華なベッドに躊躇いもなく飛び乗って、リズは開口一番言い切った。
僕はちらりとドアを見る。僕の聴覚には、付近に人の気配はない。より鋭敏な感覚を持つリズが平気そうならば、一先ず監視は無さそうだ。
ジャケットを脱ぎ、クローゼットに掛ける。ぱらぱらとこぼれ落ちた砂を見て、スラックスとブラウスも変えることを決意しながら、僕は頷いた。
「解ってるよ」
「………理由は?」
リズはベッドの上で器用に身をよじると、うつ伏せになって僕に顔を向けた。淑女らしからぬ態度にため息を吐いて、僕は椅子に腰掛けた。
「シュトローマンの作品に、手が出ないというところさ」
「………簡単なの?」リズが首を捻る。「あなたたちの口振りだと、独特で難解なシステムなんじゃなくて?」
「独特で、複雑だけどね。難解な訳じゃない。………専門的な話になるけど?」
「手短にね」
「………シュトローマンの特徴はね、現象の連続性にあるんだ」
基本的に、魔石というものはそれが司る自然現象を燃料とする。例えば、光を放つ蛍光石は光を受けないといけないし、氷河石なら冷気を受けて初めて起動する。
シュトローマンの混合機関は、蒸気の熱で火属性の魔石を、その流れで風属性、水に戻して水属性と、それぞれの魔石回路を動かす。そして水属性の魔石が水を生み出し、それを火属性の魔石が炙り、蒸気として風属性の魔石の流れに乗せるという
「シュトローマンは無駄が嫌いでね、パーツの全てが連動した作りになっている。一部だけの故障なんてあり得ないし、何より、それを直せないなんてことはない」
シュトローマンは無駄なものを生み出さない。使われているどのパーツも、流用が利くのだ。
「パーツの取り替えだけで、絶対に直る。それを、よりにもよってスウィフト氏が直せない訳がないんだ」
マギアの記憶の中で彼が追い掛けていた技工師は、シュトローマン派の技工師だったはずだ。彼がその程度の理解をしていない訳がない。
彼は、嘘をついている。問題は、どの程度の嘘かということだ。
「君の方は、猜疑心の根拠はなんだい?」
「窓よ」
「窓?」
「彼は、この街の支配者でしょう?現実はどうかは知らないけれど、少なくとも彼自身はそう見せたがっている。だとしたら、窓の外の景色は支配対象の街であるべきよ。支配者は自分の庭を見たがるものなのよ」
それなのに、窓の向こうは古い塔だった。なるほどそれは、町長としては奇妙な配置と言わざるを得ない。
「この街で何か起こっているのかしら、調べてみた方が良さそうね」
「或いは」僕はシュトローマンの記憶を引き出しながら首を捻る。「彼の支配したい対象は、そっちなのかもしれないね」
僕の言葉に、リズは小首を傾げる。その根拠、シュトローマンの癖について説明しようとして、僕は眉を寄せる。
これもまた、彼女の嫌いな専門的な話になるからだ。
………………………
「とにかく、リズ。僕は【風生み鳥】の様子を見てくるよ」
「その間に、私は街の様子を見てくれば良いわけね?」
「頼めるかい?」
スウィフト氏は紳士的に、部屋の中は監視してはいないようだが、家の玄関がそうとは思えない。先ほどの護衛が二人なら、家自体には六人はいるだろう。侵入者を阻むためでもあるし、僕らを出さないことも目的のひとつではあるはずだ。
相手は、閉じ込めることに万全を期すはず。それを理解していて尚、リズはあっさりと頷いた。
「えぇ、簡単よ」
僕のように、フリーの技工師というのはとかくこうした危険と隣り合わせだ。後ろ楯のない専門家というのは、その知識や技術の対価に暴力を差し出され易い。
その分、それなりに荒事には慣れている。情報を集めて不意打ちを防げば、大概なんとでもなるのだ。
「私の【力】を使えば、簡単に出れるわ。入るのだって、既に招かれているしね」
【幻想種】きっての異形たる吸血鬼は、様々な能力と制限を持っている。その一つが、【招かれるまで人の家に入れない】というものである。入ろうとすると、何かに阻まれてしまうのだそうだ。
………吸血鬼に【何か】なんて言われると、困るんだけれど。彼らはぶっちぎりの神秘だ、それを上回る制約なんて、あとはもう神様くらいしかいないのではないか。
まあ、なんにせよ。
一度家に上げた
「そちらこそ、気を付けなさい。貴女は心臓を貫かれたら死ぬんだから」
「………君は、死なないのかい?」
リズは瞳を赤く染めて、三日月みたいに微笑んだ。猫のような笑みだ――虎だって獅子だって、分類としては猫なのだ。
「どちらだと思う?」
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