第2話砂漠を越えて
「本当に、憂鬱な景色だわ、全く………」
「そうかな、僕はカーテン以外のまともな景色に感動しているよ。実に三日ぶりだ」
列車を降りた途端、周囲に広がっているのは砂、砂、砂だ。
王都よりも遥かに強い日差しを受けて白く輝く砂の海に、ホームは頼り無く浮かんでいる。
リズは、玄関リースのように飾り付けられた日傘を華奢な両手で握り、彼女いわく図々しい太陽の視線を遮った。
僕は両手に二人分のトランクを抱えて、ホームから出ると直ぐ横のテントに入る。
「いらっしゃい、お嬢さん。ご利用かい?」
明るく聞こえる声と共に、若いドグの男が駆け寄ってくる。僕はトランクを床に置き、テントの中を見回した。
そこに並んで繋がれているのは、五頭ばかりの丈夫そうな馬だ。
基本的に、駅から街の入り口までは馬に乗るのが一般的だ。いかに大陸中を覆う鉄道網であっても、地方の街の入り口にまでは達していない。
中でも東西南北の外れに関しては、地形的に線路を伸ばすことが困難なことが多い。ここナイショクの街までは、馬で三時間は掛かる。
足に自信のある獣人ならともかく、彼らよりも頑丈なリズもともかく、人間にすぎない僕にはキツイ距離だ。無理せず馬を雇うのが賢明と言える。
因みに、繋がれているのはただの馬ではない。背中に大きなこぶが一つあり、顔は、何だか少し間抜けだ。
何かを噛むように口を動かしている様は、どこかの密林で見た先住民のようだ。彼らは歯応えのある草を噛み、そこから染み出る甘い汁を舐めていたのだ。この馬も同じかもしれない――彼らが噛んでいたのは麻薬の樹だったが。
何にせよ、この馬に乗るしか手はないのだが、僕はしかし馬術が苦手だった。昔から。
「馬車は無いのかな?」
馬を貸しているドグは、僕の言葉に腹を抱えて笑った。
「おいおい、お嬢さん。こんな辺境でそんな上等なものがあると思うのかい?」
「馬は苦手なんだ。何て言うか、彼らの気持ちがよくわからない」
馬に限った話ではない。犬だろうが猫だろうが、話さない動物が僕は苦手だった。記憶の中のマギアも同じく、動物との接し方には四苦八苦していたし、改善した記憶もない。
状態を言葉にしない動物は、思考が読めない。思考が解らなくては行動も解らず、結果僕は動物に何をしてやれば良いのかが解らないのだ。
馬だって、正しく扱ってやらなければ歩くより手間が掛かるだろう。
「ははは、あんなもん、慣れだ慣れ。深く考えず感じるままに乗ればいいんだよ」
「思考のない行動………僕の得意分野とは言えないな。技術的なアドバイスは?」
「と言われてもな………俺たちは昔から、こいつと一緒に育ってきたから。考えてることとか、何となく解るんだよ」
僕はため息を吐いた。やはり歩くしかないだろう。砂の海を渡りきるのは、少々時間が掛かるだろうが、背に腹は変えられない。
「あとは誰かの後ろに乗るとか………あ?」
「………?」
腕を組み視線をさ迷わせたドグは、僕の背後で焦点を合わせて、それからポカンと口を開けた。
何だ?不審に思い振り返ると、僕も同じように口を開けた。
そこでは、既にリズが馬に跨がっていた。馬は静かにしゃがみ込んで、彼女の重さを受け入れている。
リズはその、不思議な毛並みの首を軽く撫でながら、僕たちに向かって不思議そうに首を傾げた。
「乗らないの?」
………………………
「やれやれ、漸く着いたわね」
ナイショクの街の入り口に、僕は慎重に馬を繋いだ。ここまで来た手段については、今後誰にも語ることはないだろう。
リズは大きく伸びをして、それから服の袖やドレスの裾の臭いを嗅いで顔をしかめた。
「ひどい臭い。これだから動物って嫌いよ」
「嫌いなのか」僕は意外さに目を丸くした。
「嫌いよ。けれど有意義だわ、少なくとも走るよりは楽だもの」
僕は馬を振り返る。膝を折り畳むようにしてしゃがみ込んだ彼又は彼女は、大人しく控えている。主が自分を好ましからざると思っていることを知っているのか、それとも彼らには話も気持ちも通じないのか。
「とにかく、入りましょうロディア。早く宿を取りたいわ、シャワーと、それに服も変えたいし」
「その前に、スウィフト氏に会わなくてはね。もしかしたら宿の指定がある場合もあるし」
基本的に長期間に渡る修復作業は、場合によっては依頼主の家に泊まることもある。
「そうね………その前に、街の様子くらいは見られるかしらね。あら?」
イデアが首を傾げた。僕も気が付いていたので、軽く身構えながらゆっくりと振り返った。
二人分の足音が聞こえたのだ。忍び寄る様子でもないが、素人のものでもない。
そこにはやはり、二人の人影が立っている。痩せっぽっちと太っちょの二人組だ。
イデアはもう少し深く首を傾げた。
「おかしな服ね、貴女見たことある?」
二人の姿は、ほとんど布で隠されていた。黄色いローブのような身体に服を巻き付けて、顔まで覆っている。
種族すら判らないその格好は、見たことが無いが記憶にはある。
「カンドゥーラとか言ったと思うよ。マギアは昔、砂漠の遊牧民に【砂鯨】という魔石船を造ったんだ」
二人は僕たちの手前二メートルでその歩みを止めた。民族衣装の腰に下げられた反り身の剣を見ながら、僕は口を開いた。
「どうも、この街の
少なくとも、そうした捜査、警護を司る役割ではあるだろう。強盗ではないことを祈りながら、僕は質問した。
果たして、痩せっぽっちが頷いた。
「いかにも。巡視官のトンと申します。こっちはグラム。同じく巡視官です」
よろしくと頭を垂れた太っちょは、ターバンの隙間から鋭い眼差しを送ってきた。
「あんたらは?親子にしちゃあ年齢も姿も似てないが」
「僕たちは、仕事で来たんです」リズの不機嫌さを感じ取り、慌てて僕は答えた。「彼女と僕とは、その、仕事上の相棒です」
懐から、僕はスウィフト氏からの手紙を取り出した。「これが依頼状です」
「ふむ、ああ、【風生み鳥】の修復ですね」内容を一瞥し、トンはホッと息を漏らした。「有り難い、この街であれがないと、暑くて堪りません」
「そしたら、それを脱いだらいかが?暑そうでしてよ?」
「そうでもないのですよ、お嬢さん。この地方はとかく日差しが強い。肌を晒していては私たちといえども火傷してしまいます」彼(又は彼女)は僕たちの服を眺める。「貴女方のような
僕とリズは顔を見合わせる。どうやら彼らは獣人らしいが、僕らも普通の人間とは言い難い。いや、肉体的には僕は普通の人間なんだけど。
リズは不満そうだ。馬とは違い気持ちはわかる、どうやら彼女の好みに合うドレスは、売られていない公算の方が大きい。着替えをとるか好みをとるかは彼女次第だが。
「では、中へどうぞ。………貴女方は大丈夫そうだ」
「………?」
妙な物言いに、僕は首を傾げた。
………あとにして思えば。そこでもう少し問い詰めておくべきだったかもしれない。何故外から来る者に巡視官が二人も現れたのか、そして、顔も見せないのは何故か。
全ては後の祭りだ。
僕たちが彼らの真意を知ったのは、帰り道。全てが終わったあとのことだった。
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