第6話 一輪の花。止まるもの、往くもの

 函館六子が第三奥義斬宿剣を繰り出すのは、本戦第二試合の二宮孌九郎戦でのことだ。この男はなかなか手強かった。函館はこの男との対戦を通して斬宿剣に開眼する。もし二宮がいなかったら、函館六子の伝説も生まれなかったかもしれない。

 函館はこの大運動会の後、明治という一つの国家が命運をかけた日英親善試合においてついには最終奥義斬理剣に目覚める。だが、それはまだしばらく後のことだ。

 今の函館はまず予選をクリアしなければならない。


 予選第二試合の相手は華道部部長の宇條静香だった。

 もしかすると函館はこの才能豊かなお嬢様には本当に負けたのかもしれない。

 静香お嬢様の胸の内では――あくまで胸の内でだが――機科大学を卒業したら御船と所帯を持つことが決まっていた。ひときわ大男の御船を学内のどこぞで見初めたものだろう。

 その御船が本戦に出られなくなったということは、静香が当然受け取るべき御船三十浪の初任給が激減したことを意味した。予選落ちの平操士と、本戦出場のエリート操士では就職後の待遇がまるで違う。

 静香お嬢様が未来の夫の仇討ちに乗り出したのも無理からぬことだろう。

 半ば羅刹化したお嬢様は竹箒で函館の斬鉄剣を軽々と捌き、そして「撫子挺身体」という捨て身の攻撃で踏機から飛び出して函館の首の真後ろのぼんの窪に小太刀を突き立てた。

 天晴れ。まさに婦女の鑑。

 だが、自分の体と踏機を繋ぐ廻しベルトを外した時点で、ルール上ご不浄負けとなる。そして潔く土俵から降りると、あとには一輪挿しの花が活けてあるという有様だった。函館六子はそれを見て笑ったものだ。

 あの笑いは何だったのだろう。私にはあの勝負、本当はどっちが勝ったのかわからない。


 そして迎える本戦第一試合は、剣道部主将の坂元一也様との対決になる。

 坂元一也は私のお気に入りだ。なぜなら彼は可愛いからだ。

 もちろん十勇士にも選ばれている。しかも先鋒だ。

 騎士の国などと云いながら、マシンガンを持ち出したイギリス相手に、坂元一也は十ミリ鋼板を盾にしてじりじり進み、その盾ごと百裂斬鉄剣を喰らわしたのだ。あのときのイギリス陣営の驚いた顔といったらない。

 私はあれほど胸がすっとしたことはない。


 ――私は物心ついたときから六子の後ろで小巻婆ちゃんの話を聞いていた。

 小巻婆ちゃんの話したことは全て覚えているし、小巻婆ちゃんが話していないことまで含めて何でも知っている。そんな気がするのだ。

 父の五六にそのことを話したら、女の子には時々あることだから気にしなくていいと云っていた。五六は大学で脳の研究をしている。だから函館六子の第二奥義斬心剣も解明できた。

 斬心剣は、函館六子が私の坂元一也を破った技だ。その斬心剣を解明した小川五六を私は尊敬している。

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