第3話

「……じゃあしていい?」

「普通はするって言わないのよ」

「そうなの?」

「そうよ。もっと突然なんだから」


 トオノの顔が近づいてきて、そっと唇を這わせる。トオノからは良い匂いがする。甘くてとろーんとしたような匂い、お花の匂いがする。その香りがわたしの鼻腔に吹き込んで来ては、心の底に消えて行く。


「思い出すね、初めてキスした時」

「こんなに突然だったかって?」

「うん」

「びっくりしたわよ。あんなされ方でファーストキス失うと思わなかった」

「もっと夢見てた?」

「そりゃね」

「チカはロマンチストだもんね」

「それトオノが言う?」

「はははっ。そうだね。わたしもだいぶロマンチストだ。こじらせてる」

「似た者同士なのよ、わたしたち」

「嘘さ。チカとわたしは全然似てないよ」

「こんな秘密を共有してる時点で、私たちはどこか違うのよ。他の人と。だから出会って、こうして今居る。違う?」

「…………そうなのかなあ」


 トオノは空を見上げて言う。


「案外、太陽が眩しかったからかもね」

「なにそれ?」

「カミュの小説。人を殺した犯人の殺害理由がね、『太陽が眩しかったから』 だったんだよ」

「意味分かんない」

「太陽が眩しかったから人を殺す。たしかにわけわかんないけど、でも、それぐらい、特に理由なんてなかったんだよ」


 トオノの話を聞きながらわたしは、トオノがそんな本を読んでいることにまず驚いて、それから今まで身近に感じていたトオノが、ずっと遠くの人間に思えてしまって。


「私たちの関係も、それぐらい特に理由のないものだったんじゃない」


 屈託のない笑顔だった。悪気もないだろうし、端から見たら、ただの会話のワンシーン。でも、そうか、そうだったんだ。彼女にとっては、わたしとのキスも密会も理由のないものだったんだ。運命とかじゃない。勝手に舞い上がって、女の子とのキスで悩んで、恋だの友情だのベットで考えて、プレゼント選んで、そんなの馬鹿みたい。


「…………かもね」


 本気になったら、負けな気がして。これは恋じゃなくて。想いは告げない。

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キス・フレンド 彩糖サイダー @color_cider

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