青い空は赤く染まって

 目で追えないほどの速度で接近したシャルロッテがワイセンベルガーに斬りかかった。

 ワイセンベルガーは方向を転換し、戦車の裏面でそれを防ぐ。

「キャタピラ切れましたよ。止まってください」

「お前、戦死者ヘルトか? 道理でそんなにも緊張感のない発言ができるわけだ」

 シャルロッテは苦笑を浮かべた。

「まぁいいでしょう……エイヤ、何か私にできることってありますか?」

 シャルロッテは背伸びし、ワイセンベルガーの肩の上から顔を出してエイヤ=リーサに声を掛けた。

「えぇ!? そ、そうですわね……可能ならば、彼を地上に降ろしていただければ……」

「はいはーい」

 シャルロッテは元気に返事をし、何故か遥か上空まで上昇した。

「あいつ、かなり脳をやられてるんじゃないのか……?」

 ワイセンベルガーはエイヤ=リーサ達に同情しながらそう呟いた。

「覚悟!」

 ワイセンベルガーの意識がシャルロッテに向いている間に、蘭子が不意打ちを決めた。

「ちょ、おい!」

 腰を斬られたワイセンベルガーは蘭子から距離を取り、傷の回復を図った。

「どーん」

 そこにヴィルヘルミーナのライフルによる射撃が行われる。

 すんでのところでそれを回避したワイセンベルガーは、怒りを

露わにした様子で戦車にマナを送り始めた。

「何人こようと結果は同じよ! 俺に近付ける者など一人も──」

 戦車が赤に輝き、いよいよ砲撃が開始されるまさにその瞬間、戦車の上から人が消えた。

 一体何が起こったのか。それを理解するのは、激しい地響きが起きてから数秒が経過した時だった。

「落としましたよ、エイヤ!」

 誰にも追い付けない速度で上昇し、相手が自分から気を逸らした時を狙って攻撃を仕掛ける──シャルロッテがやってのけたのは、ハルトマンの戦術そのものだった。

 それは劣化コピーなどではなく、完全にオリジナルを再現した攻撃だった。

 エイヤ=リーサは止まっていた頭を回転させ始めた。

「……何か腑に落ちませんわね」

 そうボヤきながら、彼女は今まで撃ってきた全ての弾丸をワイセンベルガーに突っ込んだ。


 六人の守護騎士が船に戻る頃には、あんなにも青かった空が赤に姿を変えていた。

「いやー、一時はどうなることかと思ったよ! ね、エイヤ、カチューシャさん!」

 ベアトリーチェが大きく伸びをしながら二人に同意を求めた。

「そ、そうだね……」

 エイヤ=リーサは何も答えず、エカテリーナは複雑そうに肯定した。

「本当に間に合ってよかったです! もし間に合ってなかったらって考えると、今でも身体が震えちゃいそうですよ」

 船上から海を眺めていたシャルロッテが、そう言って話に加わってきた。

「助けてくれてありがとね、シャル!」

「ビーチェが頑張ってくれたから助けられたんですよ。こちらこそありがとうございます!」

「二人はいつも通りだねぇ……」

 もう着いていけないと、エカテリーナは船内に入っていった。

「そう言えば、結局マチルダ姫様には会えなかったね」

 ベアトリーチェは、戦う前にキリエから送られてきた通信の内容を思い出してそう言った。

「どんな方なんでしょうねぇ。一度会ってみたいです」

 シャルロッテは、自分のマナと同じ色をした空を見上げながらそう呟いた。


「いてて……」

 濡れて重くなった身体を引き摺りながら、一人の戦死者が声を漏らした。

 そんな戦死者を一人の少女が咎める。

「嘘は止めてください。あなたの傷は私の異能力で完治させました。もう痛くないはずですよ」

 戦死者はちぇっと舌打ちし、その場であぐらをかいた。

「しっかし、何だったんだろうな、あれ。一度倒した相手だからーって油断してたらあっさり殺されちまったぜ」

 二度死んだ戦死者の笑い話に、少女は真面目にこう答える。

「たとえ相手が格下だったとしても、油断するのはよくないことです。窮鼠猫を噛むという言葉もありますし」

「何だそりゃ。どこの国の言葉だよ」

「日本です。私がまだ新人だった頃、隊長に教えてもらいました」

「隊長って、あの刀ポニーテールちゃんか。頭よさそうだもんなーあいつ」

 戦死者は砂を一掴みし、それを海に向かって投げた。砂はあっという間に分裂し、やがて姿を消した。

「頭もよくて、それに強い。強敵ですよ彼女は」

 少女も同じ動作をした。だが、こちらの砂は海まで届かなかった。

「大丈夫、次は殺せる……俺の土俵ならな」

守護騎士ヴェヒターに見つかった時点で全力を出せないって流石に弱すぎません? 今は電探も高性能ですし、まず見つかるでしょう」

「うーん……なら、アタシをアタシだと判別できないくらい戦闘機を従えていくとかどうよ?」

「ふむ、それも悪くないですね。でも、もう一つ手がありますよ。守護騎士を新生軍艦から遠ざけてからあなたが登場するんです」

「英雄は遅れて登場するってか?」

 戦死者は自分の懇親のジョークにカッカッカと笑ってみせた。

 少女はまたもや真面目にこう反論した。

「ヘルトはヘルトでも、あなたは戦死者の方のヘルトじゃないですか。英雄気取っちゃって恥ずかしい」

「うっせー! アタシに殺されたくせに!」

「笑止。これを見ても、あなたはまだ同じことが言えますか?」

 少女は、手のひらの中に青い魔法陣を展開した。

「青は生者の証……ね。じゃあ、赤いあいつは誰なんだ?」

 少女は苦笑を浮かべる。

「誰なんでしょうね、あの私は」

 談笑をする二人の背後に迫る影が一つあった。

 先の巻かれたツインテールの影は言う。

「私の名前はマチルダ。陸の守護騎士のナンバーツーよ」

 戦死者は背中を逸らすようにして後ろを振り返った。

「おぉ、可愛い。ドールみたい」

 戦死者の目に映るのは、黒いドレスに身を包んだ背の低い少女だった。

「まぁ嬉しい。でも、私はあなたを倒さなくてはいけないのよ」

 戦死者は身体を起こし、立ち上がる。一緒に立とうとする少女を制止しながら。

「やれやれ。守護騎士様は血の気が多くて困る」

 マチルダは可愛らしく口元に手を当てながら笑った。

「確かにそうね。あなた達よりよっぽど好戦的だわ」

 マチルダはすぐに笑うのを止め、右手を前に出した。

 すると、彼女の背後にもう一つの影が出現した。

 その姿は人ではなく、獣でもなく、どこまでも無機質で冷たかった。

 「知っているかしら。陸の攻撃は惨たらしいのよ」

 轟音、宙を舞う影、それに傷を回復させる青いマナ。この戦いは、空が再び青くなるまで続いた。

 立つ影は二つ。青いマナを使う二つの影。

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New Sky 名無無名 @nashina

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