死ぬ覚悟
武器庫から取り出された巨大な戦車は、ベアトリーチェの放った弾丸を容易に弾き返した。ベアトリーチェ自身も蜻蛉返りし、体制を立て直す。
「もう何でもありだね、それ……」
顔を強張らせるベアトリーチェに、ワイセンベルガーが激しく同意した。
「本当それだわ。何で誰もやらなかったのか不思議なくらい強力なのにな」
意外性の化身ワイセンベルガーだからこそ思い付いたことなのだろう。
「ともあれ、俺に相棒を出させたのは褒めてやる。よくぞここまで追い詰めてくれたな」
彼の言葉はまだ続く。
「しかし、その栄光もここまでだ。いいか、よーく聞け。これから俺と戦うに当たって、お前達に持ってほしいものがある。死ぬ覚悟だ」
彼の発言は、ここから先は今以上に死んでもおかしくない熾烈な争いが繰り広げられると暗喩していた。
「勝てば
ワイセンベルガーの優しさに、ベアトリーチェは即答した。
「しないよ。ううん、できない。私達は隊長に、あなたの相手をするよう頼まれたんだ」
「……律儀なお嬢さんだこと。その隊長さんも、きっとお前の死体よりも生きているお前と再開したいって思ってるぜ?」
「かもね。でもしない。私達は
固い決意を表明した少女に、少年は最高の敬意を払った。
「フハハハハ! いいだろう、ならば付き合ってやる!」
ワイセンベルガーは戦車の後部の出っ張りを掴み、あろうことかそれを持ち上げてみせた。
「消え去れ」
轟音と共に撃ち出されるマナの砲弾。それはベアトリーチェの横を通り過ぎ、霧散して戦車の中へと戻っていった。
後一歩横にずれていたらと考えたベアトリーチェは、思わず息を呑んだ。
「後退ー!!」
エカテリーナが大声で叫ぶ。我に返ったベアトリーチェは高度を上げた。
「ど、どうする……?」
満身創痍といったベアトリーチェが、二人にそう問い掛けた。
「……わたくしの援護をお願いできまして?」
何かが閃いたらしいエイヤ=リーサは、ハッと顔を上げてそう言った。
「いいけど、何をする気──」
エカテリーナが言い終える前に、次の砲弾が撃ち出された。
「うぅ、耳が痛い……」
両耳を押さえてベアトリーチェが言った。
「くっ……やはり長期戦は不利ですわ。今はわたくしを信じてくださいまし」
「わ、分かった。でも、具体的に何をすればいいのさ?」
「あいつの意識を引き付けてほしいんですの。その隙に、わたくしが撃ち込みますわ」
「えぇ、そんなので上手くいくかなぁ……」
「いきますわよ、当然」
エイヤ=リーサの顔は、嘘を吐いているようには見えなかった。本当に成功すると確信しているのだ。
その決して簡単ではなかったであろう決意に、二人は応えてあげたいと思った。
「どっちにしろ生きるか死ぬかの二択でしょ? なら私は最後まで足掻きたい!」
「はぁ……子供の相手をするのは疲れるなぁ」
エイヤ=リーサは口角を上げた。
「それでは、お任せしましたわよ!」
エイヤ=リーサが、ワイセンベルガーの後方の空に移動した。
「そこだっ!」
ワイセンベルガーは踵を返し、エイヤ=リーサ目掛けて砲弾を飛ばす。
「背中ががら空きだぞー!」
その背中に、エカテリーナがすかさず発砲した。
「ちっ!」
ワイセンベルガーは戦車を後方に移し、飛んできた鉛を全て弾く。
「全弾いきますわよっ!」
その隙を狙って、エイヤ=リーサも発砲を開始した。
「ちょこまかと……! うおおおおらぁぁぁ!!」
ワイセンベルガーも戦車を振り回してそれに対抗する。
その間に、ベアトリーチェが跳弾をガードしながら彼の懐へと潜り込んでみせた。
「ゼロ距離発砲~!」
ワイセンベルガーの左手に穴が空く。
しかし彼は笑顔を浮かべ、
「ならばこちらはゼロ距離衝撃波だ!」
と言いながら負傷した左手で剣を振るった。
予想外の攻撃を受けたベアトリーチェはもろにダメージを受け、地上に膝を付いた。
「ぐ……あ……!」
呻くベアトリーチェに、エカテリーナが接近する。
「ベアトリーチェ!」
「させねぇぞ!」
接近してくる的に、ワイセンベルガーは砲塔を向けた。
いくら精度が悪くとも、この距離ならばまず外すことはない。
ワイセンベルガーがマナを戦車へと流し込む。すると戦車は、継ぎ目を赤く光らせながら砲弾を発射した。
思わず目を瞑るエカテリーナ。だが、彼女が痛みを感じることはなかった。
「ナイスショット……」
自画自賛しているヴィルヘルミーナの狙撃のおかげだ。
彼女が発砲したのは攻撃用のマナの弾丸ではなく、シールドを展開できるものだった。
「きてくれたんだ、ヴィルヘルミーナ!」
姿はまだ点でしか確認できないが、エカテリーナにはそれがヴィルヘルミーナだと把握できていた。長い年月をかけて培われた友情がそうさせたのだ。
「くそっ、ハルトマンの奴は何をやっているんだ!」
ワイセンベルガーの気が逸れた一瞬のうちに、エカテリーナはベアトリーチェの救出に成功していた。
すぐに異能力を発動させ、傷を全て肩代わりする。
「振り出しか……いや、状況は悪くなる一方だな」
ワイセンベルガーは考える。三方向からの攻撃を対処しつつ相手を倒す方法を。合流してくる残りの三人を始末する算段を。
その答えがこれだった。
「いくぜ相棒……最高のライディングだ!」
ワイセンベルガーは戦車の上に立ち、少ないマナを惜しみなく使って飛翔した。
宙を舞う戦車の速度は速く、守護騎士達の移動と同等の速度を持っていた。
「発砲発砲発砲発砲!! 俺のマナはどれだけ使っても構わん! 奴らを打ちのめせぇ!」
ワイセンベルガーの考えなしの荒々しい戦法に、三人の陣形はあっという間に壊されてしまった。
この事態はエイヤ=リーサも予測できていなかったらしく、今を以って彼女の作戦は失敗に終わった。
「ど、どうしましょう……!?」
「もう少しでアタッカー三人組がやってくるんだから、それまで逃げるしかないっしょ!」
「逃げ切れるの、これぇ!?」
戦車の砲弾を明らかに戦車とは思えない速度で撃ち込まれては手が出せない。ワイセンベルガーのマナが尽きるまで逃げ切ることが最善の策であることは明白だ。
「予測! 変則! 誘導! 俺の相棒ならそれくらい一人でできるよなぁ!?」
この時から、明らかに戦車の挙動が変化した。
数撃ちゃ当たる戦法から、きちんと頭を使って射撃するようになったとでも言うべきだろうか。先刻と比べて、その精度は上がりに上がっていた。
「もう無理だよ!」
回避不能な攻撃ならば防ぐしかない。エイヤ=リーサとエカテリーナはベアトリーチェの背後に固まり、彼女の十八番のシールドに命を託していた。
「耐えてくださいまし! 後少しの辛抱ですわ!」
「マナがもう辛いんだって!」
「なら、マナ分けたげるよ」
「こっちも何でもありだなぁもう!」
エカテリーナのマナを受け取ったベアトリーチェは、文句を言いながらも必死にシールドを張り続けた。そして──
「シャルロッテアターック!」
遂にあの三人が合流した。
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