青と青を混ぜた青

 ハルトマンは雑に十字槍を振り回し、三人の守護騎士ヴェヒターを散り散りにした。そして、まず初めにシャルロッテに狙いを定めた。

「はぁっ!」

 突風のように右から左から襲いくる攻撃。後退しても後退してもピッタリと着いてくるハルトマン。シャルロッテには、広い空を飛び回ることしかできなかった。

 ただし、それは一から十まで計算された飛行だった。

「今です!」

 マナのライフルを構えるヴィルヘルミーナが引き金を引く。

 シャルロッテは、ヴィルヘルミーナの射線上にハルトマンを誘導していたのだった。

「ちっ……!」

 回避を試みるハルトマンだったが、流石に完璧に避けることはできなかったようだ。弾丸が掠めた肩を一瞬気にしながらも、彼女は攻撃を再開した。

 そんなハルトマンの背後に、今度は別の影が襲いくる。

 どこまでも静寂で鋭利な斬撃。空間をも切り裂きそうな攻撃を仕掛けたのは蘭子だった。

「な……にぃ……!?」

 ハルトマンの背中に、一本の赤い筋が通った。

 彼女はその場で固まり、重力に従って下に移動し始めた。

 最強の戦死者ヘルトハルトマンの姿は海上に波紋を残して消え去った。一抹の不安を残して。

「倒し……たのかしら……?」

 前回戦った時に感じた手応えと恐怖が、今の戦いにはなかった。

 それほどまでに自分達が強くなったのか、それともハルトマンは手負いだったのか。死人に口なし。答えは永久に分からなくなってしまった。

「消化不良感は拭えませんが、これでビーチェ達の援護に向かえるようになりましたね」

「うぃ……この調子で……地上の戦死者もサクっと倒しちゃお……」

「そ、そうね……」

「そうと決まれば、一秒でも早く向かわないと!」

 シャルロッテは、二人を置いて一人で前進した。

 その時だった。

「一・撃・必・殺!」

 海中から、凄まじい勢いでハルトマンが飛び出してきた。

 彼女は、相手を必ず倒せるタイミングで攻める戦法を十八番としている。向かい合って殴り合う今までの戦闘は、ハルトマンの土俵ではなかったというわけだ。

 ここぞとばかりに攻撃を仕掛けたハルトマンは、笑顔で手のひらにマナを凝縮させた。赤いマナは球体となり、それは空気さえも粉微塵にしてしまいそうなほどの圧力を持っていた。

「再び、アタシの手によって死ねることを歓喜しな!」

「──はい。今この場で宿敵を倒せることを歓喜します」

 シャルロッテは前方に魔法陣を展開して急ブレーキを掛けた。即座に腰に据えた剣の柄に手をやり、ハルトマンが眼前まで迫ったところでそれを勢いよく引き抜いた。

「居合い──隊長から教えてもらった技の一つです」

  シャルロッテは、戦死者化によるマナの大幅な減少により、マナの武器を作ることができなくなってしまった。これは多くの戦死者に当てはまる事象であると、先日セッポに付き添っていた少女クレア・サンソンの研究により解明された。

 ほとんどの戦死者はマナの大部分を失う。その欠点を補うために、彼らは主なき兵器に自身のマナを少量注ぎ込み、より強化した状態でそれを振るうようになった。

 切れ味は抜群で刃こぼれもしない理想の武器へと昇華した矛を扱うのもまた、圧倒的身体能力もとい攻撃力を獲得した戦死者だ。

 圧倒的攻撃性能を持つ戦死者がどれほどの脅威なのかは言うまでもない。

 シャルロッテの居合いは、マナごとハルトマンを裂いた。高密度のマナは爆発し、ハルトマンに追撃を加えた。

「シューマッハぁぁぁ!!」

 ハルトマンの身体が弾け飛んだ。

 確かな手応え、それに優越感。今度こそ、ハルトマンは死んだ。シャルロッテはそう確信していた。

 彼女は清々しい表情で天を仰いだ。

 赤に染まる身体とは反対に、空はどこまでも青かった。生前見ていた空もこんなに青かったのだろうか。

 青に青を混ぜても、それは青にしかならない。

 しかしながら、赤に青を混ぜるとそれは紫となる。

 シャルロッテ・シューマッハは変わったのだ。青に混ざり合う赤──紫へと。

「シャルロッテ!」

 蘭子が、シャルロッテの元まで駆け寄ってきた。

「大丈夫? 怪我はない?」

 心配そうに身体を見回す蘭子に、シャルロッテは微笑む。

「問題ありません。隊長こそ、お怪我はありませんでしたか?」

「え、えぇ……」

 何もしていない自分を、彼女はどうして心配してくれるのだろう──蘭子は少し困惑した。

「……どうしてハルトマンが……生きてるって分かったの……?」

 次いでやってきたヴィルヘルミーナが問う。

「勘……ですかね?」

 シャルロッテは苦笑しながらそう言った。

「勘……ね」

 蘭子は気がかりな単語を呟いた。

 シャルロッテの発言と行動は、どれも未来を見てきたかのように迷いのないものだった。

 それが勘という単語一つで済まされていいのだろうか。

 思い返してみれば、セッポとの演習の時の『慣れた』という発言もきな臭い。

 蘭子は、シャルロッテに対して半信半疑の念を抱き始めていた。

「さて、これで本当に地上戦に参加することができますね! ビーチェが心配ですし、早く向かいましょう!」

「同意……まだ……大丈夫そうだけどね……」

 マナのスコープを覗きながらヴィルヘルミーナが言った。

「結構押してる雰囲気がありますよね。案外、あっちはそこまで強敵じゃなかったのかも……?」

 シャルロッテは冗談交じりに呟いた。

「……待って。あれ、何だろ……戦車……?」

 ヴィルヘルミーナが、ワイセンベルガーの魔法陣から出現した巨大兵器を見て声を震わせた。

「えぇ、武器庫ってあんなのも収納できるんですかぁ!?」

 シャルロッテは、考えもしなかったことを平然とやってのけた戦死者に驚愕の声を漏らした。

「不味そうな雰囲気が漂い始めたってことは私にも分かったわ。急ぐわよ……もう、私だけ仲間外れにして……」

 蘭子が何やらブツブツと愚痴を言い出した。

 遠くが見える二人は顔を見合わせ、やっちゃったと声をハモらせた。

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