飛ぶ必要なんてない
地上の敵を任された三人は、特別仲がいいわけでもなく、たまに雑談する程度の関係だった。生まれも育った環境も全く違う三人には、盛り上がれる会話というものが存在しなかったのだ。そんな三人が今、小隊を組んで一つの敵に立ち向かおうとしている。その人物の名は──
「ワイセンベルガーだ」
しっかりと三人を見据えながら、力強い声で彼は言った。
長く垂れ下がった黒髪は生前天を見上げていたものだが、今は大地を指している。下こそ向いたものの、その力強さは健在で、主の恐ろしさを増長させる役目を担っていた。
ワイセンベルガーはこう続ける。
「
一同は困惑した。地上の守護騎士もとい
「初めは俺も、お前らと同じように天を駆けていた。だが、俺には才能がなかった。マナが少なかったんだよ。だから俺は空中に立った。戦場のど真ん中で、微動だにせず」
ワイセンベルガーの自分語りには、惹きつけられる何かがあった。
何も行動に移さない三人に、彼は話し続ける。
「そのためには、独自の戦い方を編み出す必要があった。結果的に、それが俺の強みとなった。敵味方関係なく、俺の戦術を完璧に理解できる者は一人もいなかったんだ。俺の動きは俺にしかできない。上官だろうとエースだろうと、真似できないんだよ」
ワイセンベルガーは、今まで戦ってきたどの戦死者とも違う行動をしてくる──つまり、今までの戦闘経験はまるで役に立たないということだ。これから行われるであろう戦いで学び、予測し、そして勝つ。若き守護騎士に課せられた任務は、余りにも困難なものだった。
「俺はエース守護騎士となった。それからすぐだな。俺が死んだのは」
ワイセンベルガーが言うに、長期戦によるマナの枯渇が彼の死因らしい。弾幕の中央にいたワイセンベルガーを救える者はおらず、彼は一人寂しく命を終えた。
「ワイセンベルガーの一生完結。清聴感謝するぞ少女達。さて、ここで質問なんだが……ここまで手の内を明かした相手にならば、お前らは勝てるか?」
ワイセンベルガーの発言は矛盾していた。本来ならば、何も分からない相手よりも、手の内を知っている相手の方が倒しやすい。それなのに彼は、自分に勝てるかと問い掛けた。そこには自分の強さに対する絶対的な自信と、勝利への確信があった。
数秒経っても、誰も何も答えない。ワイセンベルガーが仕方なく口を開いたその時、エイヤ=リーサがこう答えた。
「勝てますわよ。わたくし達ならば」
ワイセンベルガーは、持ち上げた唇を横に伸ばして笑った。
「いいだろう、それでこそ戦士だ! 全力で俺を殺しにくるといい!!」
ワイセンベルガーは両手をクロスし、腰に差した二本の剣を手に取った。
「ビーチェ、カチューシャ、距離を取りますわよ!」
「了解!」
近接武器を構える相手に遠距離攻撃を仕掛けるのは鉄板だ。三人はワイセンベルガーを中心にトライアングルを描き、マナの銃で発砲した。
するとワイセンベルガーはマナのシールドを背後に一つ出現させ、ベアトリーチェの攻撃を完全に防いだ。残る二つの攻撃は、両手に持つ剣を振り回すことで弾いてみせた。
こうして、彼女らの攻撃は全て失敗に終わったのだった。
「凄い反射神経だね……」
エカテリーナはとても悔しそうに唸った。
「まだですわっ!」
エイヤ=リーサが、マナでランチャーを創生した。ランチャーの弾は白い煙を漂わせワイセンベルガーに突撃する。
「ふんっ!」
彼は剣から射程の短いマナの衝撃波を飛ばし、迫る脅威を破壊した。
熱い風が彼の長い髪を靡かせる。
「どうした? もう終わりか?」
ワイセンベルガーはノーダメージだった。
「くっ……!」
近接攻撃は論外として、遠距離攻撃も効果がないとくればもうお手上げだ。
エイヤ=リーサの脳裏に、蘭子の言葉が浮かんでくる。
「時間を稼げれば……いいんですわよね……」
ワイセンベルガーを倒すのではなく、ただ時間を稼ぐだけならば、ずっとこうしていればいい。エイヤ=リーサ自信も、その選択が正しいと判断していた。
だが、そうは思っていない人物もいた。
「まだ諦めるのは早いよ。合流するまでに、一つでも多くあいつの手の内を明かしておいた方がいいと私は思う!」
ベアトリーチェだ。
「可能ならばわたくしもそうしたいですわ。ですが、わたくし達にはその手段がありませんの!」
「……だったら、私が突っ込んでみるよ」
「何を言ってるんですの!? 無謀すぎます!」
「私にはこのシールドがあるから。それに、もしもの時はカチューシャさんの回復もあるしね!」
エイヤ=リーサはまだ納得しない。
「死んでしまえばそれも無意味ですわ」
確かに、とベアトリーチェは思った。その後、最強の説得の言葉が浮かんできた彼女は、ニッと笑ってその概要を述べた。
「じゃあ、そうならないためにもエイヤが私をフォローしてよ──できるでしょ、エイヤ?」
エイヤ=リーサは自他共に認める天才だ。無謀な挑戦をしようとしている仲間を助けられるのは自分だけ──そう、エイヤ=リーサだけなのだ。
彼女にこう思わせることができた時点で、この討論はベアトリーチェの勝利が確定していた。
「……当然ですわ! わたくしが、あなたの命を守ってあげましょう!」
最強の矛が、最強の盾を守ると誓った。
「っしゃ! カチューシャさんも援護よろしくぅ!」
ベアトリーチェはそう言って魔法陣を蹴った。前方にもそれを出現させて、相手からの攻撃に備える。
「エカテリーナさんって呼んでほしいんだけど……まぁいいや」
エカテリーナは、ベアトリーチェにもエイヤ=リーサにも邪魔にならない程度の弾幕を張った。
「やれやれ、これじゃどちらが弾丸なのか分かったもんじゃねーな……」
マナを温存しておきたいワイセンベルガーは、飛んでくる銃弾を一つひとつ丁寧に弾いていた。その間にも、ベアトリーチェは着実に距離を詰めていた。
「そおらぁ!」
ワイセンベルガーが、節約していたマナを衝撃波として放出すべく剣を振りかぶる。
「そこですわ!」
その腕を、少し高度を落としたところで待機していたエイヤ=リーサが射抜いた。
「ぐおっ……!」
ワイセンベルガーは、やむを得ずシールドを展開した。
そのシールドにベアトリーチェのシールドが接触し、火花が飛び散った。
ワイセンベルガーの魔法陣は消え、ベアトリーチェが勢いよく前進する。そこに、彼は衝撃波を放った。
「うわっ!」
「ぐっ……!」
一歩遅れてエイヤ=リーサの弾丸が彼の腕を捉えた。しかし、ベアトリーチェの身体は既に衝撃波の勢いで吹き飛ばされていた。
「ちっ……!」
エイヤ=リーサが舌打ちする。
体制を立て直したベアトリーチェは、再度突撃するために魔法陣を足の裏に出現させた。
「行っくぞぉぉぉ!」
叫びと共に、ベアトリーチェは銃を構えた。
ワイセンベルガーが痛みを堪えて体制を立て直そうとするが時既に遅し。ベアトリーチェはもう引き金を引いていた。
鉄に衝撃を与えた時の音が発せられる。
「あっぶねぇ……」
ワイセンベルガーとベアトリーチェの間には、一輌の戦車が出現していた。
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