三章 陸空共同作戦編

決意と再開

 シャルロッテが戦死者となってから、早くも二月が経過していた。

 彼女もその身体に慣れ、今では持てる力を余すところなく戦死者との戦いに活用している。

「書庫で面白い本を見つけちゃってさー、本当眠くて眠くて……」

 大きな欠伸をしながらエカテリーナが言う。

「ちゃんと寝ないとダメですよ? いつ出撃することになるか分からないんですからねっ!」

 腑抜けた上司に、シャルロッテが怒号を浴びせる。するとエカテリーナはバツが悪い顔をして小さく縮こまった。

 そんな日常を送る二人を、一つのサイレンが覆った。

「ほら、出撃ですよ出撃!」

「嘘でしょ~……」

 エカテリーナは、もしもこの場にタイムマシンがあったならば、過去に戻って早めに眠りたいと思いながらシャルロッテの後を追った。

 格納庫には既に皆集まっていた。

「これで全員ね。それじゃ、行くわよ!」

 蘭子らはアドミラル・シェリアの甲板に転移した。船は陸の側を航海しており、辺りにはいつもと違った茶色の風景が広がっていた。

「アドミラル・シェリアは陸軍より援軍要請を受けました。よって本日は、皆様に陸の空を飛んでもらうことになります」

 初々しさの残る艦長キリエの言葉に、シャルロッテらは少しの動揺を見せた。

「陸上航空……実戦では初めてだよ……」

 彼女らには、ほとんど陸上航空の経験がない。ベアトリーチェに至ってはこれが初となる。

「ごめんなさい……でも、あなた達にしかできないことなんです。我々に代わって、多くの命を救ってきてください……お願いします」

「そ、そこまで言われちゃやるしかないなぁ~……」

「そこまで言われなくとも、やるしかないのよ」

 蘭子は息を吐き、

「総員、出撃!」

 と叫んだ。

 シャルロッテ達はその声に応え、一斉に空に飛び立った。

「敵は一人……いえ、何ですか、あれは……!?」

 戦死者ヘルトになって手に入れた視力で今回の戦場を確認したシャルロッテの目には、驚くべき光景が映っていた。

「戦死者が二人、直線距離にして五〇〇メートルほど離れたところにいます。飛行する戦死者が一人、大地に立つ……あれは陸の戦死者でしょうか。それが一人の計二名が今回の相手です。ですが……」

「あなたの目には、一体何が映ってるの?」

 言葉を濁すシャルロッテに痺れを切らしたエイヤ=リーサが問い掛ける。

「陸軍兵が──全滅しています」

 苦い顔をしながらシャルロッテはそう言った。

 彼女が一度発言を躊躇ったのも無理はない。そこに広がる光景が、地獄絵図と呼ぶに相応しいものだったからだ。

 陸の戦いは空のそれよりも遥かに凄惨だ。彼らは攻めと守りを極限まで突き詰めているという特徴を持っている。それ故に、シールドが破られたその瞬間、彼らの身体には巨大な虫食いのような穴が穿たれることになる。

 これはまだいい方だ。

 本当の地獄は、即死できなかった時にこそ訪れる。

 もしも敵の攻撃を受けてなお生き残ってしまった場合、当人は二つの未来のどちらかを進むことになる。敵に嬲られながら逝くか、痛みに悶えながら息を引き取るか。どちらの道も、最後は同じところに辿り着くというのもまた皮肉と言えよう。

「うげー、降りたくないなぁ……」

「いえ、そこまでのものではないですよ。恐らくですが、倒したのは飛行している方です」

 シャルロッテは、死体の状態を見てそう判断した。転がる肉体はどれも比較的綺麗で、酷いものも明らかに即死するような状態だったからだ。

 と、ここで、一つの声が聞こえてきた。

『陸軍も増援に向かっているそうです! それも、あのマチルダ姫が!』

 興奮する声の主はキリエだった。

「マチルダ姫って?」

 頭上にハテナを浮かべるベアトリーチェに、キリエが詳細を告げる。

『陸軍最強の盾ですよ! 姫を傷付けた者はこの世に一人としていないんだとか! あぁ~、私も見たかったです~!』

「へ、へぇ~。凄い人なんだね」

『ただ、走るのが苦手らしいので合流は遅れるでしょうね……』

 シャルロッテ達は、マチルダが合流するまでの間、二人の戦死者をこの場から移動させずに、かつ生き残ることが今回の目的だと肝に命じた。

「相手は強敵だろうけど、我々にも希望はあるわ。いい? 危険だと思ったらすぐに退避するのよ?」

「蘭子にしては……控えめな発言……」

「茶化さないでよヴィルヘルミーナ。私だって、いつも攻めの姿勢を取ってるわけじゃないわ」

 蘭子は不満そうに反論した後、真っ直ぐ戦場に目を向けた。

「シャルロッテ、敵の顔が見えたらすぐに教えて。人は見かけによらないと言うけど、今回は見かけで編成を組み換えるから」

「分かりました」

 蘭子はシャルロッテと頷き合い、

「攻撃始め!」

 と指示を出した。

 隊員達は、シャルロッテを先頭にして扇状に飛行を開始した。速度は一番遅いベアトリーチェに合わせて、他の人は陣形を崩さないように慎重に魔法陣を蹴る。

「見えました! 地上にいるのは強面の男性で、大きな欠伸をしています。空にいるのは──ハルトマン!?」

「何ですって!?」

 蘭子は目を見開き、驚愕の声を上げた。そして彼女は、今回の編成を命令した。

「ベアトリーチェ、エカテリーナ、エイヤ=リーサの三名は地上の敵をお願い。ただし、撃破ではなく負傷しないことを意識して立ち回ること」

 ベアトリーチェが守り、エカテリーナが治療をし、エイヤ=リーサが二人のカバーをする──蘭子は、守備的な人員を地上の敵に割いたようだった。

「私とヴィルヘルミーナ、そしてシャルロッテでハルトマンを討つわ。二人とも、ハルトマンの上昇には十分注意すること」

「うぃ……」

「分かりました」

「どれだけ時間が掛かるか分からないけど……撃破次第、必ず地上の方の援護に駆け付けるから」

 ベアトリーチェは、自分がその時まで二人を守ってみせると言った。まだ経験の浅い彼女の精一杯の強がり。それを聞いたエイヤ=リーサは、自分が囮になって、二人に及ぶ危険を極力減らそうと心に決めた。

「頼もしい限りね……行ってきなさい、私の愛する仲間達!」

「任せろー!」

 こうして、一つの部隊は二つに分かれて飛行を開始した。

「行ってきなさい、私の愛する仲間達ー!」

「ちょ、復唱しないでよ馬鹿シャルロッテ!」

 蘭子は顔を真っ赤にしながらふざけるシャルロッテを叱咤した。

「ふふ……」

 ヴィルヘルミーナの笑い声以降、喋る者は誰もいなかった。

 そして──

「おっせーぞ羽原。ってあれぇ、そっちの君はもしかしてシューマッハかな?」

「……お久しぶりですね、ハルトマン」

「お久~。まさか戦死者になって復讐とはな。恐ろし恐ろしー……んで、そっちの新顔ちゃんの名前は?」

 ハルトマンには、自分が戦う相手の名前を聞く癖があるらしく、シャルロッテと蘭子は、前回相対した時に名乗らされた。今回その標的にされたのはヴィルヘルミーナだった。

「……ヴィルヘルミーナ・ユーティライネン」

「ユーティライネンね、覚えた。ってか、そんな名前の奴がうちにもいたような……」

「……私の父」

「なーるほど! あのおっさん、生きてても死んでてもクッソ強くて頼りになったんだけどなぁ。ナムナム」

 ヴィルヘルミーナの父は、ハルトマンと同時期に戦死者と戦っていた守護騎士の一人だった。その実力は年齢に見合わぬほど高く、かなりの撃墜数を獲得したエース守護騎士の一人として数えられるほどだった。しかしながら、ハルトマンが落ちた数時間後に戦死。奇しくもそれは、終戦前日のことだった。

 世界に再び戦死者の脅威が迫った日、彼は生前同様数多の守護騎士を撃墜した。最優先撃破対象となった彼だったが、セッポ・カタヤイネンの活躍により無事撃破され、世界は平和に大きく一歩近付くことになった。

「父親が殺された戦場なわけだけど、よくここまで出てこられたよなぁ」

「……僕は父の意志を継いだ。ただそれだけ」

「へぇ、格好いいじゃん。教えてくれてありがと。さて、お前らアタシと友達になるためにここにきたってわけじゃないんだろ? そろそろ始めようぜ──殺し合いをよ」

 ハルトマンはカッと瞳孔を開け、武器庫から十字槍を取り出した。

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