生者VS死者

 蘭子がセッポを案内したのは、基地の地下に作られている演習場だった。

 天井は高く、壁の上の方には分厚いガラスが張られており、その内側から観戦できるようになっている。その様はまさに闘技場そのものだった。

 観戦席で二人の激しい戦いを見守る少女蘭子は、エイヤ=リーサに一つの疑問を投げ掛けた。

「あなたのお兄さんは、一体何を考えてるの?」

 エイヤ=リーサが肩を竦める。

「何も考えていませんわよ。お兄様は、頭よりも先に身体が動くタイプなんですの」

「それなのに、大佐……?」

 ヴィルヘルミーナが小動物のように愛くるしく首を傾げた。

「あくまでそれが本性というだけ。つまり、普段は無理をして大佐を演じてるという感じですわね」

「演じてるのに大佐になれる……カタヤイネンの血は計り知れないね」

 エカテリーナがどうでもよさそうに感想を述べた。

 蘭子はそんな彼女に、直ぐ様こうツッコミを入れる。

「あなたがそれを言うわけ?」

 コネで守護騎士ヴェヒターになった人物など、エカテリーナを除いて一人も存在しない。厳密に言えば血は関係のないことなのかもしれないが、他者が羨む家系であることはどちらも同じだ。

「もういいでしょーその話は! 私だって、ちゃんと成果を残せるようになってきてるんだからさぁ」

「はいはい。悪かったわよ」

 蘭子はクスクスと笑った。

「行けーシャルー!」

 ベアトリーチェは、いつも通りシャルロッテ一筋だった。


 強い──セッポと戦うシャルロッテに、それ以外の思考をする余裕はなかった。

 セッポは縦横無尽に空を舞い、自分の姿が相手の視界から消えたその瞬間に回避不能の攻撃を仕掛けるという戦術を得意としていた。

 彼を目で追っているようでは傷一つ付けることなどできない。行動を予測し、目を動かすよりも速く宙に鉛を撃ち出す。簡単なことではないが、シャルロッテは意地でもこれを実行しなければならない。彼に勝ちたいのならば──

「効率を求めるのならば、もっと速さを磨け。速さは全てに勝る。俺が最強と呼ばれてるのがその証拠だ!」

 セッポは余裕綽々たる態度で、マナの銃から弾を撃ち出した。

「ぐっ……!」

 対するシャルロッテは、見えてはいるものの、身体が追い付かないといった様子で呆気なく身体に穴を穿たれていた。

「データ上では俺と君は同ランクだったが、実際にはこうも差がある。本部に戻った時に改訂を申し込むとしよう」

 セッポがシャルロッテの左に回り込む。シャルロッテはそれを必死に追い掛けるが、すぐに彼の姿が消えてしまった。

 何かが弾ける音が響く。直後、シャルロッテは鮮血を撒き散らす。

 この程度の傷ならば一分もすれば塞がるため、さしたる問題ではない。逆に、身体でセッポの癖を覚えることができたとシャルロッテは喜んだ。

 シャルロッテが大きく息を吐く。

 追い詰めていたはずの相手が、かくも落ち着いている。セッポは次の攻撃時に何かを仕掛けてくると読んだ。

 警戒しつつも、彼は同じ動作を繰り返した。そう、速度も発砲のタイミングも全く同じ動作を。

 シャルロッテは先程と同様にセッポの影を追った。やがて彼の姿は消え、その直後に発砲音が鳴る。

「そこです!」

 シャルロッテはマナの形態を変化させず、光線のようにそれを左手から放出した。

 あらかじめ下ろした左手を後ろに向けていたため、目で追うよりも速くセッポの姿を捉えることができた。

 セッポも負けてはいない。念を入れて、シールドの準備をしていたのだ。彼はマナの盾でマナの光線を防ぎきり、額を流れる冷や汗を袖で拭った。

「そっちの手は無警戒だったよ。マナをそんな使い方するなんてね……」

「赤いマナは青よりも好戦的なんです。まだまだ秘策がありますよ」

「……面白い。ならばこれを受けてみろ!」

 更に加速したセッポは、あえてシャルロッテの正面から突っ込んだ。彼女を倒すには、チマチマと発砲している余裕などない。再生の追い付かない攻撃──つまり、刃物による一撃必殺を仕掛ける必要がある。だから彼は距離を詰めた。

 弾丸よりも速く、そして鋭く空間を切り裂き肉を断つ。その姿は誰にも捉えることなどできない。

 シャルロッテは銃も左手も彼の方に向けることができず、それどころか、前方から迫る脅威に気付いてすらいなかった。

 勝利を確信したセッポの顔に笑みが溢れる。彼の顔を照らす赤い光が、その邪悪さを増長させていた。

「チェックメイト!」

 青いマナの剣の先が少女の首の皮に触れる。接触箇所から赤い液体が球体になって顔を覗かせた。

「……やれやれ」

 セッポはその場から動けなくなった。

 赤いマナが少年の腕を、脚を、首を今にも切断しようと待機していたからだ。

 セッポはマナの刃に続く細いマナを目でなぞった。それは演習場の壁と並んで二人を囲んでいた。

「なるほど、俺がどこからきても対応できるように準備をしてたわけか」

 少年は、目の前で微笑む少女を恐れながら、小さくそう言った。

「しかしながら、だ。今の俺の攻撃は、あのハルトマンさんでさえ捉えきれなかった必殺の刃だ。どうしてシューマッハ君がそれを見ることができたんだ?」

 シャルロッテは淡々とこう答えた。

「大佐がビュンビュン飛び回ってくれたおかげで、目が速さに慣れちゃいました。ぶっちゃけ、大佐が笑ってるところも見えてましたよ」

 セッポは手の施しようがないがないと大きな溜め息を吐いた。

「俺には分からないよ。君が考えてることも、何が真実なのかも」

「あはは……私も私が分かりません……」

 二人は刃を収め、ダイニングルームへと戻った。


「凄いよシャル! あの大佐に勝っちゃうなんて!」

「勝ってない、引き分けだよデ・ルーカ君!」

「勝ちだよ勝ち! 大佐は一本だけど、シャルは五本も用意してたし!」

「俺の剣はシューマッハ君の首に触れていた! だから本来は俺の勝ちだったんだ! それを引き分けにしてあげてるんだからもっと感謝してもらいたいね!」

 ダイニングルームに戻って早々、机を挟んだ第二の戦いが繰り広げられた。

「お兄様、大人げないですわよ!」

「すまない、俺が悪かった。だから許してくれエイヤ=リーサ」

「うわぁ、シスコンだぁ……」

「兄が妹を愛することの何がおかしい? 俺は全ての妹達を愛してるぞ!」

 先程までの威厳を全て失ってしまったセッポを、エイヤ=リーサを除いた全員が冷めた目で見つめた。

「ふぅ、今日の紅茶も美味しいですわね」

「……何でそんなに落ち着いてるの?」

「慣れっこですから」

「あぁそう……」

「あはは……」

 第二の戦いは冷戦状態となり、興奮していた二人も大人しく席について紅茶を啜った。

「おぉ、クリッパーのダブルベリーの紅茶か。この紅茶は昔から大好きだったよね、エイヤ=リーサ!」

「そうですわね、お兄様」

「エイヤ=リーサはベリーが大好きだったよね! あっそうだ、今度実家からいっぱい送らせようか!?」

「結構ですわ。自分で調達しますから」

 ここから、セッポによる長い長いエイヤ=リーサ話が始まった。

「エイヤ=リーサは凄いんだぞ! 五歳の時からマナの形態変化ができたんだ! あの頃からエイヤ=リーサは可愛くてねー! 俺の誕生日にマナのお花をプレゼントしてくれたんだ! それが嬉しくて嬉しくて。もう号泣しちゃったよ! そしたらエイヤ=リーサったら、何を勘違いしたのか、慌ててお花を分解しちゃってね! その頃の俺の夢が軍の入隊だったことを知ってたんだろうね。何とマナの銃を作ってくれたんだ! エイヤ=リーサが俺のために銃を作ってくれたんだぞ? もう頭の中が愛で満ち溢れたね! だから俺はエイヤ=リーサをギュッと抱き締めて、頭を撫で撫でしてあげたんだ! すると──」

「くどいですわよお兄様」

「すまないエイヤ=リーサ。端的に言うと、エイヤ=リーサは俺の何倍も天才なんだ」

 マナの形態変化は、精鋭部隊の隊員でさえもできない者の方が多い高等技術の一つだ。それを五歳で可能にするエイヤ=リーサは、贔屓目なしでも天才だ。

「いやー本当、数年後が楽しみだよ。俺が最強の座から引きずり降ろされる瞬間を乞うご期待ってね!」

「今すぐこの世から引きずり降ろしてやろうかこのクソキモ男、とジョフレが言ってました」

 長い横髪を先で結んだ白衣の少女が、隣に立つ緑の髪の少年を指差してそう言った。

ジョフレは両手を振り、彼女の発言を全力で否定した。

「ぼ、僕はそんなこと言ってませんよ!?」

「まぁそれは置いておいて。あの戦死者の検査結果が出ましたクソキモ男……失礼、カタヤイネン大佐。割と参考になる面白い情報が盛り沢山ですよ」

 白衣の少女は、シャルロッテの資料の何倍も多い紙をセッポに手渡した。

 セッポはそれを受け取り、目を通す。

「ふむ……これは帰ってゆっくり考える方がよさそうだね」

「あの戦死者はどうしますか?」

「持ち帰る技術は……まだないよね?」

「僕の【夢見の泉(アネスシージャ)】でも、あの距離を眠らせ続けるのは難しいでしょうね」

 セッポは顎に手を当てて頭を悩ませた。そして、今度はこちらに話を振ってきた。

「あの戦死者の使い道はあるかい?」

 蘭子らは互いの顔を見合わせ、首を振った。

「話の通じる相手ではありませんでしたし、演習相手として使うということもできないでしょうね……」

「だろうね。よし、殺せ」

「分かりました」

 セッポとジョフレの横暴で淡々とした会話に、一同は騒然とした。しかし、それに異議を唱える者はいなかった。

「それじゃ、これが済んだら俺達は帰るから。シューマッハ君は頼れる味方だ。今後は、彼女の優れた戦闘力も活かしていくように。以上!」

 ベアトリーチェはシャルロッテが存在を認められたことに歓喜し、その場で結んだ二つの髪を揺らしながらぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 シャルロッテは胸を撫で下ろし、他のメンバーはそんな二人を優しく見守っていた。

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