二章

人と戦死者

「君達が捕虜にした戦死者ヘルトの調査が、今開始されたよ」

 シャルロッテ達が出撃している間に基地に訪問していたセッポ・カタヤイネン大佐が、十枚程度の紙を手に持ちながら言った。

 ──シャルロッテらが基地に帰ってきてからも、濃密な出来事は休むことなく起こっていた。

 まずはシャルロッテに対する蘭子の土下座。蘭子は、とにかく仲間シャルロッテを疑い続けた自分を恥じた。シャルロッテはその姿を「らしくない」と否定し、即座に蘭子を許して止めさせた。

 次に、ダイニングにて待機していたセッポの部隊との挨拶。彼らは蘭子の部隊よりも更に優秀で、上層部のお気に入りとなっている。

 蘭子による戦死者シャルロッテの確保の報告を受けた彼らは、至急この基地に向かった。

 セッポらはシャルロッテの姿を見た瞬間に彼女を医務室へと連れて行き、エイヤ=リーサのような幼さの残っている医者の検査を受けさせた。

 今セッポが持っているのがその結果を纏めたもので、彼はそれを机の上に広げてみせた。

「この結果には、正直俺も驚かされたよ……」

 誰もが認める最強の守護騎士ヴェヒターが驚く診断結果。シャルロッテらは心してそれに目を通した。

「すっごーい! マナ保有量以外オールSランクじゃん!」

「た、確かに、身体が軽くなったような感覚はありましたが……流石にこれは誤診なのでは?」

 余りにもぶっ飛んだ結果に困惑するシャルロッテを、ベアトリーチェが否定する。

「いやいや、これは正しいよ! だってシャルは最強だし!」

 戦死者によって大量虐殺が行われた都市出身のベアトリーチェは、自分を助けてくれたシャルロッテを過剰なまでに尊敬している。ベアトリーチェにとってシャルロッテは最強のヒロインであり、彼女がこのような評価を下すのもおかしなことではない。

「あながち間違いではないんだけど、やっぱりこれはとても興味深いデータなんだよね」

 セッポはそう言いながら、別の資料を横に置いた。

「生前のシューマッハ君は、筋力がBランクでマナ保有量がEXランクだったんだよ」

「今のシャルロッテは筋力がSランクに上がって、マナ保有量がEランクまで落ちていますね……」

 蘭子の言葉に、セッポは一度大きく頷いた。

「加えて、異能力も失われている。つまり今の彼女は、俺に並ぶ身体能力を手に入れた代償として、一番の取り柄だったマナ関連の力を失ってしまっている状態にある」

「なるほど……」

「自分のことでしょう? なるほど……ではありませんわ!」

 シャルロッテは苦笑を浮かべた。

「でも、本当に分からないんですよね」

 シャルロッテは、自分の手を見てそう呟いた。この手は本当に自分の手なのか。この身体は、記憶は、本当に自分のものなのか。こんなものはただの疑心暗鬼に過ぎないと分かっていても、どうしても考えてしまう。今のシャルロッテは非常に不安定な状態だった。

「彼女の異能力が回復系だったからか、傷の治りはとても早い。数刻前にできた胸部の刺し傷が、もう完治寸前だとか」

 蘭子は胸を押さえるシャルロッテを見て、強く唇を噛み締めた。そこからの出血により、彼女の口内に鉄の味が広がる。

 そんな彼女の一番の理解者であるエカテリーナは、誰にも気付かれないように意図的に小さくしたマナの塊を蘭子に入れ、その全ての痛みを一身に受けた。

「今のところは落ち着いてるようだけど、何かあったらすぐに知らせてくれ。君達も、君自身もね」

「……はい!」

 セッポはニッコリと笑みを浮かべた。

「素直でよろしい! では、もう一つだけ問わせてもらおう。今度も素直に頷いてくれると助かる」

 首を傾げるシャルロッテにセッポは、優しさ溢れる仮面を外してこう告げた。

「俺と決闘をしてほしい」

 一瞬のうちに、流れる空気の種類が変化した。何をするでも何ができるでもない部外者達は、各々椅子から立ち上がったり、一歩前に出たりと小さな挙動を見せた。これにはセッポの部隊の者も驚いたらしく、彼らもまた部外者の一人に含まれていた。

 関係者の少女は言う。

「それには頷けません」

 この未知なる絶大な力を、仲間に振るうことなどできない。そう思っての発言だった。

「そんなに戦いたそうな顔をしてるのに?」

 それは偽りで塗り固められたものであり、本心は彼女の顔にでかでかと書かれていた。

上がりに上がる口角に、ただ真っ直ぐにセッポを睨み付ける視線。殺意は顔を出していなかったが、きっと彼女の中にはそれもあったのだろう。

 シャルロッテは、決しておかしくないおかしな身体の反応に動揺し、元に戻そうと両手で顔をベタベタと触った。

「羽原少佐、ここには演習場があったよね?」

「ま、待ってください大佐! こんな戦いに意味があるとは思えません!」

「意味はある。戦死者だって人の子だ。他人を騙すことなど造作もない」

「シャルが私達を騙してるって言うの!?」

「そこまでは言ってないよデ・ルーカ君。ただ、ほら。危険分子は排除しておくに越したことはないだろう?」

 セッポは戦死者の方を見つめる。その目は侮蔑に塗れており、もはやシャルロッテを同じ人として見ていなかった。

 兄の態度に大きな溜め息を漏らしたエイヤ=リーサは、彼の側に付く発言をした。

「いいんじゃありませんの、別に。今なら優秀なお医者様もおられるようですし?」

 妹に呆れた目を向けられた兄は、優しい兄の顔を返した。

「……シャルはどうしたいの?」

 ベアトリーチェが問う。

「私は…………分かりました。その勝負、買います!」

「決まりだ。羽原少佐、案内を頼もう」


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