6 隠蔽

「別に信用しなくてもいい。もっとも、お前も人のことを言えた義理ではないぞ……『狩人』。少なくとも、私はお前を侮ってはいない」

 まるで御子神までが魔道士のようにことを風宮は言っている。

 彼女が御子神を憎んでいることは間違いない。

 ひどく厭な予感がしてならなかった。

「それに私が、なにも準備をしてこなかったと思うか?」

 くく、と喉の奥から風宮は笑い声をたてた。

「この龍蛇の危険性はある程度までは予想していた。だから、しかるべき手は打ってある。それと、もうここから外には簡単には出られないだろうな。すでに警察や自衛隊も、準備はすませたようだ」

 呆然とした。

 一体、風宮はなにを言っているのだ。

「警察や自衛隊って……」

 御子神も驚いているようだった。

「そうか。『今のお前』は知らないのか。まあいい。いずれわかる。ただこれから、この集落で起きることは、徹底的に国家レベルで隠匿される」

「そんな馬鹿な……」

 御子神が言った。

「日本は法治国家です。そんなことが許されるわけが……」

「そんなものは表向きだ。この龍蛇のような秘密を抱えた土地は、少しずつ、潰されていく。そもそも『狩人』、お前がつくられたのだって、そのためなのになあ」

 意味がわからない。

 つくられた、と風宮は言った。

 まさかとは思うが、御子神も人造人間とかそういったたぐいのものなのだろうか。

 もう御華子のついていける世界ではなかった。

 あまりにも非常識な事態の連続に、頭が麻痺してしまっている。

「そういえば、御華子ちゃん……えっと、蛇権現様のお社って、どこにあるのかな」

 御子神の質問に、しばし御華子は悩んだ。

 こんな非常時だというのに、やはり心の奥底にまで蛇権現様に対する畏怖の念が刷り込まれているのだ。

「あの……それは、お話するわけにいきません。ただ、普通の人間じゃまず見つけられないような、洞窟の中にあります」

「洞窟……」

 御子神はしばし考えこんでいた。

 そうして改めて見ると、本当に綺麗な人だと思う。

 とても「狩人」とかいう凶暴な人には見えなかった。

「確か宮崎のほうに、そういう神社があったな。鵜戸神社、だったか。あそこは海幸彦と豊玉姫が結婚し、出産した場所でその子供が主祭神だったはずだが、古代からの海洋信仰とも関係していたともいう。豊玉姫は、そういえば海蛇の化身でもある……ここと、似てなくもないが、でも人魚がどうこうなんて伝承は聞いたことがないな」

 やはり龍蛇は特別な場所、なのだろう。

「あの……いまから、御華子と瑞江さんを逃がすって、やっぱり無理ですからね」

 権一郎の言葉は有り難かったが、現実問題としては厳しいだろう。

 すでに家の周囲は厳重に監視されているのだ。

「まあ、無理だろうな」

 風宮が苦笑した。

「百歩譲って、あの忌々しい魚どもの包囲を突破したとしても、そこから先にまた別の敵がいる。おそらく、県警は機動隊を投入して、龍蛇につながるトンネルを完全に封鎖している」

 それは、警察もこれからここでなにかが起きるか、知っているということになる。

「警察だと、警視庁公安部が主体となって、事件を隠蔽する」

 警察のことはよく知らないが、公安警察というのは聞いたことがあった。

 外国のスパイを取り締まったり、過激派を捕まえたりする部署だという。

 ただ、あまり表には出せない、後ろ暗いこともしているという話だった。

「警視庁……? それはおかしい。警視庁なら、東京都内だけが管轄のはずだ」

「他の部門はともかく、公安は違う。もっとも、公安部なんてあるのは警視庁だけで、他の県警とかはみんな警備部だけだけど。でも公安の刑事は警備部に所属して、警視庁公安部と指揮命令系統が一本化されている」

 そんな話は初めて聞いた。

「それに海だと、おそらく沖合に護衛艦が控えているはず。『万一のとき』に備えて」

 警察はともかく、自衛隊まで出てくるというのは、あまりに規模が大きすぎる。

 やはりこの風宮という人は、頭がおかしいのかもしれない。

 だが、厭な感じがする。

 確かに風宮からはある種の狂気めいたものを感じるのだが、彼女が嘘を言っているようにはどうしても思えなかったのだ。

「あと、昨日、あの男は面白いことを言っていたわね。真島船長の黄金がどうとか」

 母が顔色を変えた。

「ひょっとして、その黄金で戦前から、いろいろと裏工作をしてきたんじゃないかしら。この龍蛇を守るために」

「まさか……あれって、お父さんのただのほら話じゃ……」

「これもまたインマウスみたいな話だな。でもわざわざ民宿の客にきかせてまわるってのは、また別の意図があるのだろうけど」

 なんのことだろう。

「おそらくあの男は『黄金伝説』のようなものを外に広めようとしていたんじゃないか。そうすれば、黄金を狙ったよそ者がくるかもしれない」

「それはおかしい。もともとこの集落はよそ者を嫌っているはずだ」

 御子神のいう通りだ。民宿を開くときもいろいろ揉めたと聞いている。

「それは事実だけど……外からよそ者がくれば、便利なこともある。たとえば、身寄りがいない相手なんて最高だろう。もし蛇権現や人魚が、急に生贄をもとめてきたときには、即座に提供できるから」

 ぞっとした。

 そんなことは、考えたこともなかったのだ。

「やっぱり魚どもなんて、基本的にクズみたいなもの。あんな寝ぼけた神を信じているくらいだし」

 風宮が不快そうに言った。

「言ってみればこの民宿は、黄金伝説という撒き餌を世間に広めるための場所なのだだろう。ただ、もともと龍蛇そのものがマイナーすぎて目論見どおりにはなかなか言っていないみたいだけど」

 だとすれば、と御華子は思った。

 父が民宿を開いたのは、あるいは外のまっとうな世界から、生贄たちを集めるためだった、ということなるのではないか。

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