宇和島
宇和島は「大都会」ではないが、歴史のある町である。
宇和島藩初代藩主は伊達秀宗で正宗の長男である。本来なら秀宗が仙台六十二万石を相続するはずであったが、幕府の方針で、先代からはるか遠い宇和島の藩主となった。つまりは「伊達家の分家」ということになる。
幕末の藩主は伊達宗城である。彼は非常に賢君として知られている。
黒船が嘉永六年にきて、その5年後に黒船のレプリカを作り、それに乗った。
レプリカといっても人は十分乗れる。残念ながら薩摩藩が日本で一番最初にレプリカを作っており、二番目という形にはなる。
しかし、司馬遼太郎先生は著書「伊達の大船」の中で「宇和島藩が黒船のレプリカを作ったことは現在にしてみれば宇和島という地方都市が「人工衛星を打ち上げる」ほどの偉業であったことを書いている。
入江誠。つまりは若き日の「若狭屋小夏」その宇和島に向かっていた。
前日「若狭屋真夏」に目をじっと見つめられ、「迷っていることがある」といわれ、それが型がついたら正式な弟子入りと決まった。
正直、誠は悩んでいた。
「型」というのは、当時付き合っていた、恋人小早川千秋に別れを告げていなかったことである。
誠は無鉄砲なところがある。思ったことをすぐ実行してしまう。
今回の弟子入りもそうだ。
地方営業に来ていた若狭屋真夏の落語を聞いて以来「弟子入り」ということしか考えられなくなった。
両親は「息子を落語会に連れていくくらいだから」若狭屋の師匠ならと、承諾してくれた。しかし問題は恋人千秋の事だった。
千秋は誠の一つ下だから14歳になる。田舎のことだから「付き合っていた」といっても手をつないで学校から一緒に帰ったり、お祭りに一緒に行ったりするくらいで、「キス」をした程度だ。
しかし、誠は千秋の事を大切に思っていた。「将来絶対に千秋を幸せにする」と真剣に考えている。
その千秋に「何も告げないで」上京してしまった。
千秋は突然彼氏が消えたのだから不安だろう。
「どうせ、おれには千秋を幸せにすることが出来ない」誠はそうも考えている。
千秋という少女は「賢く真面目」な人間だ。一生懸命に人生を生きている。
それに比べて俺は、、、。と考えてしまう。
千秋を不安にさせたのはこれが初めてではない。
それならばいっそ振られよう。
それが一番いいのだ。そう自分に言い聞かせた。
やがて宇和島の景色が車窓から見えてくる。
懐かしい風景だ。山にはオレンジの木が植えてあり、二人してそれを眺めたものだ。海も見えてくる。
そして、宇和島駅に誠は到着した。
改札を通ると、見覚えのある少女が立っていた。
小早川千秋だ。
「まことー」そういって誠に抱きついてきた。
田舎の駅でこういうシーンを見ることはあまりない。
やがて千秋の体は誠から離れる。
そして千秋は誠の頬を強く手でぶった。
「ぱーん」と乾いた音が駅に響く。
「なんで、いつも勝手なの?私の話もちゃんと聞いてよ。」
千秋は泣いている。
「これ。」
といって誠は袋を差し出した。
「原宿で買ってきたんだ。前から欲しいって言ってただろう?」
「ばか」
千秋は再び真琴の胸で泣いた。
二人は誠の家に向かった。千秋は自転車を押している。
「ねえ。なんで私に一言言ってくれなかったの?」
「え?」
「弟子入りのこと。隠しても駄目だから。お母さんに聞いたんだよ。」
「あのさ。。」
誠は立ち止まった。
「言えなかったんだ。。。また千秋を不安にさせると思って。でも今いかないとっておもって。。。。」
「私。別れないから。。。」
「え」
「どうせ、私に迷惑かけるって思って、別れようって伝えに来たんでしょ?」
「誠はいいやつだってしってるんだから。」
「だって私は誠の彼女なんだからね」
「う、うん」
そして二人は家に帰った。
家では両親が待っていた。
母親が「おかえり、誠」と出迎えてくれた。
「千秋ちゃんもごくろうだったねぇ。だんだん(ありがとうの意味)」
「いえ、じゃ、私。。」
「千秋ちゃんも食べていきなさい。ご両親には伝えてあるから。」
「え」
「誠も、千秋ちゃんほっておいていけない子だ、ごめんね」
そういうと母は頭を下げる。
「お。千秋ちゃんも来たのか?」
奥から父の声がする。
「弟子入り失敗したのか?一回断られただけで帰ってくるとは情けない」
「ちがうんだよ。千秋に「こんな俺だけどまだ付き合ってくれるか?」って言いに来たんだよ。これは師匠の命令なんだよ。」
「えっ」千秋の頬が赤くなる。
「そう?じゃあ、遠距離恋愛になるね。電話代がかかるよ。」
「あぁ。俺も昔。。。」と父が言いかけて、やめた。
「誰の事?詳しく教えて頂戴」母は父を責めた。
「とりあえず、ごちそう用意してあるから、上がって。」
それから誠の家は笑いで包まれた。
千秋は少女ではあるが初めて「幸せ」という言葉の意味を知った。
駆け落ち 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya
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