物語って難しい!
とりあえず事件は終了したことで俺はやっと一息付くことができた。
別の物語に登場する魔物の襲来。
一体誰がこんな事態を予測できようか。只でさえ自分の物語を書くだけで四苦八苦するのに、そこに第三者が登場し物語を勝手に紡がれる。心身共にいつもの三倍以上は疲弊していた。
↓二人共大丈夫か?
『ええ、なんとか』
『あっちこっち傷だらけで痛いがな』
↓俺もさすがにしんどかった。
『お疲れさまです、桐華さん』
↓久和こそお疲れ。
『俺には労いの言葉はなしか?』
↓そんなことない。一真もよくやった。
『へっ』
↓あれか? 救急車とか呼ぼうか?
『いや、それはいい』
『そうだね。体力も少し回復したし、身体の傷もちょっとずつ癒えてきたし』
↓うそぉ!? もう!?
早くないか? いや、でも考えればラノベなんかの小説に出てくる登場人物って傷の治り早いよな。病室で治療受けていたと思ったら、二、三日後にはピンピンしてるし。
『そういえば、一真』
『何だよ?』
『一真は何であの魔物と一騎討ちをしようとしたんだい?』
↓あっ、それ俺も気になった。
『ああ、それか。別に大したことじゃないんだが』
『うん』
『あいつは、俺と似てると思ってな』
『一真と似てる?』
↓一真ってカッパのナリをしてたのか?
『そういうことじゃねぇ。境遇が似てるんじゃないかと思ったんだ』
『境遇?』
『ああ。もしかしたら、あの魔物も俺と同じように作者の書く物語に常に出てきてたんじゃないか、と』
↓ああ、たしかにそうなら似ているな。
『だけど、俺とあの魔物には決定的な違いがあった』
『それは?』
『主人公と脇役』
主人公と脇役?
『あのナリを見て分かると思うが、あの魔物は間違いなく脇役だ。おそらくファンタジーもので戦う物語のな。そして、常に殺られ役だった……』
殺られ役。
『物語に登場してはいつも主人公に倒されていたんだろうな。登場回数だけなら主人公と変わらない。でも、すぐに退場していた。もしかしたら、主人公という役柄を憎んでいたのかもしれない』
『じゃあ、あの魔物が一真を狙ったのもその憎しみからってことかい?』
『ああ、それもあるだろうな。久和の言う通り、主人公になろうとしてたのかもしれない。でも、本当はただ単に物語に登場し続けたかったんじゃねぇかな。もっと思う存分、物語に自分をアピールしたかった』
自分をアピール。
『だから、俺はあいつと一騎討ちしようと思ったんだ。役なんか関係ない。ただ自分の思うまま動いて、自分の存在を物語に刻みたかった。あいつの目を見たらそんな想いが伝わってきたんだ』
なぜだろう。一真の台詞には胸にグサッと刺さるものがあった。
たしかに作者はいろんなキャラクターを生み出し、物語に登場させる。作者が書いているとはいえ、そのキャラクター達がその世界を創っていると言っても過言ではないだろう。
しかし、全てのキャラクターがずっと出てくるわけではない。あの魔物のように、一回きりで退場するキャラクターも存在する。一真の言う通り、殺られ役だけのキャラクターも無数に存在するだろう。
だが、一体どれほどの作者がその『捨てキャラ』を覚えているだろうか。どれほど記憶に留めているだろうか。
『……』
『何だよ久和? 黙って俺を見て』
『一真って、予想外に優しいんだね』
『ちょっと待て。予想外ってなんだよ。そこは意外でよくねぇか? いや、意外も余計だ』
いや、久和の言う通り予想外だ。まさか物語の登場人物から小説を書く上で大事なことを教えられるとは思わなかった。俺達『作者』は、生み出したキャラクターをもっと大事にしなければならない。
↓よし! 物語を進めるぞ!
『どうした、作者? いきなりやる気を出して』
↓いいだろ。俺は今、無性に物語を進めたくなったんだ。あの魔物みたいな登場人物を生み出さないためにも、俺はもっと真摯に物語を書くぞ!
『……そうですね。進みましょうか』
『だな』
↓二人は疲れてるだろ? この物語も終盤だ。後は俺が進めるから任せろ。
『変な終わり方にするなよ』
↓当たり前だ。
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魔物を倒し、ようやく事態は終止符を打つことができた。もしかしたらまだ魔物は生きているかとも危惧したが、今まで紅く染まっていた空が暗い色をしている。通常の夜の姿を見せており、事件を解決したことを物語っていた。
「一真、大丈夫かい?」
「ああ、なんとかな」
傷だらけの身体でヨレヨレになりながら一真と久和は並んで校庭を歩いている。しばらく休息した後、学校の校門目指して下校しようとしていた。
「大変な一日だったね」
「全くだ。こんな一日二度としたくないね」
悪態をつきながら二人は校門に近付いた。
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後は校門の所でさっきの茜を登場させて、それから三人がドンパチするバトル物語が始まる。これでとりあえず第一章は終えられるな。
へっへっへ~。女の子も二人いるわけだし、お約束のシーンも取り入れてーー。
『あっ、桐華さん』
↓何だよ久和、後は任せろと言ったろ?
『いや、一真に聞いたんで先に確認というか一応伝えときますけど』
↓うん?
『僕、男ですからね』
なんだ、そんなことか。そんなことーー。
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
↓久和、男なの!?
『そうですよ。ずっと『僕』って言ってたじゃないですか』
↓僕っ子の男装した女の子じゃなくて!?
『ああ、やっぱり……。一真から桐華さんが僕の容姿をなんでこうしたのか聞いたんですが。違いますからね、僕は女ではなく男です』
↓ちょって待ってよ。じゃあ、お着替えのハプニングシーンは? お風呂回は?
『いや、書いてもいいですけど男同士ですよ?』
↓夕陽をバックに浜辺で「あはは♪」「うふふ♪」と追いかけっこするシーンは?
『ないな~』
『ねぇな~。というか、それ古いぞ』
嘘だろ……。
女二人しかいないけど、それらは男一人の場合だからこそ書けるシーンじゃないか。男二人じゃバランスが悪いだろ。
くそっ、これじゃあまた練り直すしかないのか。
↓しょうがない。久和には女装してもらってーー。
『桐華さん、やめてもらえます!? それに、女の子ならさっきの竜胆茜さんがいるじゃないですか!』
いや、いるけどさ~。はぁ~、また考え直すか。とりあえずこの章を終わらせよう。
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一真と久和は校門の目の前まで行き着くと、傍らに一人の少女が腕を組み凭れかかっていた。
「あれ? 彼女さっきの」
「竜胆茜って言ったか?」
名前を呼ばれたからだろう、茜は身体を塀から離し、こちらに歩いてきた。
「よう、さっきはサンキーー」
「チェストォォォ!」
突然走りだし、茜は一真に飛び蹴りを咬ましてきた。蹴りを受けた一真の身体は地を這うように吹き飛ばされる。
「か、一真ぁぁぁぁぁ!」
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……。
『ぐおぉぉ、傷がぁぁぁ。てめぇ、作者! 変な終わり方にするなとさっき言ったばっかだろうが!』
↓いや、知らん。
『知らん、じゃねぇだろ! お前が書いたんだろうが!』
↓いや、俺じゃない。
『お前以外に誰が書くんだよ!』
↓だから、俺は書いてない。
『ああ? どういうーー』
『チェストォォォ!』
『うぉ、あぶねぇ!』
茜が右ストレートを打ち込んできた。一真がそれをスレスレで避ける。
『てめぇ、何すんだよ!』
『何すんだ、ですって? 今朝私を吹き飛ばしたでしょうが。そのお返しよ!』
『あん? 何でお前そんなこと覚えてーー、ってまさか』
まさか……。
『もしかして、竜胆さん。自我に目覚めてる?』
『ええ、そうよ』
↓嘘ぉぉぉぉ!?
『いつ?』
『ついさっきよ。校門の所で立っていたら頭の中が弾けたみたいになって、気付いたらこうなってたわ』
おいおい、自我に目覚めてた登場人物がまた増えた。一体何人増えるんだよ……。
『自我に目覚めて最初に思ったのが、あんたに仕返しを、ってことだったわ』
『何でそれが一番に思い付くんだよ!』
『それだけムカついていたからよ。普通に考えなさいよ、いきなりタックル咬まされて何も思わないわけないでしょ』
『だからって、手負いのやつに飛び蹴り咬ますか? 女だったらビンタでいいだろ!』
『殺すつもりなのにビンタで死ぬわけないじゃない。さあ、覚悟しなさい!』
おいおい、なんか修羅場みたいになってきたぞ。
『いや、えっと竜胆さん落ち着いてーー』
『男の娘は黙ってなさい』
『お、男の娘!?』
↓いや、久和の言う通り落ち着いてくれ茜。
『ちょっと、何気安く下の名前で呼んでんのよ。作者のくせに生意気よ』
↓何でだよ! 作者だからこそだろ!
『うるさいわね。そうだ、作者。あんたこの物語どんなのにするつもりなのよ?』
↓唐突だな。まぁいいや。バトルものだけど?
『それ却下』
↓何でだよ!?
『私を主人公にしたアイドルものを書きなさい』
↓ぬぁ~んだそれ! 勝手に決めんな! どういう物語にするかは作者の俺が決める!
『アイドル事務所にスカウトされて、メキメキ人気を上げて、私は日本一のアイドルになる!』
↓聞けよ!
『おうおう、なんかワケ分かんなくなってきたぞ。おい久和。そんなとこに蹲ってないでお前もなんか言えーー、ってうわ! 久和どうした!?』
『男の娘……男の娘……男の娘……』
『おい、作者! 久和が死んだ目でなんかぶつくさ言ってるぞ! 何とかしろ!』
↓それ俺のせいじゃない!
『いいから、さっさと私をアイドルにしなさいよ!』
『お前がアイドルになんかなれるか!』
『何ですって!』
『ーーだ』
↓く、久和?
『嫌だぁぁぁ!』
↓どうした久和!?
『桐華さん、お願いします! 僕を主人公にした物語を書いてください! 恋愛ものを。それで、僕に彼女を! 彼女を作ってください!』
『ちょっと! 何勝手に決めてんのよ!』
『男の娘なんて絶対やだ! 僕だって男なんだ、男として生きたい!』
『ふざけないで。私のアイドル物語に決まってるでしょ』
『決まってねぇ。この物語の主人公は俺だ。俺を主体としたバトルものに決まってるだろ』
『いいや、ここは僕を主人公にした恋愛もの』
『アイドル!』
『バトル!』
『恋愛!』
それから三人はワイワイ言い争っているが、俺はもうその会話を目にする気力は残っていなかった。
「頼む。頼むから……俺の物語を書かせろぉぉぉぉ!」
〈第一章 完〉
俺の小説の登場人物が反抗期のようです 桐華江漢 @need
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