決着
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁ!」
俺は立ち上がり、勝利の雄叫びをあげた。
倒した。
とうとう魔物を倒したのだ。
とても太刀打ち出来なかった一真と久和だが、竜胆茜のおかげでようやく終息できた。なぜだろう、目から水分が流れてくる。
「うっ、うっ。俺、やったよ父さん」
昔やったRPGのラストシーンを思いだし、その時の台詞が自然と口に出た。魔王に殺された主人公が仇を打ち、涙を流しながら天国の父に語るシーン。
まあ、実際の俺の父親はうるさいっていうぐらい健全ですが。
「よし! 祝杯じゃ!」
俺はコンビニで買ってきたビールとつまみを取りだし、パソコンの横に置く。
「さ~て、邪魔物は消えた~。あとは俺の物語を進めるだけ~」
俺は、意気揚々と再びパソコンに向き直った。
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倒れた魔物。
それを見下ろす竜胆茜。
そして、その少女を見つめる一真と久和。
戦いは茜の一撃で幕を下ろしたのだ。
「だから言ったのに。後悔するよって」
魔物に向かって声をかける茜。それから、興奮した久和が話しかける。
「り、竜胆さん! 凄いですよ!」
「まあね。私は最強の戦士だから」
ポニーテールの髪を払いながら茜は胸を張った。
「胸ないくせに胸を張るな」
「ちょっと、あんた何か言った?」
ギロッ、と茜が睨み付けるが、一真はそれに対して手を振り、流す。
「なんでもねぇよ」
そう言うと、一真は悲鳴をあげる身体に活を入れながら立ち上がった。
「無理しない方がいいんじゃない?」
「はっ。こんな傷、へでもないぜ」
そう言いながらも一真は身体がフラフラとしている。強がりなのは一目瞭然だ。それでも一真は無理矢理立とうとする。
「ボロボロじゃない。休んでなさいよ」
「いいや。何はともあれ、お前に助けられたことは事実だ。だから、ちゃんと礼を言おうと思ったんでな」
伏せた状態ではなく、一真はきちんと立ち上がって礼を述べようとしたのだ。そして身体を起こし、一真は茜をまっすぐ見つめる。
「竜胆茜、って言ったか。悪い、たすかーー」
しかし、一真は感謝の台詞は途中で止まり、目を大きく開き驚いていた。
「逃げろ!!」
一真が叫ぶが、その警告と同時に茜の身体が吹き飛んだ。そして、彼女のいた位置にはーー。
「フッ、シュウ、シュウ……」
魔物が立っていた。
大剣を身体に食い込ませた状態で、その切られた部分から夥しい血を流している。切れ切れの声からも重傷なのは誰が見ても明らかなのだが、まだ命を閉ざしてはいなかった。
「こいつ、どんだけタフなんだよ」
魔物は大剣を抜き、床に落とす。傷の具合から放っとけば勝手に死んでくれるだろう。だが、弱々しくなりながらも魔物の目には光が失われていない。鋭い眼光が一真を捉える。これほどまでの執念を見せる理由は一体何なのだろうか。
一真も魔物の瞳を見据える。その奥にある心を読み取ろうとするかのように。
「フシュウ、フシュ、フッ、フシュウ……」
「お前、ひょっとして……」
しばらく見つめていた一真は、魔物の気持ちを理解したような気がした。それは勘違いかもしれない。だが、なぜか否定できなかった。
チラッ、と横を見ると茜は倒れたまま動かない。どうやら気絶しているようだ。不意打ちを受けたのだから仕方がないだろう。
そして、一真はある決意をした。
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「ブゥゥゥゥゥゥ!?」
俺は口に含んだビールを吐き出した。
「おぃぃぃぃぃぃ! なぁぁぁんでだよぉぉぉ!」
先程の状況はどうみても終了の雰囲気だったではないか。あの一撃ですべて終わったはずだ。しかし、それに反して魔物はいまだに生きていた。
「なんなんだよ! いい加減にやられろよ!
メキメキと缶を潰しながら魔物に向かって罵声を浴びせる。すると、一真が俺に話しかけてきた。
『おい、作者』
↓一真か。無事か?
『無事じゃねぇよ、怪我だらけだ。見てたろ』
↓あぁ、悪い。んで、何だ?
『ああ、一つ頼みがある』
↓頼み?
『この魔物と一騎討ちさせろ』
↓はぁ!? いきなり何言ってんだよ!
『いいから、俺とこいつを戦わせろ』
↓何言ってんの? ボコボコにされて頭おかしくなったか?
『訳は後で話す』
↓いや、それよりもなんとか茜を起こすからとどめをーー。
『いいから俺に戦わせろって言ってんだ!』
一真は頑なに戦わせろと伝えてくる。何だ? 何がしたいんだ?
『……頼む』
俺はその一言に驚いた。これまで一真からこんな親身に頼まれたことなど一度もないからだ。
↓でも、お前はもうボロボロじゃないか。
『向こうもそうだ。条件は五分五分だ』
その口振りからどうやら一真は何か狙いがあるようだ。それも、ただ魔物を倒すだけではないことのように思えた。
↓……分かった。好きにしろ。
『へっ、サンキュー』
サンキュー?
か、一真が礼を言っただと? バカな!?
俺は本当に一真の頭を疑った。
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一真は机の上に乗ると、天井に刺さった鉈に手をかけた。力を込めて抜き、それから飛び降りる。着地すると全身の怪我に響いた。
「くっ……!」
痛みに耐え、一真は魔物と向き合う。
「か、一真?」
久和は一真の様子を見ていた。鉈をわざわざ抜いたということは、それでとどめを差すのだろう。
そう思ったが、次の行動に目を見張る。
「ほらよ」
一真は鉈を魔物に向かって放り投げた。ゆっくりと弧を描き、相手はそれを受けとる。
「か、一真!? どうして!?」
久和が驚くのも無理はない。一真は投げつけたのではない、渡したのだ。魔物にわざと武器を与えたのだ。
受け取った魔物も不審に思ったのだろう、一真をジッ、と見つめている。
「おい。ボー、としてねぇでお前もそれをこっちに渡せ」
それと指差した先には茜の使っていた大剣があった。
「一真、何をするつもりなんだい?」
意味の分からない行動に久和が疑問をぶつける。
「こいつと一騎討ちする」
「な、何を言っているんだい?」
「一騎討ちするんだよ。主人公の座を賭けてな」
「何を悠長な。それよりも早くとどめを差してーー」
「それじゃあ意味がない」
「どうして? まさか、格好悪いとかそんな理由?」
「そうじゃねぇよ。俺の勘違いかもしれないが、これがこの魔物のためでもあると思ってる」
魔物のため、と聞いた久和は魔物に向き直る。
「こいつはきっと満足したいんだ。そのための一騎討ちだ」
そう言うと、一真は魔物の方に歩み寄る。
「お互い傷でボロボロだ。見た目からすればお前の方が重傷。でも、俺も立ってるのがやっとなんだ」
魔物に語りかけながら一真は目の前まで近付く。だが、魔物は攻撃を仕掛けようとはしなかった。
「このまま傷で終わり、ってのは納得しないだろ? だったら最後の力、最後の一振りで決着つけようぜ」
床にある大剣を手に取る。そして、魔物の鉈にコツン、と刃を軽く当てた。
「勝負だ」
一真は魔物を見据える。
すると通じたのだろうか、魔物も一真の大剣に刃を当てた後、背中を向けて歩き出した。それを見た一真も踵を返し歩く。
一真と魔物は壁際まで来ると振り返り向き直った。まさに一騎討ちの格好だ。お互いの傷を見れば一真の言う通り、一撃で勝負は決まるだろう。
一真は大剣を両手で構え、魔物は鉈を頭上に掲げる。茜との対峙のように、静寂が教室を覆う。
そして、一真の一声でその静寂は破られた。
「行くぞぉぉぉぉ!」
両者が同時に床を蹴る。距離がどんどん縮まり、目の前まで近付く。
「ギュアアア!」
「おりゃああ!」
ガギィィィィィン!
交差した瞬間、激しい金属音が響く。両者は背中を向け、武器を振った状態で動かない。
ピキィン。
鉈の刃が折れた。そして、魔物の身体には茜の傷とは別の斬撃痕が刻まれている。一真の一撃が命中したのだ。魔物はそれを手で触り、静かに目を閉じた。
すると、魔物の身体に異変が生じた。色素が徐々に薄くなり、消え始めたのだ。今度こそ間違いなく魔物の敗北を意味していた。
久和はその様子をずっと眺めていた。気のせいだろうか、魔物の表情が晴れているように見える。先程まであった殺意や怒りは微塵も感じられない。どこかスッキリしているようだった。
そしてついに、魔物の姿が完全に消えた。
フォン! と大剣を振り、一真は背中を向けたまま立ち尽くしている。
「一真……」
久和はその背中に声をかけた。
「ああ。俺の、勝ちだ」
そう言って一真は振り向き親指を立てた。だがーー。
ピュウウウウ。
額から噴水のように血が吹き出ていた。
「か、一真?」
「へへっ、どうやら、俺も食らってたみたいだ。失敗した~」
フラフラとしながらピュウピュウ血を撒き散らし、ついには力尽き床に倒れた。
「か、一真ぁぁぁぁぁ!」
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俺は言われた通り一部始終を一真に任せ傍観していた。しかし、一真が倒れたのを見てこう思った。
「最後くらいキチンと締めろよ!」
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