戦う少女

 ようやく俺は「物語」を導入することができた。


 あの魔物に対抗するため、一体どんな登場人物を繰り出そうかずっと考えていた。一真達の攻撃をいとも簡単に避け、なおかつ一撃の重い凄まじい攻撃力。生半可な登場人物では太刀打ちできない。


 火を吹いてきた際、俺はやはり魔法を使う人物を投入した方がいいのだろうか、と考えた。こちらも属性を持つ攻撃を与えて倒すべきか、と。しかし、目の前の攻防に気を取られて俺は肝心なことを忘れていた。


 これは本来どんな物語にするつもりだったのか。


 元々書こうと思っていた物語は、一真と出会った異世界の少女と共にある組織を倒すというものだった。特殊な武器を使用し、少女と力を合わせ立ち向かう。そんな物語だ。


 物語冒頭で一真に邪魔されたので、転校生という設定で修正したが、少女の役である久和も一真同様、自我に目覚めた。つまり、久和は俺の思い描いていた「戦う少女」の役を当て嵌めることができなくなった。


 ではあの少女は何処にいった?


 そう思った俺は、? と頭に浮かんだのだ。本来戦う少女はまだ出ていない。だったら登場させよう、と。


 そして、この思い付きは魔物に対抗するだけでなく俺の描いた物語にも通じる。武器を携えた少女の登場で、脱線してはみ出た世界が元のレールに戻ったのだ。


「これなら、いける!」


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 少女は大剣を抱え、穴の空いた壁を見つめている。少女に大剣という物騒な組み合わせだが、その佇まいは凛々しいという言葉が相応しかった。


「き、君は一体……」


 久和が少女に声をかける。


「私? 私は竜胆茜りんどうあかね


 少女は自分の名を明かす。


「竜胆……さん。た、助けてくれて、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 茜はウインクで久和に答えた。


「えっと、竜胆さんは何者なんですか?」

「答えてもいいけど、それは後にしましょう。まずは君達を介抱してーー」


 ズウゥゥゥゥゥン。


 穴の空いた壁の向こうから何かが落ちる音が響く。次いでこちらに近づく気配を一真達は感じた。


「ま、まさか」


 久和は悪い予感を抱いたが、数秒後それが的中する。穴から魔物が姿を現したのだ。


 身体のあちこちに擦り傷や打撲痕といった小さな傷が見られた。所々血が流れているが、それほどのダメージを受けていないのだろう、足取りは軽い。


「フシュウゥゥゥゥゥ」

「あらあら」


 茜はおどけて魔物の方に顔を向ける。その表情には焦りなどなく、むしろ余裕の態度を取っていた。


「まだ生きていたのね。ちょっと驚いちゃった。でも、生きているならチャンスをあげる。今すぐ元の世界に帰りなさい。そうすれば見逃してあげる」


 茜は大剣の切っ先を魔物に向け警告した。しかし、魔物は動こうとはせず茜をジッ、と見つめている。


「そう。帰る気がないのね。というか、言葉が通じているか分からないけど」


 そう言ってから茜は大剣を構える。すると魔物も迎撃の体勢を取った。


「戦う気満々なのね。私は別に構わないけど、後悔するわよ?」


 魔物と茜が正面で向き合う。


 シーン、と教室が静まり返り、どちらも微動だにしない。一真と久和も身じろぎ一つできず、その雰囲気に思わず息を止めていた。


 カツン。


 崩れた壁から破片が落ちる音がした。その瞬間、茜と魔物が床を蹴り互いに迫った。


「はあぁぁぁぁぁ!」

「ギィィィィィィ!」


 気合いの雄叫びをあげながら両者が攻撃する。


 ギィィィン! という音を響かせ、大剣と鉈がぶつかる。凄まじい速さと威力だったが、両者は刃をぶつけた状態で止まっていた。


「ギュゥゥ!」

「くうぅぅ!」


 互いに押し返そうとするが、どちらも動かずしばらく均衡する。そして、最初に動いたのは魔物の方だった。


 両手で大剣を握る茜に対し、魔物は片手で鉈を握っていた。空いた片方の手で茜に爪で襲いかかる。


「ギュアァァ!」


 顔目掛けて爪を振るうが、茜はそれを身体を後ろに反らして避ける。


 その反らしを利用し、茜は鉈を持つ手に蹴りを与えた。蹴られた魔物の腕は上に持ち上がる。


「いやぁぁ!」


 今度は状態を起こした茜が攻撃を仕掛ける。腕が上がり無防備になった胴体へ大剣を振るう。


 しかし、魔物は後ろに飛び退きそれを避わす。茜はすぐさま距離を縮め攻撃を続ける。


「はあぁぁぁぁ!」


 今度は下から大剣を振り上げる。だが、魔物は鉈でそれを防ぎ、弾いた後に振り下ろす。


 だが、茜もすぐに大剣を戻し攻撃をいなす。そしてまた攻撃……。


 ガギン! キィン! という金属音が鳴り響きながら、そんな攻防がしばらく続く。一撃でも当たれば勝負が決まる。そんな速さと威力がある攻撃を、茜と魔物は交互に繰り出し、そして受け流すか避けるという、まさに一進一退の攻防をしていた。


「すごい」

「おいおい、マジか」


 一真達は目の前の戦いを呆然と見つめていた。辛うじて目で追えたが、身体が付いけそうもない。とてもじゃないが、両者の動きは常識を越えていた。


 そんな戦いがしばらく続いていたが、ついにその均衡が破られる。


 ガキィィィィン!


 何度目かの茜の攻撃が防がれる。しかし、茜はそれで終わらなかった。


「まだまだぁぁぁ!」


 防がれたと判断するや否や、茜は身体を横に回転させ再び攻撃する。


「ギィィィ!?」


 魔物は慌てて鉈で防ぎ、次いで攻撃しようとするが、その前に茜の方が先に迫ってくる。連撃だ。彼女は巧みに大剣を扱い鋭い剣筋を描く。時には片足を軸に身体を回転させ、次々と振るう。その動きはまるで舞をしているかのようだ。美しくありながらも、瞬きの間に次の攻撃が始まっている。そのあまりの速さに魔物は防戦一方だった。


 その連撃の速さにすべて捌ききれず、魔物の身体に徐々に切り傷ができていく。その中で一瞬、魔物が怯んだ。そのチャンスを逃さず、茜は今までにない強い斬撃を繰り出した。


 その斬撃を受けきれなかった魔物は腕を大きく弾かれ、鉈が手から離れた。クルクルと回りながら天井に突き刺さる。


 武器を失った相手は完全に無防備。茜は大剣を高々と持ち上げ、そして勢いよく振り下ろした。


「これで……終わりよ!」


 振り下ろした大剣は魔物の肩口から入り、胴体の部分にまで深々と刃が切り込まれた。


「ギュアアアア……」


 魔物が苦しみの声をあげる。そして、その声が途切れるとゆっくりと身体が後ろに傾き、ズウゥゥン! という音を立てて倒れた。


「や……」

「やった!」


 一真と久和が歓喜の声をあげる。


 誰が見てもはっきりと分かる。茜の勝利だった。


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