降臨
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ドガァァァァン!!
けたたましい音と共に教室のドアが吹き飛ばされ、そこには腕を上げている魔物の姿があった。先程の切り刻みとは違い、今度は殴ってドアを退かしたようだ。
「ギュアァァギギュァァァァ!!」
魔物が雄叫びをあげるが、声の質が全く異なる。どうやら完全に怒り心頭のようだ。
「よう。来たな魔物さんよ」
肩にモップを担ぎながら魔物を見据える一真。
「ギュルルル……」
「何だ? もう逃げないのか、ってか? ああ、もう鬼ごっこは終わりだ」
横で箒を構える久和。彼も戦う意思をその目に宿している。
「それじゃあ、始めようぜ」
一真はモップを魔物に向かって突き出しーー。
「主人公の座を賭けた戦いをな!」
その台詞を聞き終わると、魔物が一真達に襲いかかってきた。
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主人公の座を賭けた戦いをな!
そう打ち込みながらも俺はどう動くか考えていた。
「どうする? こちらから攻めるか? いや、この装備じゃ迂闊には手を出さない方がいいだろう。ここは相手の動きを見てーー」
しかし、考えをまとめる前に魔物が一真達に襲いかかってきた。
「いぃ!? いきなりか!」
対応するため俺はすぐさまキーボードに指を走らせた。
一真達の、いや俺達の戦いが今始まった。
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ドドドドッ、という足音を響かせ、机を吹き飛ばしながら魔物が突っ込んできた。
「ギュア!」
二人の脳天目掛けて鉈を降り下ろしてきた。
一真と久和は左右に飛び、それを回避する。
「オラァァァ!」
左から一真が魔物の顔目掛けてモップを振る。
しかし、魔物は左腕でそれを受け止めた。
「こっちだ!」
今度は久和が反対から魔物に箒を振り下ろす。
だが、鉈で簡単に受け止められてしまう。
「ギィィィ!」
魔物が二人の攻撃を押し返す。
その力を利用して一真達は距離を空ける。
「でやぁぁぁ!」
着地するやいなや今度は久和から攻める。傍らの机を利用して跳躍し、先程より高い位置から力一杯振り下ろす。
ガキッ!
しかし、それでも体勢を崩すことなく魔物が受け止めた。
「くそっ!」
「オリャァァァ!」
次いで一真が下から振り上げ、顎に命中ーー。
だが、魔物は顔を少し反らすだけでそれをかわす。
「まだまだ!」
「うおぉ!」
それからも二人は果敢に攻撃を続ける。振り上げ、振り下ろし、横に凪ぎ、突きを繰り出す。
しかし、魔物はそれを完璧に受け止めては避け、攻撃は一向に当たらなかった。
「にゃろ!」
一真が横から振るう。
魔物はそれを、見た目からは想像も出来ないぐらい跳躍して回避し、壁際に着地した。
「へっ。そのナリで随分身軽だな」
「しかも、動きが速いね。全く当たらない」
「でも急に変わりすぎじゃないか? 科学室では簡単に椅子を当てられたのに」
「侵食がだいぶ進んでいるんだろうね。この世界が魔物に染まり始めているんだ」
「なるほど。これがこいつの本来の動きって訳か」
魔物を見据えながら二人は構え直した。
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「こいつバカ強ぉぉぉぉ!」
一真達の攻撃が一発も当たらない。
俺が一真達の攻撃描写を書くが、命中なりダメージなりを書く前に魔物に対応されてしまう。そして、次の瞬間には向こうから攻撃が始まり、それを見てすぐさま回避をする。それの繰り返しだった。
「まずいな。これじゃあ『あれ』が書けない」
魔物を倒す思い付きが一つあった。そのためにはいくらか攻撃を当てて相手の動きを止め、ある程度の書く時間が必要だった。しかし、これではその時間が作れない。一真達に自分で動いてもらいたいところだが、魔物の動きすべては捌ききれないだろう。
「当たらないんじゃ動きは止められない。魔物が止まってくれたらいいが、それも期待できそうにないな」
科学室にいたときはジワジワと近付いてきていたが、怒りに満ちているからだろうか、魔物は攻撃の手を休めず襲いかかってくる。
ただ、魔物にダメージを与えていないが、幸いなことに一真と久和も攻撃を受けていない。なんとかギリギリの攻防が続いていた。
「ったく、まるでゲーセンの格闘ゲームをしているみたいだな」
自分のキャラを動かし相手を攻撃、そして相手の攻撃を避ける。スティックとボタンを駆使して繰り出すゲームとは違い、俺はそれをタイピングでこなしていた。
「くそっ。なんとか隙をーー」
だが、考えが浮かぶ前に画面の魔物に動きがあった。
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コォォォォォ……。
魔物が突然大きく息を吸い始めた。
「何だ? 何をやるつもりだ?」
深呼吸でも始めたのだろうか。だが、胸部の膨らみが尋常じゃない。かなりの空気を吸い込んでいる。
「何か来るね。一真、注意して」
「分かってるよ」
一真と久和は警戒するため、目を反らさないままゆっくり後退る。
「おい、あれ見えるか?」
途中、一真が眉を潜めながら久和に聞いた。
「あれは……煙?」
久和の言う通り、魔物の口からは白い煙のようなものが出ていた。そして、気のせいだろうか、魔物の口の中が明るくなっている。
「ちょっと待て。まさか!」
一真の予感は的中した。
ゴオォォォォォォォ!
次の瞬間、魔物がこちらに口を開くとそこから火炎の息吹が迸った。
「ウソォォ!?」
「マジかよ!」
二人は慌てて伏せる。頭上を豪炎が走り、チリチリと空気を焼いていく。
間一髪で回避できたが、後退って距離を空けていなかったら喰らっていただろう。一真と久和は熱い火の下、内面でヒヤッとした。
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「なにぃぃぃぃ!? こいつ火吹きやがった!」
こちらから仕掛ける前に魔物の方から大技を咬まされた。これはさすがに予想外の攻撃だったが、一真達は自力でなんとか回避してくれたようだ。
「カッパみたいなナリのくせに火なんか吹くなよコンチクショー!」
卑怯すぎる。これじゃあ、まるでモンスターみたいーーあっ、
「だったらこっちも一真に火を吹かーー、って出来るか!」
どんなに頑張っても一真じゃゲボしか吐けない。
天井を見上げ頭を抱えて喚く。
しかし、それが命取りになった。キーボードから手を離したせいで、対応が一瞬遅れてしまったのだ。
「っ! しまった!」
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火を吹き終わった魔物は伏せる久和の腹に蹴りをお見舞いする。
「ぐはっ!」
久和は蹴り飛ばされ、そのまま勢いよく壁に激突。ズルズルと滑り落ち、激痛から呻く声があがる。
「あぐっ……!」
「久和!」
一真は叫ぶが、横にいる魔物が蹴り上げた状態で停止しているのが目に入る。そして、一真の方に顔を向けるとその足で背中を踏みつけた。
「ぐあぁぁっ!」
メギィ! という鈍い音が響き、踏みつけとは思えない衝撃を受ける。まるでトラックにでも押し潰されたような、下敷きになったような衝撃だった。
魔物は踏みつけた足で一真を仰向かせ、今度は腹に拳を叩きつける。
「ごふっ!」
とてつもなく重い一撃を喰らい、一真の口から血が飛び出す。メリメリ、と拳が深く食い込み、その威力から身体がくの字になる。
「あぐ……がはっ」
痛みに苦しみ動けずにいたのだが、魔物は構わず一真の服を掴み、高々と持ち上げる。
「ぐっ……」
呻く一真。そして、魔物は鉈を一真の頭目掛けて振り下ろーー。
ガンッ!
魔物が鉈を振り下ろす前に、鈍い音がした。いつの間にか背後に久和が近付いており、その手には椅子が握られている。久和が魔物の頭を椅子で殴ったのだ。
「一真を……離せ!」
攻撃されたことに気付いた魔物はゆっくり後ろに振り向き、久和を見据える。頭から血と思われる黒っぽい液体が一筋流れた。鉈を持つ手でそれを拭い、その手をしばらく眺める。
「ギィィィィィ!」
魔物の目がギラついた。邪魔をされ、攻撃されたことに怒りを爆発させたのだろう、鉈を久和目掛けて振り下ろす。
久和はそれを見て椅子を前面に掲げた。魔物の攻撃を受け止めようとしたのだ。しかしーー。
ザシュ!
魔物の攻撃は椅子を簡単に切り落とし、そしてそのまま久和の身体に斬撃の傷を与えた。
「あ"あ"っ!」
斬られた箇所を押さえ怯む久和。その久和に魔物は腕を横に振るった。
ドガシャンッ!
避けることもできず、見事に喰らった久和は散乱する机の中に吹き飛ばされた。
「く、久和」
一真が呼び掛けるが、ダメージが大きいせいでその声は弱々しかった。
「ギュルルルル」
邪魔者が退場したのを確認したあと、魔物は一真に向き直る。ようやく自分の思い通りに事が運ぶと思ったのだろう、ここにきて顔を舐めるように見始めた。殺す前に、自分の前の主人公を覚えようとしているかのように。
至近距離から見られているので、生暖かく、肉が腐敗したような息が顔にかかる。
「クセーんだよ、この……ボケが」
「ギィィ!?」
一真は自分を掴む魔物の指に噛みついた。驚いた魔物は振り払い、掴んだ一真を離す。
床に投げ出され、軋む身体をなんとか起こして壁際まで移動する。しかし、そこで身体が思うように動かなくなり、腰を下ろしてしまった。
「へ、へへっ。もう、力……入んねえや」
成す術はもうない。そう悟った一真は自然と微笑んでいた。
「ダ、ダメだ、一真。逃げ、るんだ」
うつ伏せで倒れている久和がそう声をかけた。鋭い斬撃で致命傷かと思われたが、どうやら傷は思ったほど深くはないようだ。だが、戦えるほど浅いわけでもない。
「グゥゥゥゥルルルル」
のしのしと魔物がゆっくり一真に近付き、正面に立ちはだかる。
「くそ、作者のやつ、結局間に合わなかったわけだ。けど、それもしょうがねえか」
魔物は高々と鉈を持ち上げーー。
「いいぜ。主人公の座、くれてやるよ」
力の限り振り下ろしたーー!
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「マズイマズイマズイ!」
ホンの一瞬、画面から目を反らした途端一真達が魔物にボコボコにやられてしまった。
一真が捕まり、久和を動かして背後から椅子で殴ったまではいいが、受け止めようとしたのが失敗だった。箒と鉈。考えれば受けきれないことなど一目瞭然だ。
「くそっ! 俺のせいだ!」
ダン! とテーブルを叩く。自分の愚かさに腹を立てたが、今は悔しがっている場合ではない。何か手を打たねば……。
すると、ここでチャンスが到来した。一真が魔物の指を噛んで投げ出されたことで距離ができ、そして魔物の方も余裕からか動きが鈍くなった。
「今だ!」
俺は『あれ』を急いで物語に導入した。
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終わった。
そう思った一真は目を瞑り、素直に魔物の攻撃を受けようとした。
ガキィィィィィィン!
教室に響き渡る金属音。
目を瞑ったが魔物の一撃はいっこうに来ず、一真は恐る恐る目を開けてみる。
目の前に一人の少女が立っていた。
スカートを靡かせ、そこからは透き通るような白い脚が延びている。ポニーテールの髪を揺らし、魔物の一撃を自身の身の丈もある大剣で受け止めていた。そして、少女の口にはーー。
パンが食わえられていた。
「いや、何で……パン……」
久和が傷を負っているにもかかわらず、弱々しくもツッコミを入れてきた。
「▽※$#@!」
パンを食わえているので何と言っているのかは聞き取れなかったが、おそらく気合いの声をあげたのだろう。少女は気合いと共に大剣を一閃。攻撃を受けた魔物は吹き飛び、壁を貫いて隣の教室へと姿を消した。
ドォン! という音が穴の向こうから聞こえ、教室に白煙が舞う。
「す、すごい……」
巨体の魔物を吹き飛ばした。先程まで全く歯が立たなかった自分達がまるで嘘のようだ。彼女は一体何者なのか?
「モグモグーーゴクン。大丈夫? 怪我は……あるけど、命に別状はないようね」
少女が振り向き、一真に声をかけた。しかし、一真は少女に答えない。
この状況に一番にツッコミを入れるであろう一真が何も言わない。久和と同様に負傷しているが、彼の性格からしたら傷など構わずツッコムだろう。だが、本人は口を半開きにして驚愕の表情をしていた。
「お前、まさか……」
一真は見知ったような台詞を口にした。それもそうだろう。なぜならーー。
目の前の少女は、今朝登校中曲がり角で一真がタックルを咬ました少女だったからだ。
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