くらえぇぇ!
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「ギュアァァァァァァァァ!!」
けたたましい雄叫びが科学室全体に響き渡った。それはこの世のものとは思えないほどの声だった。
「くそ! 気付かれたか!」
久和は奥歯を噛み締め唸った。横にいる一真にもギリッ、という音が聞こえ、彼の焦りと不安が感じ取れた。
「ヤバイな。今になってあいつの恐ろしさが分かった気がするぜ」
先程の雄叫び。腹に響くどころではなく、身体全体に響いたと一真は感じた。そのせいだろう、一真の身体は小刻みに震えていた。それは、恐怖から来るものだった。
一真は初めて「命の危機」というものを肌で感じ取っていた。
(俺は、あんな化け物に挑もうとしていたのか)
今なら分かる。目の前にいる魔物は、自分なんかじゃ歯が立たない程の強さと残虐さを持ち合わせていると。
「一真。大丈夫かい?」
「何がよ?」
「身体が震えているよ」
「そういうお前こそ」
視界の隅にいる久和も、直視しなくても分かるくらい震えていた。
「久和。お前、恐いのか?」
「恐いだって? 何を言ってるんだい。当たり前だろ」
「だよな」
「君は?」
「ああ、恐いね。ハッキリ言って叫ぶ寸前だ」
嘘ではなかった。こうして久和と会話しなければすぐにでも発狂しそうだった。
「キュキュキュキュキュ」
獲物である一真を見つけて喜んでいるのか、鳴き声に甘えのようなものが含まれている。人間の顔ならほくそ笑んでいるだろう。
一歩ずつ魔物は一真達に近付き、その度に一真達は一歩離れ、距離を一定に保つようにしていた。
「あいつ、大丈夫だと思うかい?」
「大丈夫だって。信じなよ」
ジリジリと相手を牽制しながら二人は待っていた。
「桐華さん、早く……!」
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「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
部屋に俺の叫びが響き渡った。自分でも今まで聞いたことのない声だった。
「なんだこいつ! メチャクチャ恐いじゃねぇかよ!」
その迫力ある登場に思わずテーブルの下に潜り込んでしまった。
「無理無理無理! こんなヤツ倒せるわけない! RPGのラスボス並の迫力じゃないか! 俺はラスボスにはレベルやら装備を完璧に鍛えてから挑む派なんだ。行き当たりばったりで挑んだことなんかないんだよ」
恐る恐る顔を出し、パソコンの画面を見てみる。今、一真達は魔物と面と向かっているようだ。
「くそっ、こんな状況をどうしろと言うんだよ。即興の小説でもここまで切羽詰まることないぞ」
俺は身体を起こし、パソコンの前に腰かけた。
「俺に何ができるんだよ。でも、このままじゃ一真達がーー」
ふと、俺はあることに気付いた。
「待てよ? ここで一真が殺されるということは一真が消える。つまり、俺の書く物語を邪魔するヤツがいなくなるんじゃないか?」
これは、いつも一真に苦労されている俺への、神の計らいではないのだろうか。そんなことを思った。
「そうだよ! ここで一真が消えれば俺は晴れて思い通りに物語を書けるんだ! これキタよ! バンザーイ!」
俺は立ち上がり、抱き枕を掲げながら跳び跳ねる。
「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
跳び跳ねて跳び跳ねてーー。
「バンザーイ! バンザーイ……ってなるかー!!」
俺は抱き枕を壁に投げつけた。
「ふざけるな! 一真は絶対に死なせないぞ!」
パソコンに向かってビシッ! と指を突き立てた。
「一真も久和も、俺の考えたキャラクターだ! この物語も俺が考えた世界だ! 生かすも殺すも、決めていいのは作者の俺だけだ!」
俺はパソコンの前に座り直した。
「全く、よそ者が勝手に上がり込みやがって。人の家に入るときはまずピンポンだろうが!」
あれ? 何か違うかな。まあ、いいや。
ともかく! 俺は今猛烈に怒っているんだ!
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「くそっ、まだかよあの野郎」
一真達は何とか魔物と一定の距離を保ち続けている。しかし、それもそろそろ限界だった。距離の問題ではない。精神的に限界が来ていた。
「桐華さん、お願いです。もうこれ以上は……」
その時だった。
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↓お待たせ。
『桐華さん!』
『遅いわ!』
↓ごめんごめん、ちょっと舞をしていて。
『舞!?』
『何してんだテメェ!』
↓でも安心してくれ。おかげでこの状況を打破する
『本当ですか!?』
『……信じていいのか?』
↓任せてくれ。だけど、成功させるには一真、お前が俺に逆らわないことが必須だ。もしお前が俺の書く動きに逆らったら失敗する。
『さすが桐華さん。頼りになります』
↓いや、その言葉はここを切り抜けてから言ってくれ。
『ですね』
『全部任せていいのか?』
↓ああ。俺を信じろ。
『……分かった。やれ』
↓おうよ!
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一真は警戒するためにしていた前傾姿勢を解き、全身に入れていた力を抜いた。その様子を見た久和は後ろに下がる。
そんな一真の変化に魔物も警戒を強めた。
「すー、はー」
一呼吸してから、一真は魔物を睨み付ける。その様子に魔物が一瞬たじろいだ。
「今だ!」
一真は魔物に向かって駆け出した。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げながら魔物に迫った。そして目の前に来た瞬間ビタッ、と立ち止まりーー。
「初めまして、斑目一真と言います! 以後お見知りおきを!」
斜め45度に身体を倒しながら自己紹介した。
「……」
「……」
「……」
科学室に静寂が訪れた。
ガンッ!
「ギュア!」
魔物が苦悶の声を上げ、一真は伏せていた顔を上げた。そこには倒れた魔物と、床を転がる一脚の椅子が目に入り、後ろを振り向くと久和が振りかぶった状態で固まっていた。
「退避ー!!」
久和の掛け声で一真と久和は科学室を急いで後にした。
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『さ~くしゃ~!! さっきのどういうつもりだ!!』
↓いや、そろそろボケが必要かと。
『ふざけるな!! 状況分かってるのかテメェ!!』
↓なんか空気が重かったから、雰囲気を和ませようと。
『要らないお気遣いどうもありがとう。くだらねぇことしてねぇでちゃんと物語の展開考えろや!!』
『桐華さん、僕もさすがにあれはないと思います』
↓久和まで!?
おかしいな。バトルものでああいう時、ボケが入るとうまく事が進んだりするんだけどな。
『ああ……お前に任した俺がバカだった』
↓いや、ちゃんと科学室から逃げ出せたじゃん!
『どう考えても久和のおかげだろうが』
↓隙を生んだのは俺の案のおかげだろ? そうだろ、久和?
『……』
↓あれ? 久和。久和くん。久和さん!?
『……一真も苦労してるんだね』
『嫌になるだろ?』
それからは二人は黙って走り続けた。
↓お~い、一真、久和! ごめん、謝るから! シカトは止めて! お願いします!
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