浸食
↓なるほど。大体分かった。
『大体かよ』
↓うるさい一真! まだ頭が完全に整理しきれていないんだよ!
『それに、既に読んでいたんじゃなかったのかよ』
↓いや、勝手に話が進んでいたことに驚いて内容はほとんど覚えていなかった。
『相変わらずスカスカの脳味噌だな』
↓なにぃぃ!?
『二人とも止めてくれ!』
久和の言葉に一真は口を閉ざし、俺は手を止めた。
『まずは状況の整理をしないと何も始まらないだろ。くだらない喧嘩なんかドブにでも捨てろ!』
久和の言葉に俺は畏縮してしまった。
おかしいな。久和はこんなキャラ設定ではなかったんだけど。
俺の思い描いていた久和は大人しい性格をしていたのだが、今の久和からはその性格は微塵も感じられない。というか、なんか恐い。
『作者さん、僕が自我に目覚めた経緯は分かりましたね?』
↓は、はい。もちろんです!
『……何で敬語なんですか?』
↓あ、いやえっと、なんでもない。
『まあ、いいです。作者さんーーう~ん、この「作者さん」という呼び方は失礼ですね』
『そうか? 俺なんか「お前」とか呼んでるぜ』
『君は失礼すぎるよ。もう少し敬意を払いなよ』
『それに値する人物ならしてるんだがな』
か~ず~ま~。お前を~今すぐ~デリートしてやろうか~。
『作者さん、お名前を伺ってもよろしいですか?』
↓えっ?
『僕の生みの親であるあなたを「作者」と呼ぶのは忍びないので、よろしければお名前を教えてください。ペンネームでも構いません』
↓そ、そう? じゃあ、ペンネームでいいかな?
『大丈夫です』
↓桐華……桐華江漢。
『桐華江漢さんですか。いいペンネームですね。じゃあ、桐華さんとお呼びしてもいいですか?』
↓いや、別に「さん」は付けなくてもいいよ?
『何言ってんですか。桐華さんは僕の生みの親なんですよ? そんな人を呼び捨てに出来るわけないじゃないですか』
……。
前言撤回!! この子全然恐くない!! チョ~いい子だよ!!
俺は嬉しさのあまり、抱き枕をギュ~、と抱き締めた。
『あの~、作者さん? 読んでいますか?』
↓おめでとう!
『はい?』
↓今日から君が主人公だ!
『はい?』
『くぅおら~! 作者、テメェ何言い出すんだ!』
↓お前、主人公クビ
『ふざけるな! そんなコロコロ主人公変えられるわけないだろうが!』
↓意地でも変えてやる
『テメェ……』
『待った待った!』
再び久和が仲裁に入った。
『桐華さん、お気持ちは嬉しいのですが、今はこの状況をどうするかを考えてください』
↓……そうだね。ごめんよ。
俺は久和に、パソコンに謝った。
↓んじゃあ、まずはあの緑の化け物についてーー。
『いや、桐華さん。最初に注目すべき点は化け物じゃなくて空の変化です』
↓あっ、そうか。
あれ? なんかこのやり取りだけで、久和の方が立場が上の気が。うん、気のせいだな。
『あの化け物、魔物とでも言いますか。魔物は空が変化してから現れました。それは間違いありません』
そういやそうだ。一真が空の変化に気付いてから魔物は姿を現した。順序的に久和の言う通りだろう。
『そして、あの魔物は桐華さんの作り上げたキャラクターではない。では魔物はどこから現れたのか。僕は一つの仮説が浮かび上がりました』
『そういや、さっきそんなこと言ってたな久和。その仮説ってなんだよ?』
俺と一真は久和の次の言葉を待った。
『僕の浮かび上がった仮説は、あの魔物は《別の物語のキャラクター》というものです』
『は?』
別の物語のキャラクター?
『何だそれ? どういう意味だ?』
『そのままだよ。あの魔物は他者の作り上げたキャラクターということさ』
『それってつまりあれか。作者が他人のキャラをパクったと』
↓いやいやいや、ないないない! そんなことしないから!
『いや、お前ならやりかねん』
↓俺はそこまで落ちぶれちゃいないわ!
『違うよ一真。そうじゃなくて、あの魔物は他者が書いたキャラクターそのものなんだよ
』
『……? よく分からん。もっと分かりやすく言ってくれ』
『こう言えば分かるだろ? あれは他人の物語から桐華さんの物語に入ってきたんだよ』
久和の言葉に俺は眉をひそめる。
↓俺の物語に、入ってきた?
『そうです。あれは桐華さんの書く物語に入り込み、呑み込もうとしているんだと思います』
↓呑み込むって、つまりーー。
『浸食』
浸食……。
『あの魔物は他人の物語を乗っ取り、自分が住む世界、つまり自分が主人公になるために現れたんだと僕は考えます。だから、物語が勝手に進みだした』
『主人公だぁ? 何言ってんだよ、主人公は俺だろ?』
『そう。だから君を襲ったんだよ』
『何?』
『この世界の主人公である君を消しさえすれば、この世界の意味がなくなる。主人公のいない物語なんてありえないからね。君がいなくなればこの世界の支配権が手に入る』
↓じゃあ、あの魔物は今も?
『一真を狙っていると思います』
久和の仮説は、普通に考えればバカバカしいとはね除けるところだ。だが、なぜだろう。妙にしっくりくる。多分、当事者であり自我を持つ久和達の言葉だからだろうか。信憑性が高い。
↓じゃあ、あいつから逃げないと!
『いや、逃げることは出来ないと思います』
↓何で!?
『今言ったように、あの魔物は一真を狙っています。そして、ここが文字の世界、物語である以上「完結」するまでは追ってくると思います』
『マジでか! あんな気持ち悪いヤツにストーカーされるのかよ。どうせなら可愛い子にして欲しいわ』
『一真。僕は真面目に言っているんだけど』
『えっ? 俺も真面目に言ったんだけど』
『……』
↓……。
こいつ、どういう性格してるんだ。
ん? ちょっと待て。完結?
↓あの~、久和さんや。
『だから何で敬語になるんですか』
↓完結ってどういうこと?
『決まっています。あの魔物を倒す、という結末を迎えるんです』
↓なるほど。じゃあその結末ってどんな?
『何言ってんですか。それを決めるのは桐華さんですよ?』
……は?
↓どういうこと?
『どうもこうも、作者である桐華さんが魔物を倒す物語を書くんです』
…………。
……。
えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
↓いやいや、無理だよ! だってこんな展開、俺考えてないもん!
『だけど、僕達には何もできません。僕と一真は登場人物です。物語で「動く」ことはできても、物語を「作る」ことはできません』
『だな。お前が頑張るしかないぜ、作者』
↓いや、そんなこと言ったって……はぁ~。やるしかないのか。しょうがない、やるよ。
『ありがとうございます』
↓じゃあ、時間を貰えるかな? ざっと三時間くらい。
『長すぎだ、アホ!』
『桐華さん、それはちょっとながーー』
久和の台詞が途中で止まった。
『どうした、久和?』
ん? 何だ?
『まずいな』
↓どうした?
『桐華さん。三時間ではなく、今すぐ書いてください』
↓いや、それは無理ーー。
『ヤツが来ました』
↓えっ?
その一言のあと、画面に文字が次々と滲み出るように現れ、物語が進みだした。
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ガシュガシュン!
科学室に金属が擦れるような、何かを切り裂いたような音が響き渡った。
一真と久和は音のした方、入り口のドアに目を向けた。
ズッ、ズズズズッ……ガラガラガラン!
一枚のはずのドアが四枚に切り刻まれ、音を立てながら崩れ落ちた。そして、その向こうにーー。
「ギュアァァァァァァァァ!!」
鉈を持つ、緑の魔物が雄叫びを上げて立ち塞がっていた。
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