こだわり

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 科学室から逃げ出した一真達は次に教室へと入った。


 あの魔物は武器を持っている。丸腰ではどうあっても太刀打ちできないし、身を守ることもできない。何か武器になるものはないかと探し、二人は用具のロッカーからモップと箒を取り出した。心許ないが、何もないよりはマシだった。


 とりあえずの武器を手に入れ、一真と久和は息を殺し身を潜めた。


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『いや、作者。武器を手にしたことはいいんだが、なぜまた隠れる?』


 ↓えっ? お前戦いたいの?


『そうじゃねぇ。隠れるより外に逃げ出した方がいいんじゃねぇのか? ここよりも校庭にでも出た方が立ち回りができるだろ』


 ↓あっ。


 その手があったか。


『おい!』

『いや、これで正解だと思うよ』


 しかし、久和がそれを否定した。


『何でだよ、久和?』

『たしかに広い場所に出た方がいいかもしれないけど、それだと桐華さんに負担をかける』

『負担?』

『考えてみなよ。もし校庭に出たら僕達は間違いなく魔物と戦うことになる。そうなったら、桐華さんは魔物との戦いを書き続けなければならない』

『そりゃそうだ』 

『そうなると、桐華さんは魔物との戦いを今後どう展開していくかを考えなければならない。普通なら作者は考えながら執筆しない。既に思い付いている事を文字にしていく。もし物語に行き詰まったら一度手を止め、思案してから内容を書き出す。だけど、桐華さんは手を休めず目の前の戦いを書きながら結末も考えなければならない。そんな器用なことがーー』


 ↓無理! 百パー無理! 神に誓って無理!


『いばるな、タコ』

『だから、桐華さんには考える時間を与えた方がいい。こうして逃げ隠れしていれば、ある程度の時間稼ぎになる』

『そういうことか』


 久和って、頭が良いキャラクターなんだな。

 

 自分で生み出しながら、俺はいまだに性格を把握しきれていなかった。


『桐華さん、何か思い付きましたか?』


 ↓ごめん、まだ。


『いえ、しょうがないです。そんな簡単に出るもんじゃありませんから。焦らず、でもなるべく早く結末を決めてください』


 焦らず早く。

 久和の言っていることは矛盾しているが、言いたいことは十分に理解できた。


『ん? 待てよ?』


 ↓何だ?


『ふと思ったんだが、何もあの魔物を倒す結末じゃなくてもいいんじゃないのか?』

『どういうこと?』

『例えば作者が「魔物は元の物語へ帰った」とでも書けばあいつはいなくなるんじゃないのか?』


 ↓ああ、それならもうやった。


『えっ? やったんですか?』


 ↓うん、ついさっき。あの魔物を倒す案が浮かばないから「魔物は階段で足を滑らせ転倒し、頭を強打しそのままポックリ」って書いたんだけど。


『うわ~。言っちゃ悪いが魔物に同情するわ』


 ↓でもダメだった。


『どうしてですか?』


 ↓文字が消えた。


『は?』

『文字が消えた?』


 ↓今言った内容を書いて改行した瞬間パッ、と文字が消えたんだ。


『それ、おかしくねぇか?』


 ↓うん。そう思って「魔物は階段で足を滑らせ転倒し、鉈が胸に刺さり息絶えた」に変えたんだけど。


『死因のおかしいじゃねえよ!』


 ↓でも、ダメだった。それで、一真の言う「元の物語に帰った」ということも書いたんだけど、結果は同じだった。

 

『どういうことだ?』

『たぶん、あの魔物には干渉できないんだろうね』


 ↓なぜ?


『他者のキャラクターだからですよ。あの魔物を作り上げたのは桐華さんではなく、別の作者です。他人の描いたキャラクターを勝手に動かすことはできないからだと思います』


 ↓じゃあ、やっぱり……。


『倒す、という結末にするしかないと思います』


 倒す、か。

 

 魔物、いや「敵」を倒すという物語ならいくらでもあるだろう。

 

 錬金術。

 異能。

 魔法。

 

 これまで自分が読んだバトルものには、こういった特殊な力が宿った主人公達の物語が多く、いくらでも取り上げられた。しかし、問題なのはだ。


 書き始めた以上、その『物語』は完結させたい。今挙げたもののどれを取っても、おそらく魔物は倒せるだろう。それを書く自信はある。しかし、それはただ『第一章』が終わっただけで、物語の完結とは言えない。俺の個人的なこだわりだが、きちんと書き終えたいのだ。


 そのせいで、今俺はどんな世界にするのか構想すら浮かび上がってこないのだ。


 魔法にするか? 

 でも魔法の世界でどう話を進める? 

 詠唱にするか? それとも魔法名のみ?

 敵は? 

 仲間は?


 そんなことを考えてしまい、いまだに選べずにいた。現在の状況からすれば何を悠長な、と一真には言われるかもしれないが、これだけは曲げたくなかった。 


『桐華さん、もしかして僕達は話しかけない方がいいですか? その方が集中したりするのでは?』


 ↓いや、まだ何も浮かばないけど、むしろ会話した方がいい気がする。そこから何かヒントを得られるかもしれないし。


『そうですか。では、お言葉に甘えて一つ尋ねてもいいですか?』

 

 ↓なんだい?


『こんなときになんですが、桐華さんと一真の出会いを聞いてもいいですか?』


 ↓俺と一真の?


『はい』

『こんなときに何言ってるんだ、久和』

『いいだろ。桐華さんも会話は許可したんだし、それに気になっていたんだから』


 久和はそう言うが、実際は現状の恐怖を紛らわすためが大半を占めているのだろう。気になっているというのも嘘ではないだろうが。


 ↓別に大して語るものでもないけど、それでもいいの?


『はい。ありがとうございます』


 ↓じゃあーー。

 

 俺は一真、斑目一真という『登場人物』との出会いを久和に語った。

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