危機
「ふぅ~。こんなものかな」
俺は書き込んだ画面を眺める。とりあえず伏線は張れただろう。
久和の言った感情の渦とは何か。一真はこれから久和と共に行動しながらその意味に気付くようになる。
「よし、前半はこれでいいだろう」
物語は後半戦。いよいよメインである戦闘が始まるところまできた。
「レディ~ス・エ~ンド・ジェ~ントルマ~ン。さあ、ガチガチのバトルの始まりだぜ!」
誰も待ってはいないのだが、一番書きたかった場面へ辿り着いたことで気分は最高潮だった。
「行くぜ行くぜ~。こっからが本番……あれ?」
パソコンの横に置いていたカップを持ち上げたが、中身のコーヒーが空になっていることに俺は気付いた。
「もう飲み干したのか。全然気付かなかった。ちょうどいいや、コンビニで何か買ってくるか」
俺は財布を手に取り、パソコンの電源を入れたまま部屋を出た。
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「何だったんだ、あいつ」
教師の確認も取れ、ようやく帰宅することが許された一真は階段を降りながら一人呟いた。
「光と影だとか世界の秩序だとか。感情の渦? さっぱり意味が分からん」
先程教室で出会った久和結弦。意味深な言葉を続けざまに発した彼は一体何者なのだろうか。
「まあ、いいか。明日にはまた会えるわけだからその時にでも聞けばいいだろ」
気持ちを切り替え、腕時計の時刻を確認してみた。針は十六時五十分を差している。
「ヤベ! イベントに間に合わない」
一真は急いで階段を駆け降りた。
二階から一階に降りる階段には壁一面がガラス張りの窓があり、そこからは学校の校庭が一望できた。普段は目を向けないのだが、ある異変に気付いた一真は足を止めてしまった。
「あれ? 何で夜なんだ?」
窓から見える外は辺り一帯が暗くなっていた。しかし、時刻はまだ五時前。日が完全に落ちるにはまだ一時間以上も猶予があるはずだった。
不思議に思った一真は窓に近付き、空を見上げたが、驚く現象が目に入ってきた。
空が赤かった。
赤と言っても鮮明な赤ではなく、ドス黒い赤色をしており、血のような色合いをしていた。まるで空が血を流して染められたかのように。
「何だこれ……」
一真は目の前の光景に唖然としていた。
キュキュキュキュ……。
すると一真の耳に聞きなれない音が飛び込んできた。鳴き声のような、何かを擦るような、そんな音だった。その音は階下からするようで、ふと目線を向けてみる。
キュキュキュキュキュ……。
その音は段々と大きくなり、どうやらこちらに近付いているようだ。一真は自然と身構えた。そして、折り返しの部分からそれは現れた。
緑の体毛に覆われた、明らかに人ではない異形の生物だった。体長は二メートル近くあるだろうか。頬は痩け、大きな嘴を持ち、まるで妖怪のカッパのような出で立ちだ。だがテレビなどで紹介されるカッパとは違い、ギラリと真っ赤に光る目に、甲羅は背負わず、頭には皿の代わりに角が生え、嘴には鋭い牙が生えており、手には鉈のような物を握りしめていた。
「な、なんだこいつ……」
一真は目の前に現れた異形の生物を驚きながら凝視した。しかし、心では別の事を考えていた。
(はっは~ん、魔物みたいなもんか。なるほど、作者は今回の物語は魔物と戦うアクション、もしくはファンタジー要素を取り入れたわけだ)
一真は静かに現状を理解した。理解したつもりだった。
(まあ、悪くないな。俺もどっちかというと、こういうバトルものは好みだ。ようやく作者も気付いたようだな)
そう考えている間に、緑の化け物は一歩一歩一真に近付いてくる。
(となると、作者の性格からするとこのあと俺はこいつから逃げ出すんだろうな。だが、それじゃあつまらん。ここは逃げずに初っぱなからこいつを倒した方が面白いだろう。クックック、また作者が悔しがるだろうな)
そして、緑の化け物は一真の目の前に立ちはだかり、鉈を高々と掲げている。
こんな状況になりながらも一真は笑っていた。当然だろう。一真はこの物語の『主人公』だ。
主人公が死ぬはずはない。
それを知っている一真は危険が迫っている今の状況でも笑っていられたのだ。
「それじゃあ、一丁開戦といきまーー」
緑の化け物に飛び掛かろうとした瞬間、一真は誰かに身体をグイッ、と引っ張られた。そして、一真がいた位置で振り下ろされた鉈がブォン! と大きな風切り音を出していた。
「お、おい何だ、誰だ。何すんだよ!」
一真は襟を掴まれて引きずられるように連れ去られている。誰なのか確認するため見上げるとそこには見覚えのある顔があった。
「お前、さっきの……」
一真を引きずっているのは先程出会った転校生の久和結弦だった。
「君は今何をしようとしたんだい!?」
「何って、あの化け物と戦おうとしたんだよ」
「バカか! 君があの化け物に勝てるわけないだろ!」
「そんなの、やってみなきゃ分からないだろ」
「分かるよ、一目瞭然じゃないか! 僕が助けなかったら今頃脳天を叩き割られて殺されていたぞ!」
「はあ?」
久和の怒鳴り声を聞きながら、一真は冷静に事態を把握しようとした。
(なるほど。こういう展開に持っていったか。謎の転校生とあの化け物を倒す。悪くないな)
作者が中々の展開を書き出したことに感心しながら、一真は違和感を覚えた。
(ただ、この展開、らしくないな)
一真はこれまで登場した物語の中で、今みたいに命の危険が迫るような状況に陥ったことがなかった。認めたくはないが、久和が一真を引っ張らなければ恐らく致命傷を負っていたのは間違いないだろう。今までの作者は、怪我は追っても命に関わるまでの描写を書いたことはない。
「さっきから何をぶつぶつ言っているだい?」
「いや、何でもない。それよりもいい加減に手を離せ。いつまで引き擦る気だ」
「手を離したら君はあの怪物に挑むつもりだろ?」
「当たり前だ。敵から背を向けて逃げるなんて真似出来るか」
「それがバカだっていってるんだよ。君は現状を何も理解していない」
「さっきからバカバカうるせえな。いいから離せ。俺は戦う」
「ダメだ」
さすがに一真も黙っていられなかった。
「いい加減にしろ! 逃げたきゃ一人で逃げろ! 俺は戦う!」
「ダメだと言っているだろ。自ら死にに行くのを止めないわけにはいかない」
「分かんねぇだろ、そんなこと!」
「分かるさ。あの化け物はこの世界の、いや、この物語のキャラクターじゃない」
「だからって逃げるなんて真似ーー」
久和の言葉に一真は引っ掛かりを覚えた。
「ちょ、ちょっと待て。『この物語のキャラクターじゃない』?」
「ああ、そうだよ」
「何でお前ーー」
知っている。いや、なぜ物語のキャラクターではないと認識出来る?
「まだ分からないのか? 僕達の作者がこんな展開書けるわけないだろ」
「……は? 今何て?」
「話は後だ。とりあえず、安全な所を見つけないと」
そう言って久和は一真を引き摺りながら校内を駆け回った。
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