第29話「街の目(ヒーロー)」


「・・・それでは私は行くから。ミナちゃんも気をつけて帰るんだよ。」

「あっ!はいっ!今日はありがとうございましたオークさんっ!」

ミナたちは、葉月と待ち合わせをしていたワックの前にいた。

ミナは、のそのそと巨体を揺らして去っていく緑色の紳士オークに向けて礼儀正しく深いお辞儀をした。


 ミナが顔を上げた時、そこに残っていたのは「ミナ」と「ヒル」だけだった。


「チッ・・・っ」

ヤンキー座りのヒルが、機嫌悪く舌打ちをした。

隣のミナは、イヤな汗を流していた。


(どどどどぉしよぉ〜・・・・ここ、こんな怖い人と二人っきりなんて・・・

さささっき「ぶっ殺す」って・・・ぶっ、はよくわからないけど、多分「私のことを殺す」って意味だよねぇ・・・・っ!

あう・・・あう・・・葉月さん、早くきてぇ〜っ!)


「おいっ!」ヒルが吠えた。

「ハヒィッ!!?」ミナは反射的に頭を隠した。

「・・・ミナっつったか?」

「はひ・・・?」

「・・・名前だよ、お前の」

「・・・はひ」

「・・・その、なんだ・・・さっきはその・・・悪かったな・・・」

ヒルは歯切れ悪く謝罪した。

「・・・あ、あの・・・さっきというのは・・・?」

「察しろよテメェ!さっきはさっきだろうが!」

「ハヒィ!!ごめんなさいごめんなさい!殺さないで!」

「・・・だから殺さねぇって・・・・」

「・・・あ、あの・・・私の方こそ、さっきはすみませんでした・・・・」

「何が?」

「・・・西宮さんのこと、勝手に助けてしまって・・・・」

「・・・ケンカ売ってんの?お前・・・」

「ハヒィ!!?なんで!?ごめんなさい!!」

「・・・チッ・・・変な女だな、お前・・・・」

「・・・ごめんなさい・・・・」

「・・・ヒルでいいから。」

「・・・はい?」

「西宮さんってのが、なんかウゼェ・・・・」あの坊主を思い出す・・・。

「ヒルさん・・・ですか・・・?」

「・・・もうなんでもいいや。」

 ヒルはきまりの悪さを隠すように、懐を漁ってシガレットを取り出し、一本口にくわえてから、気づいた。

(・・・あ、ライター・・・チッ、あのクソメガネにぶっ壊されたんだった・・・・)


「お〜またせぇ〜♪しょくぅ〜ん!」

「あっ!葉月さん!」

能天気な声を出して葉月が待ち合わせ場所に現れた。

「おせぇんだよタコ。」ヒルは葉月に八つ当たりした。

「ハァ〜?そもそもヒルちんが急にどっか・・・ってうわっ!また怪我してるしぃ!まさかまたどっかでケンカしたわけ?ミナちゃん?」

「・・・あはは、実は」ミナは苦笑いで答えた。

「テメェには関係ねぇだろ。」

「ま〜ったくしょうがないなぁ〜ヒルちんは〜」

悪態を吐くヒルに、葉月は顔を赤らめながら近づくと、彼女は彼の背中に腕を回して抱きついた。


「っ!?はわわわわっ!!」

葉月の抱擁を見たミナは、葉月以上に顔を赤らめると、見てはいけないようなものを見てしまったかのように、素早く彼らへ背を向けた。

それはミナなりの恋人たちへの気遣いであった。

(と、東京の人は大胆すぎるよぉ・・・っ!)


 

 一方ヒルは、自分の迂闊うかつさを恥じていた。

こんなつまらない手を喰らうとは・・・、と悔しさをにじませていた。

二度とこいつの間合いには入るまい・・・、彼は首筋に食い込む葉月の指の感触を感じながら、心に誓った。



「・・・あなたの部屋の鍵、ポケットに入れておいたから。」

葉月はヒルの耳元で、ささやいた。

「・・・部屋・・・?」

ヒルは普通の声を出したつもりだったが、それはまるでだった。

葉月は、その虫の声を聞き取ったか、あるいは読心術によってヒルの言わんとするところを読み取り、コミュニケーションを行った。

「ええ、りょうの場所はそこのお嬢さんにでも案内してもらいなさい。」

「・・・聞いてねぇぞ。急に言われてもナンも持ってきて・・・」

「あのボロアパートに何があるのよ。必要なものは今日買ってあげたでしょう?入学式に着ていく服は明日君の部屋に届くから、きちんと受け取るのよ。」

「・・・入学式?」

明後日あさってよ。場所と持ち物はメールで送っておいたから。」

「テメェ急すぎ––––––あぐァッ!?」

ヒルの文句は、激痛によってさえぎられた。

「いいかしら?西宮くん。アンタみたいな低学歴の安い命が、魔法界の進学校に通えるなんて、そんなサクセスストーリー本当は有り得ないのよ?感謝されることはあっても、文句を言われる筋合いはないわ。恥を知りなさい。」

「・・・へぇ〜、じゃあテメェは知ってるってわけだ、恥ってやつをよォ・・・・」

ヒルは彼女を睨み付け、皮肉を込めながら、言葉を吐きかけた。

「ええ、知ってるわ。・・・だから、これは没収ぼっしゅう。」

彼女は、ヒルの懐から煙草のパッケージを取り出して、ヒルの目の前に突きつけた。

「今から禁煙しなさい。アンタが勝手に寿命を縮める愚行権ぐこうけんは認めてあげてもいいけどねクソガキ、アンタを学校に推薦した私のメンツを潰すことは、絶対に許さないわ。」

彼女は殺気にも似た、冷たい声でヒルへ言った。

「素行不良で退学なんてふざけたオチで、私に恥をかかせてごらんなさい。・・・死体もがらないわよ。・・・五体満足で人間界おウチに帰りたいのなら、きちんと卒業してね。」

「・・・ッッ・・・」

ヒルは、彼女の脅しにたじろいだ。彼女の言葉は明らかに、「殺害予告」をはらんでいた。

「・・・お話は以上です。質問はございますか?」

彼女は一転、優しく微笑んだ。

「・・・いつかブッ殺してやるからな・・・テメェ・・・・」

「ふふっ、それも卒業できたらね。・・・楽しみにしてるわ。それじゃ。」

 

 彼女は微笑とともに、ヒルの拘束を解いた。

そしてヒルから離れるにつれ、彼女は如月の顔から葉月の顔へと戻っていった。


「キゲン治った?ヒルちん♪」

愛らしい笑みで、葉月はヒルに言った。ヒルは何も答えなかった。

葉月はそんなヒルに構うこともなく、今度は彼女たちに背を向けているミナに、後ろから抱きついた。


「ミ〜ナっちっ!!」

「うひゃあっ!!?」

ミナは突然の後ろからのぬくもりに、素っ頓狂な声をあげた。

「はっ、葉月さんっ!?」

千夏ちなつでいいよ〜ん♪」

「ち、千夏さん、ですか?」

「オヂサンですかアンタはーーっ!」

「はうっ!」葉月はミナの脳天にチョップした。

「「千夏」か「千夏ちゃん」か「千夏さま」から選びたまえっ!あっ、チナとかチナちゃんとかのあだ名もOKよん♪」

「じゃあ、千夏さま・・・あいたっ!」再びの葉月チョップがミナを襲う。

「ち、千夏ちゃん・・・」ミナははにかみながら訂正した。

「お〜け〜お〜け〜♪・・・んでんで、ところでミナっち、ちょっちお願いなんだけどさ。」

「?」

「こいつを男子寮まで案内してやってくんないかな?彼氏カレシ、めっちゃ方向音痴でさ、地図も読めないんだよ。お願いっ!」

「い、いいですけど、千夏ちゃんは案内してあげないんですか、せっかく来たのに」

「それもゴメンッ!私また急な用事が入っちゃって、もうすぐここ出ないとなんだ!待たせておいてほんっとゴメン!あっ、そうだLine交換しようよっ!メアドでもいいけど。」

「・・・ら、ライン・・・?め、あど・・・?」

「・・・マジか。おっけ、じゃあ伝書鳩でんしょばと送るからさ、これ持っててよ。」

「これは?」葉月が渡したのは、鳥の形をした小さな木製のキーホルダーのようだった。

「私の式神ぃ。ミナっちさ、寮の部屋に着いたら手紙書いて、その上にコイツを乗せてよ。そしたらコイツ勝手に巨大化して、手紙くわえて私んとこに届けてくれるんだ。便利っしょ!」

「すっ、すご〜いっ!こんなに小さいのにきのととり(木属陰性)の式神なんですねっ!と、東京はハイテクだぁ〜・・・・」

「いやいやミナっち、こんなんオモチャだからw。ケータイ買おうよぉ〜、今度一緒に買いに行こうかぁ〜」

「えぇ!?いいんですかぁ〜!?」

「もちもちっ!んじゃあ、ちゃんと手紙おくれよぉ〜♪そこで予定決めよっ♪」

「うん!ありがとう!」


 葉月は目を輝かせるミナに愛想を振りながら、そこから去っていった。


「いい彼女かのじょさんですねっ!ヒルさんっ!」

ミナは、ヒルに笑顔で振りかえって、言った。

「・・・マジか・・・お前・・・・」

ヒルはそれ以上何も言えなかった。


「では行きましょうっ!私が責任を持って寮の場所までご案内しますっ!」

ミナは初めての東京の友達ができたことに浮かれ、張り切っていた。

ヒルは、四丁目の地図を片手に歩き始めたミナの後ろに、黙ってついていった。



 二人が歩き始めてしばらくすると、ヒルは後ろから何かが駆けてくるような音を聞いた。

彼はそれを雑音だとして取り合わなかったが、その音は次第にヒルの方へと近づいていき、そして、


 ヒルは背中にのような大きな衝撃を受け、地面に倒れこんだ。


「アァッ!!?」

彼が激昂して衝撃を受けた方向へ振り返ると、そこに立っていたのは、髪が降りているものの、彼が先ほどだった。

(いや違う・・・コイツは・・・ッ!!)


「・・・よぉ・・・クソったれヤンキー・・・いい夜だなァこの野郎ォ・・・・」

その少女は、キレているようだった。

「・・・・テメェのツレのおかげで20万吹っ飛んだぜ・・・20万だ・・・。財布を出しな・・・足りねぇ分は、お前の安い命で勘弁してやる・・・・。」

少女は自身のブーツに手を当てると、まるで手品のように、妖しい輝きを強めたナイフをし、ヒルに切っ先を向けた。

「・・・上等じゃねぇかこの野郎ォ・・・っ!!」

ヒルも以前の屈辱を思い出しながら、少女の挑発に応えた。

隣のミナは、状況がつかめずオロオロアタフタしていた。


そのうち、どちらともなく距離を詰め、二人が同時に互いの間合いに飛び込んだその時、


 二人の間を厚い光の壁が分かち、二人は勢いよくその壁に頭をぶつけた。



 「やめんか」

二人が倒れているその場を、ピシャリと低い声がいさめた。

それは、声量は大きくはなかったが、不思議と場に響き、耳に届く声だった。


 ヒルが声の方へ顔を向けると、そこに立っていたのは、山高帽をかぶり、左目に透過度の低い赤いモノクルをかけた背の高い黒人男性と、その隣で一見普通の人間と見間違うカジュアルな格好に身を包みながらも、手元で光り放つ杖をこちらに向けている若い白人男性の姿だった。


「イテェだろギーク。親子共々ナメくさりやがって。3Pか?」少女は立ち上がりながら、白人男性を睨みつけた。

「アンタは自分の勢いでぶつかったんだろロキ。僕はナイフを持った暴漢から市民を守っただけだ。」ギークと呼ばれた青年は、少女の挑発に冷静に答えた。

「倒れてるのは二人だぜ?」

「・・・ナイフを持った相手に素手で突っ込むと思う?普通。どうあれ僕の責任じゃないね。」青年の声は呆れていた。


 「その通りだロキ。お前は責任の所在しょざいをよく理解すべきだよ。」

赤いモノクルをかけた黒人が、低い声で少女に話しかける。

「お前が霊器ナイフを壊したことについて、そこの彼に責任はない上に、ナイフの修理費用を出したのは私だ。お前に請求権はなかろう。」

「うるせぇぞヤスケ。ちゃんと返すっつってんだろうが。」少女は男に悪態を返した。

「いや、返す必要はない。今回は私が監督を怠ったことにも責任がある。修理費は経費に計上するよ。あるいは仮払金かもしれんが。」

「アイツから金を引っ張ろうってかい?そりゃ頼もしいねボス。」

少女はシニカルに笑った。

「・・・これに懲りたら、隠密シノビ関係の仕事は請けないことだ。そうでなくとも、イチの承諾のない仕事は規約違反なのだからな。・・・忘れるなロキ。お前はまだ仮釈放中の身なのだぞ。」

「言われなくとも思い知ってるさ、クソッ・・・。・・・ほら見ろ、そろそろ保護司さんが起きてきやがる。」


 少女がそう呟いた後、次の一瞬、彼女は意識を失ったようにヒルには見えた。

そして少女がまた顔を上げると、彼女の持っていた危ない雰囲気は跡形も無くなっていた。

彼女は、ヒルがへと変身した。


「っもぉ〜っ!かってに身体をつかわないでって言ったのにロキぃ〜!!」


 彼女は怒っていた。

しかしその怒りは、彼女がヒルの目の前に現れた時に見せた怒りとは、明らかにもののようにヒルには見えた。

そしてプリプリと怒る彼女の左側頭部では髪の毛が自然と持ち上がり、そこへどこからともなく「」らしき装飾のついた髪留めが出現すると、彼女の髪をまとめ上げてヘアスタイルをサイドテールに変えた。

そして彼女の尻尾テールは、まるで黒い風船のように肥大化し、


 大きく扁平な頭部と幅広い口、そして長い口ヒゲを持つその黒い生物は、「」という魚をヒルに思い起こさせた。


「油断する方が悪いのさ。誘ってんのかと思ったぜ?」

「そんなわけないでしょっ!!もうっ!!」


 そのナマズは、彼女の無垢な怒りにシニカルな声で対応していた。

声のトーン、テンション、含み、それらはすべて少女とナマズでコントラストを作っていた。


「・・・あ、あの・・・ロキが何か失礼を・・・・ってあなたはさっきのっ!」

唖然あぜんとするヒルに、サイドテールの女の子が話しかけた。


「・・・意味が読めねぇ・・・なんなんだテメェら・・・・」

「け、怪我をしていますっ!まさかロキが・・・ちょ、ちょっと待っててくださいねっ!!」

サイドテールの少女は、ヒルの呟きが聞こえていないようだった。

彼女はポケットから「おふだ」のようなものを取り出すと、何かを唱えて、ヒルにかざした。

するとふだがおぼろな光を放つにつれて、ヒルの身体にあったが見る見るうちに治っていった。

「ご、ごめんなさい・・・ロキがこんなことを・・・」治しながら、少女はヒルに謝っていた。

「おいイチっ!俺はやってねぇぞ!背中に蹴りいれただけだ。そうだろヤンキー。」

謝る少女に、間髪入れずにナマズが口を挟む。

「・・・なんだテメェ、この暗黒物体・・・」ヒルは唖然としたまま、呟いた。

「え、えとぉ〜・・・こっちのナマズさんは「ロキ」って言います。こう見えて神様かみさまなんですよっ!」

少女は無邪気な笑みで、ナマズをヒルに紹介した。

神・・・?ヒルは一層唖然とした。

「こう見えてってなんだ?お前にはどう見えてるってんだイチ。」

「控えめに言っても悪魔か何かじゃない?さまをつけるには下品で冒涜的すぎると思うよ。客観的に。」白人の青年が答える。

「お前には聞いてねぇだろうがギーク。バラすぞ。」

フリートだ。いい加減僕も怒っていいと思うね。」

青年は不機嫌にロキに返事をした。そしてヒルの方へ向いて話した。

「さっきは急に申し訳ない。本当は君を助けようと思ったのだけど・・・悪気があったわけじゃないんだ。・・・僕の名前は「ジーク」で、こっちの女の子は「イチ」。彼女はちょっとで、この「ロキ」としているんだ。おそらく、そのことで君は混乱しているのだと思うんだけど・・・・」

ヒルは図星だった。魔法で「ものを浮かす」とかなら、彼も理解出来るレベルのファンタジーだったが、「身体を共有」という概念はあまりに理解を超えていた。

「・・・・狂ってる・・・」

それがヒルの精一杯の感想だった。

「あははは、気持ちはわかるよ・・・・。僕もこの天使と悪魔が同居してる感じにたまに困惑させられる・・・・。」

ジークは、苦笑いでヒルに答えた。

一方イチは、無垢な笑顔でヒルに自己紹介をした。

普雷あまくらの市姫いちひめです。どうぞよろしくお願いします。」

「ダウトだイチ。依上よりがみ依愛いちかだろ?」間髪をれず、ロキはイチの自己紹介を訂正した。

「そ、そうだった・・・・。で、でもに「嘘はいけない」って言われてたからなかなか・・・・」

「んな旧約きゅうやくご破算だよ。新約いまじゃ嘘は美徳さ。自由に平等、正義に善だ。」


「え、え〜っ!?あ、アマクラってまさか・・・・」

後ろの方でミナが驚愕の声をあげた。

「ほれみろ。面倒に巻き込まれる。」

ロキが舌打ちをした。


「知ってんのかよ。」

ヒルはミナに聞いた。

「し、知ってるも何も・・・・え、、本当に神島神宮かしまじんぐうかんなぎさまですか・・・?」

ミナは恐る恐るイチに問いかけた。

「あははは・・・もと?」イチはロキに小首を傾げた。

「俺様に聞くんじゃねぇよ。・・・まぁどうだろうな。なにしろコイツは、おやしろ勘当かんどうされちまってるから。」

「・・・か、勘当・・・ですか・・・?」

「そうさ。世界樹せかい破滅はめつみちびく極悪非道の魔王まおういましめを解いちまったかどでね。」ロキと呼ばれたナマズは、シニカルな笑みでミナに答えた。

「カワイイツラして、わりと極悪ごくあくなのさ。」

「そんなことないよ。ロキはきっと善い神様だよ。」

「お前のことを言ってるんだよイチ。つ〜か俺様にカワイイとかふざけた考え持つんじゃねぇよ阿呆アホ。」

「えぇ〜!?可愛かわいくないですか?」イチがロキに抱きつき、ミナに聞いた。

「離せっ!暑苦しいっ!!」ロキは彼女の腕の中で暴れていた。

ミナには苦笑うことしかできなかった。



「・・・先日は大変申し訳ございませんでした。」

赤いモノクルをかけた黒人が、ヒルに丁寧に頭を下げた。

「うちの従業員が貴方にご迷惑をおかけしたと思うのですが」

「おいっ!だからどうしてそれをお前が知ってるんだヤスケ!俺はNDA(機密保持魔法きみつほじまほう)を結ばされて話せないはずだぜ?まさか「たか」で俺をのぞいたんじゃねぇだろうな?」

監督上かんとくじょうの権利として許されていることだ。・・・だが、そんなもの使わずともお前に仕事を持ってくる者と、そこでお前が何をしでかすかの推理ぐらいはつくだろう?長い付き合いだ。」

「・・・けっ・・・」

ヤスケの冷静沈着な声に、ロキは悪態をついて押し黙った。


「・・・おっさんは?」ヒルがヤスケに聞いた。

「しがない酒場の店主ですよ。私は四丁目の丁度このあたりで「安土」という酒場を経営させて頂いていましてね、そこでは––––」ヒルの不躾ぶしつけいにも、ヤスケは微笑を浮かべて丁寧に答えた。そして彼の言葉をさえぎって、ロキが口を挟んだ。


「副業にやってるってわけさ。お前の肩がハズれたのもまぁ、勧善懲悪かんぜんちょうあくの結果ってわけだ不良ヤンキー。」

「・・・あ?」ヒルは威嚇いかく的な問いをロキに返した。

その場をなだめるようにヤスケが続ける。

「煽るなロキ。・・・誤解なさらないで頂きたいのですが、我々は私刑リンチ集団ではありませんよ。「頼まれて人助けをしたり、調停ちょうていを行う」というだけです。この前貴方アナタが巻き込まれたような刃傷沙汰にんじょうざたの方が珍しい。というよりも、それは我々の望んだ仕事ではないのですが。」

ヤスケは自分よりもはるかに歳の若いヒルに対しても、丁寧な言葉で説明した。


「ついでに、僕は違うからね。「まち」はロキとイチ、それとヤスケさんで、僕はしがない霊器ハード屋の店員だ。平和主義者の。」

ジークがヤスケの説明に補足した。

「気をつけろ。こいつの親父オヤジはぼったくるからな。腕が良いってのがなおさらタチが悪い。」ロキもジークの説明に補足した。

「おいロキ。親の監督責任は息子にはないだろ?まさかそのことで僕に当たりが強いわけじゃないだろうな?」

「さぁな。試しにレギンの野郎に言ってみたらどうだい?常連くらいサービスしてやれってよ。」

ロキは悪態をつき、ヤスケは逸れ始めた話の筋を戻そうと続けた。


「・・・私も今は半ば引退しておりまして、こういった仕事はここのイチとロキが請け負っているのですがね。」

ヒルは、もはや話を続けるヤスケの方を向いても聞いてもおらず、ロキの方をただ睨みつけていた。

(・・・この野郎が「ヒーロー」か・・・・)

ヒルはこの時、病室で彼を拘束し、首を絞めた上で、自分をヒーローと称した女のことを思い出していた。

「・・・ヒーローってのには、クソしかいねぇのか・・・・」

彼は吐き捨てるように呟いた。


「お前も含めれば、そうだろうね。」

「・・・あ?」

ロキはヒルの呟きに応えた。


「この前は格好良かったぜ?お姫さまを助けに来た王子様って感じでよ・・・。まぁそのあと王子様がボコられて、お姫様がテロリストだったていうのがナイスなオチだが。」

ロキは愉快そうに冷笑した。

「テロリストだと・・・?」

「おっ!こいつは話せるのか。まぁ有名な公開情報だもんな。」

ロキはヒルの疑問に答えた。


「リリス・チューリング。通称「夜会の女王クイーン・オブ・サバト」。国際魔法警察機構IMPO赤手配レッドノーティスをかけられている極悪非道の国際テロリストさ。」

「IMPO・・・?」ヒルは密かに隣のミナに尋ねた。

国際魔法警察機構IMPOというのは、魔法使いの犯罪者を捕まえたりする国際機関のことです。赤手配というのは「悪魔指定」つまり「国際逮捕状」ですよ。・・・つまりその人は、ってことです。」

「・・・犯罪者だと・・・?アイツが・・・?」

「信じられねぇか?まぁ俺も雰囲気はねぇと思ったよ。けど、そうやって人をたぶらかすのが奴の手口なんじゃないか?じゃなきゃ何世紀も逃げおおせるなんざ、冗談だ。・・・おかげで俺も油断したぜ、クソッ。」

ロキは悔しげに舌打ちをした。

ヒルには、あのハロウィンの悪行というのがイメージできなかった。


「・・・そろそろ行こうか。」

しばらくしてヤスケが切り出した。

「私たちはこれで失礼しますが、今回のロキの件で何か貴方アナタが発生していましたら、こちらへいらしてご相談ください。未成年にお酒は出せませんが、何かお役に立てるかもしれない。」

ヤスケがヒルに渡したのは、「神酒場みきば安土あずち」」と書かれた名刺だった。

 

 三人がヒルたちに背を向けて歩き出し、少しした時、ロキは何かを思い出したような声を出した。

そして、突然イチの髪留めが弾けたような光を放つと、次の瞬間彼女のサイドテールはバラリとほどけた。


 そして彼女はヒルへ、振り向きざまに

投げつけられたそれは、ヒルの足元の地面に刺さった。


「またあのFエフ魔女まじょにあったら、そいつを渡してやってくれ坊主ボウズ。ついでに伝言も頼むぜ。「次は邪魔ジャマを入れず、一対一サシろう。」ってね。」

さっきまでイチと呼ばれていた少女は、シニカルな、冒涜的な口調と表情でヒルに言った。


 ヒルが足元のそれを拾うと、その名刺には「鬼の目の仕事人」と書かれていた。




「・・・な、なんか・・・すごい人たちでしたね・・・・」

隣のミナが、ヒルに言った。

「・・・クソったれファンタジーだ・・・・」

ヒルは地面に反吐を吐くと、彼女から投げつけられた名刺を握りつぶして、ゴミのようにポケットに突っ込んだ。




「・・・それでは、女子寮はこっちですので。」

しばらくして、ヒルはミナに案内してもらい男子寮の前へとたどり着いた。

そしてミナは、例のごとく礼儀正しくお辞儀をして、ヒルに別れを告げた。


 ヒルはポケットから、葉月から渡された部屋鍵を取り出し、男子寮へと歩みを進めた。

(・・・301号室か・・・・こういうところは、あのボロい現実アパートと変わりゃしないんだな・・・・)

彼は階段を登りながら、力なくほくそ笑んだ。


 ヒルが鍵を回して部屋を開けると、中はベッドと机だけが備え付けられたワンルームだった。

 ヒルは手に持っている荷物を乱暴にベッドに投げ捨てると、窓を開けて、月を眺めた。

 月もまたヒルを見返し、微笑み返してきた。

ヒルは深いため息とともにうなだれた。


(・・・魔法使いになれって言われてもよォ・・・・どうしろっつ〜んだよクソッ・・・・)


 ヒルはドッと押し寄せる急な疲れに、目眩めまいすら感じた。

彼は習慣的に懐に手を入れると、煙草シガレットを取り出そうとした。

「・・・・チクショウ・・・・あのアマに奪われたんだった・・・・クソッ・・・・チクショウッッ!!」

彼は湧き上がる様々なストレスに身を任せて、部屋の壁にサッカーキックを放った。

そして、に彼は身をよじったのである。



「相変わらずれてますねぇ〜、いかれる十代じゅうだい。」

「アァッ!!?」


足を痛がるヒルの頭上を、のんきな声が笑った。

彼は反射的に威嚇的な返事を返したが、そのあとに、言葉が続かなかった。


「・・・・テメェ・・・ハロウィン・・・・。」

しばらくの沈黙の後、ヒルは呟いた。

窓の外に浮かんでいたのは、ほうきの姿だった。


「やっ!おひさっすヒルくん!・・・ってか「リリス」ですってば、名前。まぁ「クロ」でもいいですけどね。」

極悪非道の国際テロリスト「リリス・チューリング」は、彼を見てケタケタと笑っていた。


しかし、月明かりに照らされた彼女の笑顔は、悪と呼ぶにはあまりにも、美しかった。




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陰陽師あるいは霞が関の魔物たち ( 世界樹 ) 作者不詳 @Sakushahushou

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